臆病な金色毛虫とラテン男の本気
パチリ…と目を開けた瞬間、目に入ったのは褐色の肌。
恐る恐る顔をあげると、男らしくも端正な顔立ち。
目があうと、綺麗なエメラルドの瞳がニッコリ笑った。
あまりにありえない現実に、ぼ~っとした頭はこれは夢だと結論付ける。
実際にはひどく自分の事を嫌っている想い人がこんな風に…まるで男が溺愛している子分に向けるような優しい笑みを向けてくれることはまずない。
喉から手がでるほど欲しかったその笑みを向けられて嬉しい……
でもこれは夢で目が覚めれば消えてしまうのがわかっているのが悲しい……
悲観主義者なイギリスの中ではやっぱり嬉しさより悲しさが先にたって、弱いと自覚のある涙腺が緩み、じわぁっと涙が溢れだして、透明な雫がコロリン、コロリンと頬を伝って零れ落ちていく。
――ああ…泣かんといて。
ちゅっと目尻に落とされる口づけのリアルさに、イギリスはようやくハッとした。
「……スペイ…ン?」
「なん?」
ニコリと微笑みながら答えてくるのを見ると妙に現実感がないのだが……
イギリスは確認するようにその褐色の腕、胸元、肩先…と、ペタペタと触れていく。
それにスペインはくすぐったそうに笑って、
「なん?かわええけど、くすぐったいわぁ」
と、なおもペタペタしているイギリスの両手を両手でソっと掴んで口元に持って行くと、チュッと口付けた。
そこでようやくイギリスはハッキリと自覚する。
――本物だっ!!!!!
まるで幼児のようだと思う…。
ぱちりと目を開けたイギリスはまだ意識がはっきりしていないのか、物憂げなトロンとした目でスペインを見上げた。
目があったので微笑んでやると何故か大きな丸い目に涙が溜まり始めて、やがてそれがコロンコロンと真珠のように頬を伝って零れ落ちた。
声も出さず、ただ悲しそうにポロポロ泣く様子は幼げで可愛らしいが同時に痛々しい。
可哀想で愛おしくて思わず――泣かんといて?と、目尻に口付けてあふれる涙を吸い取ると、イギリスは今度は何故かきょとんと首をかしげて、スペインの腕やら胸やら肩やらをぺたぺたと触り始めた。
寝ぼけているのだろうか…行動の理由はわからないが、なんとなく仕草や行動性が幼児じみていて可愛らしい。
この子を自分のモノにしてベタベタに甘やかして可愛がってやったら楽しい気がしてきた。
スペインがいまだぺたぺたと続ける自分のモノより一回り小さいその白い両手を取って口付けてやると、イギリスはビクっとすくみあがって、目を見開いた。
何か驚かせてしまったのか…と、思った瞬間、すごい勢いで手が振り払われて、イギリスはまるでワープしたかのようにソファから飛び退いた。
「お、お前…なんでここにっ?!!」
どうやら目が完全に覚めたらしい。
さきほどまでのトロンとしていた目が驚きに見開かれている。
「なんでて…自分いきなり血ぃ吐いて倒れたんやん。」
「……あ……」
「もしかして自分のせいで好きな相手がいきなり血ぃ吐いて倒れたのに放っておけるアホおらへんし…」
そのスペインの言葉にイギリスはハッとしたように首を横に振った。
「わり…お前のせいじゃなくて…俺この時期になると毎年体調崩すから…ちょっとした事で血を吐いたりすんだ。
迷惑かけたな。落ち着いたら礼するから今日は帰ってくれ。」
と、口早にそう言うイギリスに、スペインは深く深くため息をついた。
「あんなぁ…自分大事なとこ抜かさんといて。
親分好きな相手言うたやん。
自分のせいやないとしたって、こんな状態の自分置いていけるわけないやろ。」
「嘘だっ!!!」
スペインの言葉にイギリスはひどく怯えたように後ずさった。
「…イギリス?」
「嘘だ嘘だ嘘だっ!!!嫌だっ!!!!」
「ちょ、落ち着き」
「嫌だァっっ!!!!!」
耳を塞いで叫ぶイギリスをスペインは半ば強引に抱きしめた。
当然腕の中でイギリスはジタバタ暴れるが、単純な腕力となると、スペインはイギリスの比ではない。
散々抵抗を試みて最終的に疲れてグッタリと力を抜いたイギリスのつむじにスペインはチュッと口付けた。
そして
「まあ…付き合う付き合わんはもうちょっと自分が回復してからな?
とりあえず今はそんな状態やったら何もできひんやろ。
親分が身の回りの事したるから、ついでにその間に親分に慣れて、今回の事考えたって?」
と、頭をなでる。
クタリと力なく身体を預けてくるイギリスはとても可愛らしい。
とにかく当分は甘やかして可愛がって面倒をみてやろう。
そう思う事がすでに、当初の目的から大きく外れていることなど、スペインの脳裏にはかけらもない。
好かれるから好きになる…嫌われるから嫌う…それが今までのスペインの対人感情だったが、今回はそれを超えて好きという感情が先立っている…それが特別な恋というものだと、この時はまだそんな自覚もなく、スペインはただ浮かれた気分で渋る上司に休暇を取るとの連絡を入れた。
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