月獣の交わり5

朝、目覚めたらギルが狼の姿のまま、ペロペロと愛おしげにアーサーの顔じゅうを舐めまわしていた。

いつもなら先に起きて朝食を作って呼びに来るのに?と不思議に思うも、身を起こそうとすると身体に鈍い痛みが走って思い出す。

昨夜、ギルがいきなり……!!!

「出て行けっ!!」
カーッと頬が熱くなる。
羞恥と混乱とそんな自分に対する腹立たしさに、銀の狼の身体を両手でぐい~っと押しのけると、アーサーは頭からすっぽりブランケットをひきかぶった。

「…?アルト、どうしたんだ?何を怒ってるんだ?」
と、あえて抵抗もせず引きはがされて、ゆったりとベッドの下で座って首をかしげるギルベルト。
何事もなかったようなその態度が腹立たしい。

「お前、昨夜あんな事しといて、よくもぬけぬけとっ!!!」
「昨夜?あんな事?」
と、あまりに不思議そうに言うので、もしかして夢だったのか…と一瞬思うが、続く
「交尾のことか?」
で、それが現実だった事を実感する。

まあ…どちらにしても身体に残る感覚が、夢にしてはありすぎるのだが……。

「だって普通するだろ?春先の満月なら発情するし…」
と、これも当たり前に言うので
「そんなの聞いてないっ!!」
とブランケットの中から怒鳴ると、しょ~んとうなだれるような気配。

そろっとブランケットから覗いてみたら、耳も尻尾も垂れさがって、落ち込んでいる犬みたいだ。

「…だってよぉ…普通すんだろ…」
「しないっ!!」
「……子作りの…季節だし……」
「出来ないっ!」
「………アルト……俺の事…嫌いなのか?」

ずるい…と思う。
強くて何でも出来てイケメンでスタイルも良くて…普段は余裕しゃくしゃくなくせに、いきなり親に見放された子どものような顔でそんな事を言うなんて、本当にずるい。

「………」

それ以上キツイ事を言う事も出来なくなって、ブランケットの中で黙り込んでいると、おそらく人型になったのだろう。
ギルベルトが立ち上がる気配がする。

…怒ったのだろうか……

と、ギルはいつだってアーサーには優しかったが、ギルに出会うまではずっと役立たずと虐げられてきたので少し心配になってまたアーサーがチラリとブランケットから覗き見ると、どうやら完全に人型ではなく獣人の形態のギルはやっぱり尻尾がショボンと垂れさがっているのが見える。

「…めし…持ってくるな?
俺様が嫌いでも、飯はちゃんと食ってくれ。
身体壊したら大変だから……」

そう言って部屋を出て行った。
パタン…と閉まるドア。


そうしてしばらくすると、良い匂いが漂って来て、トレイを持ったギルが部屋に戻ってきた。
パンとサラダとふわふわのオムレツ。
それにアーサーが大好きな苺をいっぱい。

「アルトが食いたいならまた苺いっぱい取ってくるな?
花も…メスは好きだよな?
あとはなんだ?
甘いもの…そうだ、砂糖菓子とかは?
畑で採れた物とか餌から剥いだ毛皮とかを人間の街に持っていけば、菓子も手に入るぞ?」

カタンとサイドテーブルにトレイを置いてそう言うギルの言葉で思い出した。


アーサーにとっては突然に思えたそれだが、もしかしてわざわざ昨日狩りに行ったのも、子作りをする相手のためにと苺を取ってくるため、普段いれない花を風呂に入れてくれたのも、少しでも喜ばせたいと思ったからなのかもしれない。

そう言えば子どもの頃に一族が全滅してから1人きりで生きてきたと言っていたし、ギルベルトはそのあたりの機微に疎いのだろう。
今もおそらく自分が子どもの頃、自分の一族のメス達が好んでいたものを一生懸命思い出して羅列しているのかと思えば、なんだか可愛らしく思えて来た。

