「苺だ~!!!」
冬の間はずっと干し魚に干した肉、それに干した果物を食べて過ごしていたが、そろそろ良いだろうと外に出かけて行ったギルが持ち帰ったもののなかに、目に鮮やかなみずみずしさいっぱいの真っ赤な苺をみつけて、アーサーは歓声をあげた。
「少しだけっ、少しだけ今食べて良いか?」
と、まだ餌の獣や魚をやまと担いでいるギルの手から苺の籠を取ると、アーサーはキラキラした目でギルを見あげた。
否と言うわけはないというのは実は分かっている。
ギルは狼の血が強いらしく肉が主食で、それも食べられなくはないが好んで果物を食べたりはしない。
これはアーサーへのお土産だ。
「ん。好きなだけ食えよ。
足りなきゃまた取ってくる」
そう言ってわざわざたくさんの魚の入った網を床に置いてアーサーの頭を撫で、ギルはまたそれらを抱えると下ごしらえをしに台所へと入って行く。
後ろ姿からでも見て取れる筋肉がしっかりついた均整の取れたしなやかな体躯。
それは狼の姿になっても感じられて、もし彼の一族が滅ぼされてさえなければ、今頃引く手あまただっただろうなぁと、アーサーはしみじみ思った。
それに比べて…と苺の入った籠を持つ自分の手を見てため息をつく。
もう慣れてはいたが、ギルがメスメス言うのも分かるレベルで貧弱な体格の自分。
もしギルの言うように本当に自分が獣人だったとしても、子犬くらいにしかならないんじゃないだろうか…。
まあ…ここで暮らし始めて早5ヶ月。
獣化どころか、半獣化すらしたことがないわけなのだが……。
その日は久々に新鮮な食材で作られた料理が食卓に並び、最後のデザート、新鮮な苺をふんだんに使ったパイまでしっかり食べてご機嫌で風呂に入る。
雨でも入れるように屋根のしたに作られたそれは、元々は冷たい水でも問題がないギルが普通に近くの川から水が流れてくるようにといを作って水を貯めるように掘った地面に石を敷き詰めたものだったが、アーサーが入るようになってからは、風呂の横にもう一つ穴を作ってそこに水を貯め、その中に焼けた石を放り込んで水を温めてから、その温かい湯を風呂の方に流すように造り変えてくれた。
本当に至れり尽くせりだ。
温かい湯につかりながらぼんやりと空を見上げれば、綺麗な満月が光っている。
こんな風に美味しい食事を食べてのんびりと風呂に浸かれるなんて、あのギルと会った時の恐ろしい惨状を考えたら夢のようだ…とそれを見ながら思う。
しかも今日は久々に外に狩りに行ったので、ついでにと取って来てくれたのだろう。
湯船には花まで浮かんでいて、まるで金持ちの商人か貴族の風呂のようだ。
もっとも話に聞いただけで貧しい農村で生まれ育ったアーサーはそんな物を見る機会に恵まれた事はなかったのだが……。
…メスの匂いがする……
よくギルは言うのだが、それはどんな匂いなんだろうか…
こんな香り高い花々の湯に浸かれば、匂いを嗅いでもするのは花の匂いだと思うのだけど…
と、アーサーは両手で一つ花をすくい上げてスン…とその匂いを嗅いでみると、甘い香りが鼻に広がった。
…ああ…良い匂いだな…
うっとりとそう思うが、冬が過ぎたとはいえ、春先なのでまだ肌寒い。
あまり長湯をしていると風邪をひきそうなので、名残惜しいが風呂を出た。
そうして少し冷えてしまった身体を温めようとベッドにもぐりこむ。
ギルは毎日アーサーが出てから入れ違いに冷めた風呂に入っていた。
ぬるすぎるか水くらいがちょうどいいらしい。
今日はギルが出かける前にシーツやブランケットを洗って干しておいてくれたおかげで、ベッドはふかふかほわほわで気持ち良い。
ギルではないがスンスンと匂いを嗅げば、お日様の香り。
そんなベッドでゴロゴロとしていると、ギ…と小さな音をたててドアが開いた。
ドアの所にはギルが立っている。
風呂上がりなので、少し湿った銀色の毛。
綺麗な紅い目は窓の外…綺麗な円を描く月に向けられていた。
そして
――…満月だ……
と、独り言のようにつぶやく。
――ああ、そうだな。綺麗だな。
と、アーサーも窓の外の光に視線を向けた。
と、それで普段ならベッドに入ってくるギルの温かい懐に潜り込んで眠りにつくのだが、今日は違った。
それはいきなりだった。
――アルト…子ども…つくるぞ
気配もなくベッドの上まで進んだギルに後ろから抱きしめられ、いきなり耳元で欲を含んだ声で囁かれる。
…え??
問い返す間もなく、そのまま前のめりに押し倒された。
「ちょ、待ってっ!ギルっ!!何っ?!!」
慌てて前に這うように逃げようとするも、グイッと腰を掴んで引きずり戻される。
「待ってっ!ギル、待ってっ!!やだあっ!!!!」
何がどうなっているのかわからない。
アーサーはパニックになって暴れるが、後ろから腰を掴んでいる手はビクともしない。
クラリ…と、めまいを誘うような甘い香り。
それを吸い込むと、なんだか視界が揺れて来た。
身体が熱い…
はふ…と息を吐き出すと、アーサーは訳も分からず溢れて来た涙で滲んだ視界を無意識に窓の外へと向ける。
さきほどまでクリアに見えていた丸い満月がぼんやりかすむ。
なのにその光を浴びるとじわじわと身体が熱くなってきて、アーサーをさらに混乱させた。
…や……いやっ……ギル………
力が抜けてぺたりとベッドに崩れ落ちる上半身。
抵抗しようとした瞬間、今までにない何かの感覚がして、まさか…?と驚いて後ろを振り向くと、自分の尻からふさふさと髪の色と同色の金色の尻尾が生えていた。
それを見て驚くアーサーにギルベルトは少し笑って
「ほら、やっぱりメスじゃん。
垂れ耳可愛いな」
と、こちらもいつのまにやら頭の上に生えていたペタンと垂れた猫のような耳に触れる。
「な?満月は子づくりの時期だし」
と、驚いたアーサーの沈黙を勝手に了承と取って、ギルベルトはアーサーに覆いかぶさって来た。
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