ローズ・プリンス・オペラ・スクール第五章_7

ギルベルト・バイルシュミットの日常


――アーティ……気持ちええ?
隣から聞こえる声。
授業などそっちのけで足りてない睡眠を今のうちにと補給しているらしい悪友の寝言だ。

幸いにしてそこまで大きな声ではなく、しかも窓際の一番後ろの席とあって、聞こえるのは耳の良い隣の席のギルベルトくらいだ。

いや、幸い…なのか?
少なくともギルベルトにとっては幸いではない。

自分の想い人でもある天使相手にどういう夢見てんだこいつ?
ていうか…まさか対になってまだ一ヶ月なのに手なんて出してねえよな?
と、色々がグルグル回る。

いくらこいつが太陽の適応者に選ばれた後、学校の生徒のみならず、芝居で外に出た時に誘ってきた面々まで、ギルベルトからみたら非常に気軽な感じで…それこそ倫理観などそっちのけでスポーツ感覚で食っていたような男だろうと、それをしていい相手かどうかくらいはわきまえてるよな?と、心配になってくる。

性には生真面目なギルベルトとは違ってフランシスもまあそれなりにする事はしていたようだし、その中に時には一晩のみの相手もいなかったかと言われれば否とは言わないが、少なくともフランシスの場合はその瞬間は相手に恋心を抱いている。

アントーニョのように感情と肉体は別物というわけではなく、フランシスの場合は単に惚れっぽいというだけなのだ。

だからまだギリギリ許容の範囲なのだが、ギルベルト的には気持ちの伴っていない性交はタブーだ。
絶対に許されないと思う。

というか…気持ちが伴っていたとしても、少なくともまず手をつなぐところから始まって、頬もしくは額への親愛の口付け、それからデートを何回も重ねて、唇への口付け。
その後、お互い将来をきちんと共にする覚悟が出来た時点で、初めてしていい事だと思う。

そう…そこまで大体3年くらい…早くても1年…いや、1年は早急か……。

普段はきちんと授業内容に集中するギルベルトだが、悪友の寝言からそんな事をつらつら考え始めて授業が終わる。

おかげで最後の10分、ノートが取れなかった。
あとでフランに頼んでノートを借りなくては…。

本当にこいつに自分の天使を任せてよかったのか?…と一瞬考えたものの、一応アントーニョのアーサーに対する溺愛っぷりはしばしば耳に入ってくるし、本当に大切に大切に抱え込んでいるらしいので、まあ良しとしよう。

何しろアーサー本人から、家に帰ると家事から何からアントーニョが何もかもしてくれて、自分にさせてくれないのだが、良いのだろうか?と相談を受けた事があるくらいだ。

その時たしか自分は、あいつはそういう奴だからアーサー自身がそれがうっとおしいとかじゃなければ好きにさせてやってくれと言った気がする。

そして、特別に気に入った相手にのみ異様にマメになって何でもやってやりたがる性格のアントーニョがそこまでやっているのなら、大丈夫なのだろうと安堵したことも…。

まあ元々戦闘のために早く対が欲しかった自分とは違って、アントーニョは気に入った相手でなければ対など要らない人間だったし、気に入ってなければあんな風に争わなかったのだろうが…。


相手を気に入っている…その一点さえクリアされていれば、アントーニョほど優しい頼れる男はいない。
まあ独占欲の強さ、嫉妬深さはたまにキズだが、世間の常識とか損得とか建前立場、その他諸々すべてを度外視して大事にしてくれる。


所詮世間と折り合いを付けられるよう相手に折り合いの付け方を説法してしまうような自分よりは、アントーニョのようにそのままの状態を受け入れてくれる男の方がアーサーには幸せなのかもしれない……。

結局一番大事なのは自分の気持ちを押し付ける事ではなく、天使が幸せに笑っている事だ…。

そんな事を考えてギルベルトは大きくため息を付いた。


「そのためには俺様ももうひと頑張りしねえとな、な?ルッツ。」
ギルベルトは頭の上の小鳥にそう話しかけて夕方の街へと足を向ける。

そろそろ魔が現れている頃だ。



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