ローズ・プリンス・オペラ・スクール第十章_1

悩まない少年と悩む竜


「ねえ…やっぱりさ、俺が考えなしすぎるのかな?
それとも俺も好きな相手が出来れば変わるんだと思う?」

フェリシアーノがギルベルトの離れに来て…つまりあの事件から5日間がすぎた。

早急に件の魔物をおびき寄せて倒さねばならない。
そのためにはなるべく魔物が出現しやすい学園外にいたほうがいいので、学校は劇の練習という名目で休んでいる。

日々、日中に寝て、魔物の出現する夜に出かける生活。
そんな中で昼間にせっせと鍛錬を欠かさないギルベルトが、そうとは知らせず自分が離れている間のフェリシアーノの護衛として付けているのがルッツだ。

『ルートヴィヒが本名ならルートの方がいいな♪俺はルートって呼ぶねっ』
と、最初に離れに来た日にフェリシアーノが言うと、その言葉を了承するようにルッツがピィと鳴いたため、フェリシアーノは小鳥をルッツではなくルートと呼んでいるのだが…まあそれは余談だ。

魔物はどういう状態で近づいてくるのか…人間に化けているというだけでなく人間と取引をしている可能性もあるしわからない。
そのため極力適応者達以外とは接しないようにと言われているフェリシアーノの話し相手は自然とこの小鳥のルッツになってくる。

まあ…話し相手と言っても言葉を返してくれるわけではなく、たまにすごく良いタイミングでピィと鳴いてくれるだけなのだが…。


「俺さ、痛いのやツラいのは嫌なんだけど、楽しい事とか美味しいモノが大好きなのと同じ感覚で気持ち良いのも好きなんだけど…」

ダメかな?と、実に邪気のない顔で尋ねられて、小鳥は非常に困ったようにプルプル震えて視線を逸らした。

――いやいや…それはダメだと思うぞ。ああいうことはきちんと想い合った相手と手順を踏んでだな……

などとその可愛らしい小鳥が脳内で思っていることなど、フェリシアーノは当然知らないわけで…

「ふふっ。ルートってさ、今なんだか困ってるように見えるから面白いよね。」

――“ように見える“ではなく、本当に困っているのだ、この馬鹿者。

バタバタと小さな羽を羽ばたかせピィピィと鳴いて抗議の意を示そうと思うのだが、やはりフェリシアーノは面白がるだけだ。

そして一言
「ルートってさ、見かけは小鳥なんだけど、なんだか人間みたいだ」


ピィ……

その言葉で羽ばたきが止む。

――俺は…本当に人間みたいか?魔物みたい…ではなくて?
切ない…でも嬉しい。
たいそう複雑な気持ちでルッツはフェリシアーノを見上げた。


ルッツはフェリシアーノに出会ってからなんとなく漠然と人間になりたい…と思うようになってきた。

ギルベルトは魔が必ずしも悪とは言わず、魔という属性の力を持った聖の心を持つ存在になればいいと日々言っていたので自分の出自については今まで気にしたことはなかったが、理事長の部屋に集まった時、フェリシアーノが魔物を嫌って涙ぐむのを見た瞬間、自分が魔の血を引いている事をルッツはひどく恥じた。

誰に嫌われても、あの毎日巣に通っては追い出された自分を何度も優しくなでながら巣に戻してくれた少年と、自分に誇りと生きる道を示してくれた“兄さん”、そして今目の前にいる可愛らしい少年には嫌われたくない。


最初に慈しんでくれたアーサーには母のような…ギルベルトには父のような愛情を抱いているのだと思う。

では目の前のこの少年には?と考えてみると、前述の二人とは愛情の種類が違うのが自分でも自覚できてしまう。

愛したい…愛されたい……。

それは愛であると同時に恋なのだと思った。
魔である自分には絶対に叶わない…そして持ってはいけない思い……。

自分はまだ卵から孵ったばかりでおそらくそういう時期が来ていないせいで、そういう欲求はまだ全く感じないが、成人して動物でいうところの発情期のような時期になれば、先日の事件の魔物のように、少年を取込みたくなるのかもしれない。

そうしたら色々全てが終わりだ。

もし人間なら…この気持を受け入れてもらえたのだろうか…。

人間同士のものと魔物とのものと性交も違うのだろうが、それ以前に魔物である以上、愛する対象としてみてもらえないわけだから、どうしようもない。


――そういう事はお互い愛しあうモノ同士がそれなりに心を通わせた上でするもんだ…

そう教えてくれたのはギルベルトだった…
それなら愛のない交わりの中で自分が生まれた状況は間違いだったのか…間違いの中で生まれた自分は間違った存在なのか…。

さすがにそれを尋ねればギルベルトを困らせるのがわかっていたから聞けなかったが、ずっとそれが心にひっかかっている。

そんなルッツの悩みに当然気づくことはなく、この残酷な想い人は

「いっそルートが人間だったら良かったのにね。
そうしたらこんな風にずっとお前と一緒なんだからもしかしたら俺はお前を好きになって、お前も俺を好きになって、アーサーみたいに好きな相手じゃなきゃ嫌だっていう気持ちがわかったかもしれないじゃない?」

などと、諦めきれなくなるような事を言ってくれるのだ。

「俺自分でする以外で経験なかったからさ、自分以外にされるのがあんなに気持ち良いって思わなかったんだけど、好きな相手だともっと気持ち良いのかな?
どう思う?」

榛色の瞳に純粋な好奇心を乗せられてどうしようもなくなったルッツは、パタパタを羽を羽ばたかせてその視線を避けるようにフェリシアーノの頭の上へと逃亡した。


――それを知りたいのは俺の方だ。しかもお前と違って一生知ることなどできないのだぞ?
ルッツはそう心の中で思いながら、せめてもの抗議にと小さな足でサラサラの茶色の髪の上で足踏みをしてみたが、しかし

――あははっ、くすぐったいよ。もうっお前可愛いな~

と、本当に邪気のない笑みで返される。

どうもフェリシアーノといると腹が立つ事も多く、自分的に良しとしない言動や行動を取ることも多いのに毒気を抜かれる…憎めない。

それはたぶんこの笑顔のせいだ。

ルッツは思った。

――俺の想いは絶対に叶わないから…せめて“心から愛する相手と結ばれてみたい”というお前の望みは叶うよう、俺は全力でお前を守ろう…

その幸せそうな笑みがずっと続くように……と。


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