ローズ・プリンス・オペラ・スクール第二章_4

しかしそのくらいで気を失うかもというのは本当に甘かった。
その後の展開がすさまじい。

アントーニョに言わせるとアーサーは彼の宝玉…太陽の石の対にあたる月の石の適応者に間違いないと言う。

ありえない…いや、これは自分の夢なわけだから、自分は内心ではそこまで大それた望みを持っていたのだろうか……

アーサーが脳内でグルグルと考え込んでいると、なんとヒョイっとアントーニョに横だきにかかえ上げられた。

「今日はこのまま離れ帰ろうか。荷物は明日親分が運んだるさかい。」
と、当たり前に連れて行かれる彼の離れ。

呆然としているうちにソファに降ろされ、
「自分…ちょっと雨に濡れたん?なんや冷えきっとるし、風呂入れたるわ。」
と、当たり前に額にチュッと軽くキスをされて、奥へと向かうアントーニョを見送る。

うあああぁああ~~!!!
内心パニックで、夢とは言え動揺のあまり硬直することしかできない。


「アーティ?大丈夫か?疲れたん?」
呆然としているといつのまにか異様に近くにあるエメラルド。
心配そうに少し潜められるその様子もカッコよすぎて、もうどうしていいかわからない。

夢なのだから…ちょっとだけ…ちょっとだけ触れてはダメだろうか……

おそるおそるアントーニョに手を伸ばしてソっとその胸元に指先でふれると、
「どないしたん?」
と、綺麗な顔で微笑まれて、思わず赤くなって俯いた。

――ああ…さわってしまった…。

と内心思いながらも、そんな事を言えるはずもなく、

「…あの………本物…だなと思って……。いつも観客席から遠くに見てたから……」

と言うと、アントーニョは破顔した。

「自分かっわかわええなぁ…。なんでそんなかわええ事言うん?
ええで?いくらでも近くで拝み?」

と、だき寄せられて、整った甘いマスクが吐息を感じるくらいに近くなり、綺麗なグリーンの瞳を瞼が覆う。

まつげ…結構長いなぁ…
などと、あまりの非日常な状況に思わず現実から遠ざかっていると、くちに一瞬柔らかく温かい感じがして、遠ざかっていく。

――え……?
少し…離れたアントーニョの瞼がまた開いて、ニコリと笑顔を向けられ、アーサーはそこでようやく何が起こったのかを理解した。

――き、…キスしたっ!キスしたっ?!!!
わぁああぁああ~~!!!!
頭が完全に沸騰して、クラリと後ろに倒れかかるのを、アントーニョが慌てて背中を支えてくれる。

「だ、大丈夫か?!」
と、焦った声に、アーサーは両手で口元を押さえたままブンブンと首を大きく横に振る。

大丈夫なわけ無いっ!大丈夫なわけないだろおっ!!!
ずっと憧れていたスターがファーストキスの相手に…なんてどこの少女漫画だっ!
こんな夢見るって、どれだけ乙女なんだ、自分!!
と、もうはずかしくて頭がクラクラして、涙がポロポロあふれだす。

「…そんなに…嫌やった?」
ショボンと眉尻を下げて途方にくれた子どものような顔で聞かれて、アーサーはまたブンブンと首を横に振った。

嫌だったわけじゃない…。

「…や…じゃない……けどっ……」
「けど?」
「…び、びっくりした……」

もう自分でも感情がたかぶり過ぎてシャクリをあげながらそう言うと、アントーニョは一瞬目を丸くして、次の瞬間、フと柔らかく微笑んでアーサーを抱き寄せると、優しく髪を撫でた。

「…もしかして…初めてやった?」
との問いにブンブンと今度は首を縦に振ると、そっかぁ…と、優しい声。

「堪忍なぁ。それやったらもう少し時と場所考えたったら良かったな」

いやいや、そういう問題じゃないと思う。
憧れのスターな時点でいつどういう状況だろうと多分もういっぱいいっぱいだ。

「なあ、泣かんといて?お姫さん。」
ちゅっちゅっと涙が溢れ出す目尻や赤くなった頬に口づけを落とされて、ますますどうしたら良いかわからなくなってくる。

「大丈夫。親分自分の事めっちゃ大事にしたるからな?
怖がらんといてな?」

言葉の通り優しく髪を梳く大きく温かい手に、やがて気持ちも落ち着いてきて、クスン、クスンと泣き止みかけた頃、アントーニョはふと手を止めて、
「そろそろ湯たまったんとちゃうかな。風呂入り。」
と、またヒョイっとアーサーを軽々だき上げた。





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