クスリと漏れる笑み。
食事だけ置いて部屋を出て行きかけていたギルはそれを耳ざとく拾って、慌てて戻ってくる。


ぴょんっとベッドの脇に膝をついて、
「もう怒ってないのか?」
と、ひょっこりブランケットの中を覗き込んでくる紅い目に、
「…怒ってる」
と、わざと眉をしかめて言ってやると、またへにょんと耳が垂れさがった。

「苺も花も砂糖菓子も好きだ…」
「………うん」
「でもお前、配偶者になって欲しいなら一番肝心な事が抜けてるぞ」
「……なに?!なんだっ?!なんだって取って来てやるぞっ!」

尻尾が興奮からかぶんぶん振られている。
獣人系は人間と違ってこのあたりが分かりやすくて良いな…と、アーサーは思う。

そして…そんなところがなんだか可愛いと思っているあたりで、自分はたぶんギルのメスになると言う事を受け入れてしまっているのだろう。

そんな風に思いながらアーサーは言った。

「好きだって言ってない。
プロポーズもせずに子作りとかありえない」

そう言った時のギルの顔と来たら、まるで鳩が豆鉄砲をくらったようだった。

「ああーーーー!!!!俺様言ってなかったか?!!!」
「ぜんっぜん」
「悪いっ!!」

いきなりその場に土下座した。

「アルトの事ほんっとうに好きだっ!
だってずっと探した俺様だけのメスだしっ!
葉っぱ色の目も小麦の穂みたいな色の髪も、全部っ!ぜんっぶ好きだっ!
優しい色の垂れ耳もふさふさ柔らかい尻尾も可愛いし、手っ!そう、綺麗な飾り紐編んだりすげえ綺麗に繕い物したりする真っ白で小さな手も良いっ!
性格ももちろん好きだぜ?
少し内気ではにかみ屋で…でも本当はすごく優しくて……」
「わーーー!!もういいっ!!」

怒涛の勢いで紡がれる言葉にアーサーは慌ててその口を手で塞いだ。
塞がれたギルは一瞬きょとんとして、それからペロリと自分の口を塞ぐアーサーの手を舐める。

「ひゃっ」
と、慌てて手を引っ込めるアーサーをぎゅっと抱きしめるギルベルト。

そして
「とにかくな…俺様はそんな大好きなアルトと出会えてつがいになれて、本当に幸せだと思ってる」
と、続けた。





出来ない…と、ギルベルトには言ったものの、古代から存在する獣人の血のなせる技と言う事だろうか…
あの日、自分の中に入って来たギルベルトの種はしっかりと実を結んだ事がアーサーには感じられていた。

それを立証するように、しばらくギルベルトをオロオロと動揺させたつわりの時期をすぎ、せっせと自分のメスのため、そして増える家族のために…と、ギルベルトが立ち働いている間に、どんどん腹が大きくなった。

「俺様、アルトに似たメスが欲しいな」
スリリと大きくなった腹に鼻面を押しつけながら言う銀の狼に、子ども達のためにと産着を縫う手を休めてアーサーは
「俺に似たら働き手にならないぞ。人数は増えるのに困るだろ」
と、しごく現実的な事を言う。

すると、狼は少し笑って
「いいんだよ。俺様が死ぬ気で働いて全員ちゃんと養うからな」
と、まるで腹の子どもに言い聞かせるように、たまにぽこぽこと内側から蹴られる腹にまた愛おしげに顔をすりつけた。

――もうずっと1人だと思ってたからな…夢みたいだ……

ため息と共にうっとりと吐き出される言葉…。


春が過ぎて夏が来て…その夏も過ぎて秋も半ばを過ぎた頃…
一人ぼっちの狼の家に、小さな泣き声が響き渡った。

銀の毛並みの兄弟と金の毛並みの妹の3人。

前の年の冬にギルベルトが言った通り、その後金銀の狼達は賑やかにして幸せな冬を迎え…山の奥の小さな家で、その後も平和に幸せに暮らしたのだった。


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