アーサーはなんと魔界を体験しただけでなく、今現在の“魔王の花嫁”が魔王に囚われて次の魔王を造らされるまでの記憶を辿らされたというのだ。
驚かないはずもない。
アーサーはとりあえず覚えているうちにと、物理的な情報…
・魔界は魔王の血族である竜族、知能を持った魔族、その他原始的な下等生物で構成されていること
・竜族と魔族は魔界以外でも一応は生きていけること…
・魔族の中には人型になったり、人と交渉したりして、人間界で身を隠している者がいること…
・竜族は魔王からしか生まれないこと
・魔王は前魔王の孫として生まれること
・魔王の魔力で魔界が保たれているため、次の魔王が生まれる前に魔王の魔力が尽きると魔界が滅びること
・魔王の卵は魔王の最期の魔力によって生まれるため、その前に魔王が倒されてしまえば孵らずに消えてしまうこと…
・魔王の魔力は通常100年から150年くらいで尽きること…
・魔王の卵が生まれてから孵るまでの期間は1年間ということ……
…そして…つい最近その魔王の卵が生まれたこと…
など、覚えている限りの事を伝えたあと、俯いた。
それは魔王に囚われた“花嫁”が長い時間の中で魔王から引き出した情報だ。
それを手っ取り早く伝えるために花嫁はアーサーに記憶を辿らせたらしい。
――たぶん…卵が出来るのはすごくすごく感じてイッた時で……その時魔力が混ざり合うのがわかるのに、そんな場合じゃないのに、頭が真っ白になった…俺…トーニョじゃない相手なのに…
あ~それかぁ…可愛いねぇ……
こんな時なのに思わずニヨニヨするフランシス。
そんな事でショック受けてこんな事になっているなんてアントーニョが知ったら可愛さと愛おしさに悶えて転げまわったあと抱き潰しそうだ。
――あのね、坊ちゃん、良い事教えてあげるよ。
それでもこのままにしておいたら大変な事になるので、フランシスは苦笑交じりに口を開いた。
――それ…たぶんその花嫁の感覚で坊ちゃんの意志とか感性とは無関係だから。
普通ね、他人が言った言葉とか耳で聞くでしょ?それが感覚になっただけ。
例えばお兄さんがお兄さんの手が黒いって言ったとするじゃない?
坊ちゃんから見るとどう見ても黒くは見えないわけなんだけど、お兄さんが黒いって言った事実は坊ちゃんには変えられないでしょ?
そんな感じ?
だから坊ちゃんが感じちゃったわけじゃなくてね、感じちゃったその魔王の花嫁の感覚を認識した…それだけのことだよ?
アーサーはしばらくフランシスの言葉の意味を考えていたが、やがて顔をあげてフランシスに視線を向けた。
――つまり…本や劇を読んだり見たりしてただけで体験ではないということか?
――だね。まあ知り得た事ってのは知識としては色々重要な事だっていうのは確かだから、気になるなら感覚も共有してたって事伏せて、視覚、聴覚で知ったってだけを言えばいいんじゃないかな?
ま、別に感覚に関してだって単に記憶を覗いてただけなわけだから、問題ないと思うけどね。
パチンとウィンクをするフランシスに、アーサーはきまり悪げに俯いた。
――ということで…帰ってきてくれるのかな?お姫様は。
最終的にフランシスがそう言うと、アーサーは困った顔をした。
――なあに?まだ何かある?
――ない…けど…
――けど?
――帰り方がわからない…。
へ…?
――過去からずっと現代まで辿ったはずで、現代のティベリス…あ、魔王に囚われて次の魔王の卵を造らされた人間な、の声も聞こえるんだけど、視界が過去辿った時のまま戻んなくなってて…変にリンクしちまったのかも…。
で…俺あまりに色々ありすぎて意識失ったみたいで、さらにわけがわからないままここにいて、そしたらフランが来たわけなんだけど…
うわぁ……
フランシスは頭を抱えたくなった。
おそらく他の月の魔術師達はアーサーよりは大人だっただろうから、戻れなくなった理由は魔物に弄ばれて感じてしまったショックなどという理由ではなく、その、過去を覗いてきてそのまま戻り方がわからなくなったというのが正しいのだろう。
このままではアーサーも同じ末路を辿る事になる。
さてどうしたものか……。
――坊ちゃん、ちょっと待っててくれる?
お兄さん理事長に戻る方法聞いてくるわ。
今までは状況もわからなかったからさ、とりあえずどうなってんのか事情聞きに来たとこだから。
ここで戻せないかもとか言って不安を煽ったら、それをあとでアントーニョに知られて殺される。
とりあえずヘラリと笑って安心させるようにそう言うと、すぐ戻るからね、と念を押して現実世界に戻っていった。
「おう、どうだった?!」
スイっと意識が戻ってフランシスの身体がわずかに動くと、ローマが聞いてくる。
「う~ん…とりあえずね、今はもううなされてないよね?」
と、それには答えずフランシスがアントーニョに視線を向けると、アントーニョは小さく頷いた。
「ああ、目ぇは覚まさへんけど、精神的には落ち着いた気ぃするわ。
さっきみたいな死にたいみたいな感覚はあらへん。」
「そっか。それは良かった。」
フランシスはホッとしたように笑みを浮かべると、改めてローマを向き直って言った。
「とりあえず意識の戻らない原因はわかったよ」
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