ヤンデレパニック―私のお兄ちゃん【後編】_7

アーサー君倒れてたんですって?!具合どうなのっ?!

途中アーサーの制服を取ってこちらへかけつけてくれたらしい。

エリザは制服を隣のベッドに置くと、ベッド脇で付き添っているアントーニョに声をかけた。



「一応…脈や呼吸は異常ないて。
発見した時はマリア像の足元で…倒れていたというよりは寝かされていたという感じやったから…本人が起きたら事情聞いてみるわ」

アントーニョは青ざめた顔のままそう言うと、ベッドの上のアーサーに目を落とす。


「俺が目を離してからあーちゃんを発見するまで10分くらいやと思うんやけど、発見時は胸の上で手を組んで横たわった状態やったんや。
ってことは…体調不良で倒れたとか自分で眠ってしまったとかやないと思うんやけど。
かといってあーちゃんを眠らせてそんな所に放置する意味がどこにあるのかが疑問で…」

「そもそもさ、アーサー君はなんで屋上なんて行ったの?」
「それも不明や。」

「ロヴィーノ君は?」
「あ…」
その言葉にアントーニョはハッとした。

「ちょっと待て。俺が聞いてきてやる。
エリザ、念のためお前トーニョの側離れんなよ?」
と、ギルベルトが医務室を出て行く。


「変な事に巻き込まれてないといいわね、ロヴィーノ君。
ギルから聞いたけど…電波の子とかに遭遇したりとかさ」
「そうやなぁ」
残された二人は並んでため息をつく。


「元々はロヴィーノ君じゃなくてフランシス君のストーカーでしょ?」
「そうやね」

「遭遇しても撃退とか出来なさそうだもんねぇ…ロヴィーノ君。」
エリザが言って伸びをする。

そんな事を話してるとギルベルトからアントーニョに電話がかかってくる。


『俺だ。ロヴィはアーサーより5分ほど前にその辺の奴に、席外すってアーサーに伝えてくれって言って教室でてる。
行き先は言ってなかったらしい。で、まだ戻らん。とりあえずそっち戻るわ』


二人がそんなやり取りをしている間、エリザは少し崩れたアーサーの制服をたたみ直そうと手に取った。

そこで制服の上にあった短剣が転がり落ちたのに目をやって、少し懐かしそうに微笑む。


ロミオとジュリエットは聖星女学園の学祭では毎年行われている恒例の劇で、去年はエリザもロミオ役を演じていた。

綺麗な細工の鞘から短剣をだしていじりながらエリザはその頃の事を懐かしくを思い出している。



(…あれ?)

エリザはふと気付いてソ~っと短剣の刃先に指で触れてみた。


…痛い。

指はさすがに…なので、エリザは今度はその刃先を鞘に当てて少し力をいれてみる。


「何…してるん?エリザ」

こうしてギルベルトとの通話を終えたアントーニョはエリザの謎な行動に眉をひそめて聞いた。


「いや…引っ込まないなと…」

「引っ込む?」

「うん。劇用の短剣はさ精巧な作り物でね、ほら、刺すと引っ込む奴あるでしょ、よく。
あれを使ってるの。でないと怪我するじゃない?」

エリザの言葉にアントーニョはエリザの手の中の短剣に視線を落とした。


「それは…そういう奴じゃなくて本物なん?」
「ええ」
「ちょっとまだギルちゃんいると思うし聞いてもらうわ」

といって慌ててまたギルベルトに電話をかけた。



短剣はアントーニョが衣装に借りた際、たまたま小道具の所にあった2本の短剣のうち1本を拝借してきたもので、今ギルベルトが見に行った所もう一本の短剣もいつのまにか消えているらしい。

そしてギルベルトから状況を聞くと、アントーニョは今度はエリザを振り返る。

「エリザ…エリザの時は短剣て一本やった?」
「一本て?」
「つまり…予備とか用意してたとか…」

「ああ、ないわよ~。
そんなしょっちゅう使う物じゃないし、壊れない事前提でしょ、こんなん」

スチャっと短剣を鞘に戻してエリザは肩をすくめた。


嫌な予感がする…。


「でも…なくなってるのは刃が引っ込む方の短剣なわけだから…無問題じゃない?」

アントーニョの気持ちを読んだのか、エリザが短剣を制服の上に置いて言った。


「そう…なんやけどな…。誰かがわざわざ刃の引っ込む演劇用の短剣と同じ様な本物の短剣を用意してきたというのは…なんか嫌な感じがしないでもないねんけど」

「まあ確かにねぇ…。」

「やろ?実際…あーちゃんが何者かに眠らされたわけやし。
関連性がある可能性も低くはないやん」

そんな会話を交わしている間にギルベルトが戻ってくる。


「トーニョ…ちょっと気になる事がわかったぞ」

入ってくるなり言うギルベルトに

「気になる事?」
と、アントーニョは顔をあげて眉を寄せた。

それにギルベルトはうなづいた。


「その短剣…演劇部が用意した物じゃないっぽいぞ。
一般生徒が拾ってロミオとジュリエット用のと思って演劇部の部室に置いてきたらしい。こっちの短剣の持ち主は不明。
だが本物の方の演劇用の短剣が消えていたのは、おそらく今ここにある短剣の持ち主が持って行ったんじゃないかと思う」

「誰かがわざわざ作ったレプリカって事か…」
というアントーニョの言葉に頷いて、ギルベルトは考え込んだ。


「まあ…とりあえずあーちゃん着替えさせようか。
短剣は最悪それっぽいのを使って刺すフリでもええけど、ジュリエットの衣装ないと劇できないやろうし…」

言ってエリザとギルを衝立の向こうに追いやって、アントーニョはアーサーを着替えさせる。

それでさすがに気がついたらしい。


「…トーニョ?」
若干ぼ~っとした声。

「ああ、あーちゃん気がついた?平気か?」

ジュリエットの衣装を脱ぐと普通の白いシャツ。
その下には染み一つない雪の様に真っ白な肌…。

ジュリエットの衣装の後ろの留め金を外すのに後ろを向くと、肩口にかすかに触れる金色の髪がその真っ白な肌と見事なまでに美しい対比を見せる。

気を失うまでの話をアーサーから聞き出しながら、その優美な曲線を描くうなじから背中のラインに目をやったアントーニョは、ふと一点に目を留めた。

かすかに紅い跡…。

アントーニョの眉がつりあがった。




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