「よ~、お姫さん、調子どうよ?」
コンコンと形ばかりのノックの後に、ギルベルトは返事を待たずに船長の私室に入る。
「男に姫とか言ってんじゃねえよ。」
と、中から返すのは当然大海賊の宝物だ。
「ん~…じゃあお宝ちゃん?」
にやにやとまたからかうように返してくるギルベルトに無駄だと悟ったのだろう。
勝手に好きなように呼べと吐き捨てるように言うと、アーサーは、
「で?なんの用だ?」
と、来訪の理由を尋ねる。
「なんのって…定期検診?」
他に何があんだよ、他の理由でお前さん一人の所に訪ねて行ったら、俺様殺されるじゃん、と、ギルベルトが苦笑いを浮かべると、アーサーはきょとんと首をかしげた。
「いつもより早くねえか?」
だいたい週明け、月曜あたりに来るのが常なのだが、今日はまだ金曜だ。
「ああ、そのことなんだけどな…」
と、ギルベルトは昨夜アントーニョから次の検診は明日にしろと言われたこと、そしてさきほどの船長室のやりとりを聞かせた。
そして話を最後まで聞き終わると、アーサーは呆れたように肩をすくめた。
「あいつ…お前らにまでそんな事言ってんのか…」
と言ったあと、少し考えこんで、チラリとギルを見上げた。
「…そんなに俺、最近変か?」
何気ない会話。
しかしアーサーの場合これでかなりの悲観主義者なため、おかしな方向に話を持って行くと、ひどく落ち込まれる事がある。
だから最大限慎重に注意深く…しかし、そうは見えないように気を使いながら、ギルベルトは言った。
「ん~、最初の頃よりリラックスしてる感じだな。」
「そりゃあ…人は環境に慣れるもんだろ?」
「まあな~。でもトーニョの奴にしてみれば心許されるようになったみてえで嬉しいらしいぜ?
最近ひどく惚気けられて、一人楽しすぎるぜ。俺様」
ケセセっと特徴的な笑い声をたてながらそう言うギルベルトに、アーサーは小さく吹き出した。
「まあ…もしかしたらもうすぐエリザを船に呼べるかもだけどな。」
そこでふと思い出してそう言うと、アーサーに、
「前言ってた好きな女性か?」
と聞かれて、ギルベルトはうなづいた。
「ああ、その辺の男よりよっぽど男らしい女だ。
ただ曲がった事は嫌いな奴だから、理由がどうであれ海賊家業なんて一緒にやってくれはしねえだろうから諦めてたんだけどよ、なんだ、冒険家として世界回りながら商売始めるって言うからよ。」
「ああ。東の最果て、伝説のエルドラド探し…ってトーニョが好きそうだろ?」
いたずらっぽく笑うアーサーに、ギルベルトが
「お前が言い出しっぺ?」
と聞くと、アーサーはコクンとうなづく。
「島買ったのは良いけど…なまじ身体が弱ってるなんて話したから、下手すりゃそこに置いてきぼりになるだろうし、今以上にただあいつの帰り待たされるなんてまっぴらゴメンだからな。」
「まさか…それだけの理由で?」
「いや。一番の理由は…人間関係?」
「…?」
「この組織…なんかバラバラだろ。
先代の息子が継ぐべきだったって奴らも少なからずいて…でも多分海賊としての実力がない息子が継ぐなら、同じ先々代の孫で実力があるトーニョが継いで良かったんだって奴らもいる。
それなら二つに分けちまえばいい。
分裂は組織を弱くさせるから、役割として、息子側が担う部分とトーニョ側が担う部分に分けて、それぞれ支持している方の仕事をすればいいだろ。」
「お前…意外に頭いいな。」
「“意外に”は余計だ。」
口をとがらせる大海賊のお宝は、綺麗なだけではなく、実はとても役に立つ能力を秘めていたらしい。
もちろんそれはお宝自身の安全のためには他言しない方が良さそうだが…。
こうして形ばかりの問診で問題なしとして、元大海賊団は世界をめぐり、伝説の冒険家として後世に名を残すことになるのだが、それはまだ先の話である。
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