出会い
「綺麗だけど…ずっとは厳しいなぁ。」
フェリシアーノは寮の部屋でドレスを引きずりつつため息をつく。
「ロープリの舞台に立てるなんてすげえことなんだぞ。それくらい耐えろ」
ベッドの上で雑誌めくっていたロマーノはチラリと時計をみやって、
「仕方ねえ、エスコートしてやるからメシ行こうぜ」
と、弟に手を差し出した。
珍しく兄が優しいのはやっぱりそれが実は弟で男であろうと、彼が大好きな女性の格好をしているからだろうか…などと失礼な事を脳内で思いながらも、フェリシアーノは礼を言ってその手を取る。
「お前は俺と違って1年で舞台に立てるくらい才能あんだからよ、ドレスくらいマジ我慢しとけ。」
少し苦い顔でそう言う兄に、
「う~ん…兄ちゃんより女顔だから…だと思うけどね」
と、弟は肩をすくめた。
アントーニョが主役の今回の舞台で、フェリシアーノは1年生ながらヒロインである姫の親友である貴族の娘に大抜擢されたのだ。
ロープリの公の舞台に立てるのは高等部からだが、中等部でもその前段階の校内のみで行われる舞台というものがあって、その頃からフェリシアーノはホンワリとした少女役として人気が高かった。
演劇か戦闘か…そのどちらかに優れている事で価値が決まる学園で、それはかなり重要な事で、そんな弟を持つロマーノは周りから随分と色々言われたものだ。
それでも弟相手に嫉妬するのも情けないと、全てを右の耳から左の耳へと流すのももう慣れてしまった。
弟フェリシアーノはそのうち大舞台をいくつも踏んで、最終的にロープリのカンパニーの方へと行く事になるだろうし、自分は普通の学生、普通の社会人として生きていく、それだけだ。
ただ、弟がその重圧に苦しむ事があれば――本人には間違っても言わないが――手助けくらいはしてやろうと思っている。
だから今回もより完璧に貴族の娘役を演じるため舞台本番まではドレスで過ごせという無茶な指令を受けて四苦八苦している弟が少しは歩きやすいようにと手を貸してやることにしただけだ。
相手は弟だ。
決して楽しいわけではない……。
が、食堂へ行くと視線が痛い。
しかも明らかに
――兄貴だからといって俺らのフェリちゃんに気安く触りやがって…
的な視線で頭が痛くなってくる。
しかしだからといって今自分がここで弟を放置すれば、エスコート役をめぐって乱戦必至だ。
当然フェリシアーノのそばでそれは行われ、ドレスのためいつものように素早く逃げられないフェリシアーノを巻き込む事は目に見えている。
ゆえに、兄貴としてはジッと我慢の子なのだ。
フェリシアーノに腕を貸し、自分は二人分のトレイを持つ。
歩きにくさから若干かかるフェリシアーノの体重と2つの食事の乗ったトレイ…全部合わせると結構な重さで、それでもなんとか耐えて歩を進めると、何かが足に引っかかって、ロマーノは体勢を体勢を崩した。
――まずいっ!フェリが転ぶ!!
と、瞬時に思い、トレイの中身が弟にかからないようにトレイと弟の間に身を入れて弟に手を伸ばすと、てっきり自分に降りかかると思っていた中身は溢れる事無く、トレイは空中で止まる。
いや、正確には誰かが空中でそれを掴んだのだ。
「わりい、トーニョ。」
条件反射的にいつも何かあると助けてくれた幼馴染の名前を口にして振り向くと、そこには少し驚いた顔の銀色の頭。
特徴的な紅い目は一瞬見開かれ、次にこの男がよくあげるケセセッと言う特徴的な笑い声をあげた。
「ほい、これあっちの席運ぶな?」
と、当たり前に空いている席にトレイを並べるギルベルト。
そして横でいつのまにか現れた黒い鷲に足を突かれて悲鳴をあげる上級生。
「ありがと、ギル♪助かったよ」
咄嗟に言葉の出ないロマーノの代わりに、フェリシアーノがにこやかに礼を言う。
彼ギルベルトも幼稚舎の頃からいたのだが、人見知りの強いロマーノは人当たりの良いアントーニョについて回っていたので、フェリシアーノのようには親しくはなかった。
「いや、フェリちゃんにもお兄さまにも怪我なくてよかった。
俺とルッツも一緒していいか?」
それに対してそう聞いてくるギルベルトに、もちろん!とやはり笑顔で答えた後に、フェリシアーノは、あれ?と首をかしげた。
「お友達…来るの?」
というフェリシアーノに、ギルベルトはロマーノの足をひっかけた上級生の足をつついている黒鷲に視線を向けて、
「おい、ルッツ、もうそいつも反省しただろうから止めてやれ」
と、声をかける。
すると黒鷲はその言葉を理解したかのように、上級生から離れてギルベルトの所まで飛んでくると、その肩に止まった。
「こいつが俺様の相棒のルートヴィヒ。ルッツだ。」
「うあ~、この子賢いんだねっ!すごいねっ!」
撫でても怒らない?と、一瞬差し出した手を彷徨わせるフェリシアーノに、黒鷲はその言葉をも理解したように、自ら少し頭をさげる。
「えへへ、お前すごく賢いんだね~。俺フェリシアーノだよ、宜しくねっ」
そう言って頭を撫でるフェリシアーノの手に、黒鷲は応えるように少し擦り寄った。
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