とうとうその時が来てしまったのか…。
アントーニョにここに連れて来られて1ヶ月強。
アントーニョの口から漏れた言葉はアーサーを絶望に突き落とした。
一応国に属さず独立独歩を貫く海賊と言えど、貴族の子弟である自分を飽きたからといってそこらに放り出して死なれでもしたら、その国と無駄に事を構える愚をおかす事になる。
そんな必要性を感じないため、無難に身代金交換でも申し出るのだろう。
これと言って取り柄もない…しかも柔らかい身体を持つ女とも違う自分がよくぞ1ヶ月も飽きられなかったと思うべきなのだ…。
ずっと飽きられずにこのままいられるわけはない。
それを理解してなお、現実の無情さに絶望せずにはいられない。
幼い頃から嫌悪しか向けられたことのなかったアーサーにとっては、例えそれが大海賊の気まぐれだったとしても、向けられる笑顔、与えられる優しい言葉は宝物のように輝いていた。
ないのが当たり前だったその幸せを一度知ってしまうと、知らない頃には戻れない。
気分の落ち込み…などというにはあまりに深い絶望に目の前がフッと暗くなって、気づけばベッドの上だった。
ずっと目を覚ましたくないと思っても、意識というものは戻ってしまうらしい。
アーサーはそう長くは現実から逃避を出来なかったようだ。
ふと意識が浮上したところに、
「おー、気がついたか。」
と、頭上で言うのは銀髪に赤い目の知らない男。
その男は、海賊…というよりは、まるで軍人のような雰囲気がある。
この1ヶ月もの間、アントーニョ以外の人間に会わされる事はなかったため、その見覚えのない、あまり海賊らしくない男の顔がすぐそばにあった事で、アーサーは自分が国に帰されたのかと思ったが、その他の景色はまごうことなきアントーニョの私室…アーサーがこの一ヶ月暮らしてきた部屋に他ならない。
しかし目の前にいるのが一ヶ月間唯一そばにいたアントーニョではなく見慣れぬ男だという事実が、自分がかの大海賊に飽きられたのだという推測を確実なものとしている気がした。
――アントーニョは自分に飽きてしまったのだ……
それを改めて自覚した瞬間、また目の前がクラクラと揺れて、空気が上手く吸えなくなった。
苦しい……
空気の波でもがきながら、アーサーはすがるものを探した。
脳裏に浮かぶエメラルドの幻に手を伸ばしてみたが、それはひどく感情のない色でアーサーをチラリと一瞥すると去っていく。
伸ばした手は空を切り、アーサーは重い空気に溺れて沈んでいった。
ああ…自分はこのまま死ぬのかもしれない…そんな事を思いながら…。
0 件のコメント :
コメントを投稿