朝、船員達の様子をグルっと見て回った後、雇い主である大海賊の最愛のお宝ちゃんの定期健診を前に執務室に来たギルベルトに雇い主が投げつけた第一声に、隣に立っていたフランシスが飲んでいた茶を思い切り吹き出した。
「うあ…フランきったなぁ~!ちゃんと自分で片付けえよ?!」
と、嫌そうに顔をしかめるアントーニョ。
言われたフランシスはむせて咳き込んでいるので、ギルベルトは小さく息を吐き出しつつ、この旧友がおそらく思っているであろうことを代弁してやることにした。
「トーニョ…お前一度性教育を勉強しなおせ。」
「なんなん、ギルちゃん。」
「いや、なんなんだはお前だから。
なんでいきなり子どもとかいう話になるんだ?
いいか?お前のお姫さんはいくら可愛くても男だ。
古今東西、人間に限らず、生物は男同士でガキはできねえ。」
ごくごく当たり前の事をごくごく普通に指摘するギルベルトに、アントーニョは、え~?!と納得がいかないといった風な表情を返した。
「“え~?!”じゃねえよ」
「いや、でもな、子どもの一人や二人くらい余裕で出来るほどシとるし、なんか最近そんな感じやねん」
「だから、何がそんな感じなんだよっ」
「えっとな~…なんか柔らこうなった。」
「……?」
ドアに寄りかかりながらギルベルトが無言で視線だけで先を促すと、アントーニョはへにゃりと笑った。
「以前はな~一緒におってもどこか緊張してるっていうか…壁作られてる感じしとったんやけど、最近は口では相変わらず厳しい事も言うんやけど、柔らかく受け入れられてる感じがすんねん。
人間、母親になったら柔らこうなるって言うやん。」
いやいや、だからってお前、根本的な前提条件を無視しまくってるだろ…と、ようやく復帰したフランシスが言うと、ガシっと裏拳が飛ぶ。
「人間既成概念に囚われすぎてもあかんと最近思うねん。
古い常識をそろそろ捨ててもええかな~って思うとるんやけど…」
「ちょ、口で言ってよねっ!
てか、常識捨てても男の子相手に子どもはできないからっ!」
と、意外にタフなフランがさらに突っ込むと、再度裏拳が飛んだ。
「で?お前は何が言いてえんだ?」
おそらくそれが本題ではないのだろう…そう察したギルベルトがそれでも一応アントーニョと物理的に距離を取ったまま尋ねると、アントーニョはまた唐突に言った。
「エルドラドをな、目指そうと思うとるんや。」
「はあ??」
エルドラド…伝説の黄金郷。
ほとんどお伽話のように語られているその存在は、ギルベルトも子どもの頃に聞いた事がある。
しかし実在しているかどうかもわからないものをいきなり目指すのもいかがなものか…と、当たり前に思っていると、アントーニョはさらにギルベルトが想像もしてみなかった構想を語った。
「アーティに子どもいたりしたら無理できひんし、諦めよ思うんやけど、そうやないなら、この前買うた島、あれは商館にしよ思うてな。
この海域でずっと海賊しとっても、なんやかんやで自分もフランもアーティも隠さなあかんし、それやったら、俺らはエルドラドがある言われてるずぅっと東を目指していって、その途中で珍しい特産品とか探して、ポイントポイントに同じように島買うて商館にして、各地の特産品をやりとりして商売すんのもええかな~って。
全部の本拠にするこの国の島はロヴィとフェリちゃんに任せれば、ジジイのコネもあるし、仲間の信頼もあるから大丈夫やろし、あの子達かて海賊は嫌でも商売は好きそうやしな。
一応身分的にはこれからは冒険者兼商隊になるわけやから、ギルちゃんかて呼びたい子ぉおったら普通に呼べるんちゃう?」
…まじ…か…と、ギルベルトは片手で顔を覆った。
構想としては悪くない。
安定性も海賊家業よりはかなり高い。
なにより…実質やることは変わらなくても無頼ではない立場になれるならエリザを呼べる。
慣れ親しんだ故郷の地を二度と踏めないかもしれない?
それが何だというのだ。
元々国を追われた時点で、本当の意味で故郷の地など踏めなくなったのだ。
意外に…いや、相変わらずお転婆であろうエリザもきっと冒険の旅を楽しむだろう。
そして…何より彼女が大好きな趣味――それだけはギルベルトは頂けないと思っているのだが――男性同士の恋愛の話を作る事に非常に役立つであろうネタが、この船には転がっている。
「ロヴィが言うには、最近フェリちゃんがギルちゃんのあのゴツイ弟君と仲がええらしいし、こっちの店と護衛はお願いしてもええんちゃうかなって思うとる。」
「ルッツが?!」
と、それもエリザと並んでギルベルトが気がかりに思っていた弟が達者でやっているらしい事に、ギルベルトは安堵する。
一緒にはいけなくても、同じシステム内でつながっているのは嬉しい。
自分よりもしっかりと真面目な弟のことだ。
きっときちんと仕事をこなすに違いない。
「で、まあ心配なのが…アーティやねん」
と、そこで、ギルベルトが楽しい未来予想図を思い描いているのを、少しトーンを落としたアントーニョの声が遮る。
「ああ?この地を離れたがらねえってことか?」
アントーニョが自分を本当に好きらしい…。
それを知ってからはアントーニョの言うとおりアーサーは態度が柔らかくなった。
元々パーソナルスペースは狭くはないので、アントーニョの過剰な愛情表現には相変わらず戸惑ってはいるものの、以前の必死に距離を取って逃げようといった感じが消えた。
アントーニョいわく…
『夜な、以前はどんだけ飛んどってても、手は絶対にシーツ握りしめとったんやけど、最近は親分の背に回してくれんねんで?
声やって、昔は唇切れるまで噛み締めて出さんかったんやけど、最近は、可愛く泣きじゃくりながら、気持ちいい、もっと、って言うてくれんねんっ!
もう堪らんわぁ。加減しろ言われたかて、あんな可愛いアーティ相手に無理やわ。』
と、手当という名目で褐色の背にうっすら残るアーサーがつけたのであろう爪痕を見せつけられてさんざんノロケを聞かされている。
まあアントーニョが他の人間にそんな閨の中での話をしているとアーサーが知れば、当分禁欲生活を申し渡されそうではあるが…。
まあしかしとにかく、今の二人の関係は良好なはずだ。
そしてあれから色々話を聞いたところによると、アーサーは元々実家の兄達との折り合いが悪かったらしく、実は国や実家に執着がないと思っていたのだが…。
そんな事を思いつつ聞き返すと、アントーニョははぁ~と大きくため息をついた。
「…自分……さっきの話を聞いとらんかったん?
体調や、体調!
もう計画進んでもうてから、やっぱ赤ん坊いて安静にしとらなとかなったら困るやろ?」
いやいや、お前それ冗談じゃなかったのか…と、ギルベルトの方こそため息をつきたくなった。
しかし思い込んだら(アーサー以外の)他人の話など聞かないアントーニョには色々言うだけ無駄だ。
「わかった。とりあえずアーサーが妊娠してないかだけ確認すりゃあいいんだな?」
と流すギルベルト。
そこで変に空気が読めないフランシスが復帰して
「いや、だから男同士でそれはありえないでしょっ!」
と口を挟んで、再度裏拳で沈められた。
「まあ長旅になるし、持病がないかも一応確認必要かもしれねえから、改めて確認しとくわ。」
と、そこでさらに現実的なところでまとめるギルベルトに、
「ん、頼むわ。置いてくって選択は絶対にあらへんから」
と、アントーニョもうなづいた。
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