パイレーツ!番外_1

「大丈夫か?しんどない?」

王の使者に会ったその日の夜、いつものように夕食のワゴンを押しつつ部屋に戻ってきたアントーニョはリビングのソファに座って刺繍をしていたアーサーを、まだ寝ていなければと、有無を言わさず抱き上げてベッドにおろした。

何か企みがあるのか、自分が健康でいないと何か対外的に問題があるのか…

昼にギルベルトの計略でアントーニョの気持ちを聞かされてなければ、心配してもらえるのを若干悦びつつも、そんな事を思って少し物悲しい気分になったところだが、今ならただただ純粋に心配されていることがわかる。

それはもちろん嬉しいことではあるのだが、とにかく誰かに好意を向けられる事に慣れない。

純然たる好意からくる言葉だと思うと、羞恥心やら戸惑いが先にきて、顔が熱くなる。
元々陽に当たる事がそうない真っ白な頬は一気に真っ赤に染まる。
自分でもそう感じるほどなのだ。
それを見て、アントーニョは秀麗な眉を寄せ、半ば強引にベッドに移動させたアーサーの顔を覗きこんだ。

「これ…熱あるな。顔真っ赤やし綺麗な目ぇも潤んどるし…。
こんなんなるまで気づかへんで堪忍な…。
出来るだけ早う落ち着ける島買うて休ませたるから…」

ギルベルトの嘘を信じているのだろう。
ひどく気遣わしげに眉を寄せる。

そのままぎゅっと抱きしめられて心拍数がさらに上がった気がした。

いや、気がしただけではなさそうだ。
いきなりアントーニョがぎょっとしたように身体を離して、慌てたようにアーサーを横たわらせた。

「自分、すごい動悸してへん?!心臓めっちゃ早いわっ!
苦しいんやったらほんま言ってやっ!
ちょお待っといてっ!今ギルちゃん呼ぶさかいっ!!」

と、アーサーに何か説明をする暇も与えずに――実際説明を求められても困るのだが――けたたましくベルを鳴らすと、ドアの所でかけつけてきた手下に至急ギルベルトを呼ぶように命じる。

そしてすぐベッドに戻ってくると、綺麗なエメラルドを微かにうるませた。

「なあ…苦しいか?
ほんま言うてや。
なんかして欲しい事あるか?」

そう言われても、別にどこか悪いわけじゃない。
戸惑って黙りこむアーサーの手を、褐色の大きな手がぎゅっと握りこんだ。

「お願いや…。
親分のこと、罵ったって、殴ったって、それで足りへんかったら刺したってかまへん。
でも自分だけは親分の事置いていかんといて…。
一人にせんといて…。」

アーサーの手を握りこんだ手を額に当てて、とうとう嗚咽をこぼすアントーニョに、アーサーはさらに戸惑った。

これがあの世界が恐れる大海賊なのだろうか?
まるで親に捨てられるのを恐れる子どものようなその様子に、何故か心の奥底から愛しさのようなモノが沸き上がってくる。

「…大丈夫…大丈夫だから。
俺はずっとここにいる。
ここの他に戻れるようなところも無いしな。
そばにいるから泣くなよ…」

そっと握られている方と逆の手をうなだれる頭に伸ばして黒い癖っ毛をなでると、アントーニョはさらに激しく、子どものようにワンワン泣き声をあげて泣きだした。


世界が恐れる大海賊…。

手中に出来ないものなどなさそうな男も、意外に一番欲しいものは手に入らずにいたのかもしれない。

たくさんいた美しいメイド達に目もくれずに一直線に自分に向かってきたのは、あるいは自分が持つ寂しい心を無意識に感じ取って、同じ心を持つものとして共感し、満たされない部分を互いで埋められればと思ったのかもしれないな…と、アーサーはなんとなくそんな事を思った。




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