共にあるもの
「ギルちゃんアホちゃう？」
理事長の意向をアントーニョに伝えた時の第一声だ。
にべもない返事ではあるが、激怒されなかっただけまだマシなのだろうか…。
魔界に行くのにアーサーを連れて行きたい…そんな事を言ったらアントーニョが不快感を表すのは当然だ。
自分だって逆の立場だったら絶対に断る。
そう、説得する側でもそう思うのだ。
――このミッション…魔王倒すより難易度高くね？
ギルベルトは秘かに思った。
それはさておき、何でこんな目のやり場に困る状態でこんな難易度の高い交渉に挑んでいるんだろうか…と、ギルベルトは自分の不憫さ加減に泣けてくる。
ぴんぽ～んとチャイムを押したら窓からアントーニョにこちらに来いと言われてアントーニョの寝室なう…なのだが…
ベッド正面にある小さな椅子に腰をかけるギルベルトと話しているアントーニョはベッドで半身起こしている…のは良いとしても、その腕にしっかり抱え込んでいるブランケットに包まれたまま眠っているアーサーは思い切り目の毒だ。
もう、ちょっと前までこの部屋で何が起こっていたかなんていうのは見ればわかることで…あまつさえアントーニョの大きめのパジャマを着させられているアーサーの首元には紅い痕。
悶々としすぎて自身の説得の言葉にもキレがない。
「ちょ、ギルちゃん、やらしい目でアーティ見んといて！」
と言われても…。
「見てねえよっ！つか、見せたくねえなら場所移動すればいいだろ！！」
その方が自分的にも絶対的にありがたいわけなのだが、アントーニョはブンブンと首を横に振る。
「やって…またちょっと目離してる間にアーティがおかしな事になったら嫌やん。
そうなったら責任追及してギルちゃんハルバードの刃のサビにせんとあかんくなるし…」
「なんでそうなるんだよっ？！」
「ギルちゃんの用で離れたんなら当たり前のことやん。」
「お前なぁ、俺の用じゃ…」
口を開きかけてハッとする。
こんな馬鹿げた言い争いをしている場合ではない。
「とにかく…お前にはショック与えるからって言ってなかったんだけど、アーサーと同じような状態で意識を戻せないまま月が沢山死んじまってパートナーの太陽がほぼ全滅なんだよ。
でもアウェイでガチ戦争やったって勝てねえし、このままだとこっちの人間側の空間に魔が溢れかえっちまうから、少数精鋭で魔王倒さねえとなんだって。
だから本当に太陽不足してんだよ。」
ああもう…とりあえずせめてベッドから出てくれ…と、ギルベルトは思う。
――アーサーが着てんの絶対にトーニョのパジャマだよな…でもチラリとトーニョが上半身はだかで同じパジャマのズボンだけを履いているのが見えるってことは…アーサーの方は……
悶々としている場合じゃないことは重々承知だが、そこはギルベルトとてまだ若さを持て余すDKだ。
悶々とするものはしてしまうのだ。
「せやから…俺は行くで？
最前線に突っ込んでくのが太陽の役割やしな。
けど、アーティはやめたって。
この子は親分のお宝ちゃんやねん。この子になんかあったら親分戦えへん。」
アントーニョはそう言って愛おしげに対の金糸を指で梳き、チュッとそれに口付ける。
パートナーでなくても愛しい愛しいと思っているオーラがだだ漏れすぎて否応なしにわかってしまう。
――これ…無理だよなぁ……。
共に共鳴しあって戦いたい風と緑、対の鋼のために敵の隙を誘う夢と違って、太陽にとって月は世界で一番安全な所に置いて守ってやりたいお姫様だ。
ましてや劇場の一件と精神が引きずられた一件…2回も失いかけてたら、二度と危険に近づかせるような事はしたくないと言うのは、痛いほどよくわかる。
「この子守ったるためなら、親分めっちゃ気合入れて戦ったるで。
せやからおっちゃんにそう言ったって。」
お姫様を取り戻して愛を交わして愛を確認して機嫌の良いアントーニョだが、これ以上この話を長引かせると最終的に怒り出してじゃあ自分も行かない、アーサーを連れて出て行くくらい言い出しかねない。
アーサーが居ればベストだが、アントーニョまで不在になるリスクを考えたらここが引き時だ。
「わぁった。理事長にはそう伝える。」
しかたなしにギルベルトがそう言って立ち上がった瞬間……
――行く…
ギルベルトのものでもアントーニョのものでもない小さな声がそう言った。
「アーティ…何言うとるん？」
動きを止めるギルベルトをよそに、アントーニョは腕の中で目を覚ましたらしい愛しい対に即そう返す。
それは親が小さな子どもに注意をうながすような優しい非難の響きを含んでいた。
「あかんよ？
たとえ自分の意志やろうと自分の身を危険に晒すような選択だけは許せへん」
何をやっても何を言っても可愛い可愛いと何でも許してしまっているアントーニョには珍しく、アーサーの意向を却下するその言葉に、こちらもいつもはアントーニョの言う事には大抵頷くアーサーが、本当に初めてくらいその言葉に異議を唱えた。
「俺はトーニョの対だから…生きるのも死ぬのもトーニョと一緒がいい…。」
「…せやかて……」
「1人はつらいんだ……」
パートナーや愛する相手と引き離されて、1人で耐えて、1人で死んで行く人間を見てきた……。
二度と会えないこと…会えなくなること…それが何よりつらく悲しくやりきれない…彼らの心がそう言っていた…。
「会えないのは…死ぬより悲しい…」
「せやかて…戻って来れへんかもしれんで？
アーティがめっちゃ怖くて嫌な思いした暗い世界と心中かもしれへんで？」
真摯な様子で見上げてくる大きなペリドットに、アントーニョは少し困ったように眉を寄せる。
「トーニョと離れてこっちに残っていたって安全なわけじゃねえしな。
離れてて変なのに拉致られるなら、俺が護衛の補佐するから一緒に連れてった方が良くね？」
思わぬ加勢を得てギルベルトがそう言うと、アントーニョが少し考え込んだ。
「パートナーから引き離されて1人で死んで行った術者達を見てきたんだ…。
1人で死ぬならトーニョと心中の方がずっと良い…」
そんな言葉と共にぎゅうっと抱きつかれたら、その手を振り払えるはずもない。
そして結局
「まあ…いざとなったらギルちゃん盾にして二人で戻って来よか…」
と、最終的に無駄にイケメンな笑みを愛しの対に向けつつ、無駄に外道っぷりを発揮した台詞つきではあるが、アントーニョは了承した。
――へ？俺様？俺様の人権はどこへ……？
がっくりとその場に膝をつくギルベルト。
それでも交渉は成立したと言っていいのだろう。
こうして普憫なメッセンジャーは理事長の元へと報告に戻るのだった。
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