アントーニョは自分も朝食を腹に詰め込みながら、目の前で同じく朝食を摂る少年に目を向けた。
アントーニョ自身は海賊なので日々武器をふるっているからそれだけ消費しているからというのもあるが、それを差し引いても少年、アーサーの食べる量は少ないと思う。
最初はこんな風に無理やり連れて来られて閉じ込められているせいかと思ったが、どうやら元かららしい。
食べろと強く勧めて大量に――と言ってもアントーニョ的には普通の量だが――食べさせたら戻してしまった。
なので今はこれがアーサーの量なのかと納得はしている。
納得はしている…が、それでもこの量でちゃんと生命維持できているのか心配になる。
アントーニョが今まで手にした宝と違い、この宝は生きていないと意味がないのだから…。
正直これまでの人生は海賊としては恵まれていたのだと思う。
祖父は国から私掠船免状を与えられた大海賊だった。
その祖父が亡くなった事でその免状はなくなったが、その頃には祖父は莫大な財産と船団と人脈を得ていたため、海賊としてやっていくには支障はなく、その頭の地位は、叔父に受け継がれた。
しかしその叔父も頭になって早々に病を得て亡くなり、さあ誰を跡取りにするかという話になる。
アントーニョは祖父の長女の息子で、跡取りである長男には双子の男子がいた。
通常ならこのうちの兄である方の子どもが跡取りとなる。
周りも当然そのつもりで、アントーニョも祖父に子どものお守り兼護衛を任された事もあって、この子どもを大層可愛がった。
しかしアントーニョにとっては従兄弟にあたるこの双子はそろって海賊家業を嫌って陸にあがり、一般人としての生活を望んだため、必然的にその座はアントーニョの元へと転がりこんできた。
もちろんそれには、従兄弟の側近くにいたアントーニョの差金では？という者も少なからずいて、満場一致で歓迎されたわけではなく、アントーニョは自分自身の行動と才覚でボスとして相応しいという評価を勝ち取らねばならなかったが、幸い祖父ゆずりの度胸と勘の良さ、基本的に人当たりの良い性格、腕っ節の強さで、その反対派をねじ伏せることには成功した。
が、この一件で海賊団はどこか一枚岩ではなくなり、油断ができない状況にはなっている。
それでも負け知らずの戦いで物理的な事は大抵は思い通りにはなったが、アントーニョ自身は全身全霊をかけて可愛がっていたつもりではあるのに海賊団を置いて出て行った従兄弟や、今ひとつまだ忠誠心の低い油断のならない部下達…そんな諸々で比較的打たれ強くはあるアントーニョも少しばかり満たされない心に疲れを感じていた。
そんなある日のことだった。
その日も小さな…しかし貴族の別邸があるという街を襲撃していた。
もちろん目的はその貴族の館だ。
本宅にある莫大な資産のうちのほんの一部の財産であるとか、忠実な使用人達であるとか、生まれで当たり前に与えられた物にありがたさも何も感じないのであろう。
早々に隠し通路か何かで退避したのであろう主の事は放置で、アントーニョは自身が先頭に立って切り込んだ。
主が逃げるために捨て石にされたのであろうに、忠実な使用人達は文字通り盾となり、海賊の侵攻を少しでも妨げようとする。
それに何故か苛ついて、それでも愛用の戦斧を振るいながら進んで行った先で、それを見つけた。
キラキラと輝く大きく綺麗なペリドット。
それはくるんとカーブを描いた驚くほど長いまつ毛に縁取られている。
真っ白な肌に黄金色の髪。
そこだけ空気が違って見えるほど、圧倒的な可愛らしさ…。
優しい春の新緑が木漏れ日に揺れるような、どこか現実感のない美しさに、アントーニョは一瞬息を呑んだ。
――見つけた…お宝や！
アントーニョはそれに向かって立ちはだかる者に武器をふるいながら進んで行く。
早く、早く手にしてしまわなければ…。
若干焦るアントーニョだったが、意外な事にお宝の方から近づいてきた。
「俺が主だ。使用人達を殺すならまず俺を殺してくれ。」
どこまでも澄んだ宝石の口から出たのはそんな言葉で、それは大層アントーニョを驚かせた。
使用人のために命を投げ出す主など聞いた事はない。
みかけ同様に中身も天使みたいに真っ白なのか…と、ある種感動を覚えると共に、さらに欲しいという気持ちが高まった。
「ええで。自分が親分のモンになるって言うなら他のモンは全員助けたってもええ。
その代わり自分はこれから親分のモンやから逃げようとかしたらあかん。
たとえそれが神様の許へやろうとな。」
殺される覚悟はしていても、アントーニョのその言葉は想定の範囲外だったのだろう。
アントーニョはびっくりまなこで硬直する天使を返事も聞かずに抱き上げた。
これまで…正確には先代が亡くなって従兄弟達が陸上に去って、一緒に暮らしてきた一部の仲間達が自分に向ける視線が変わってきたあたりから今までずっとモヤモヤと満たされなかった気持ちが一気に満たされた気がした。
そのまま攫って部屋に閉じ込めて、逃げられる前に自分のモノにしてしまおうと、そのまま手折る。
最初はささやかなくらい弱々しい抵抗があったが、街の住人達の命をちらつかせれば、それもすぐなくなった。
真っ白で細くて頼りないその身体を壊さないように、潰さないように、丁寧に丁寧に暴いていく間、天使はただ静かに涙を流していただけだった。
普通の人肌にすら慣れていない風で少し怯えながらも身体は驚くほど素直に愛撫を甘受するのに、その綺麗なペリドットからは悲しそうに真珠のような涙が絶え間なくこぼれ落ちていた。
神から天使を引き離そうとしている…そんな気がした。
酷いことをしている…と思う。
自覚はあった。
海賊などという家業をしているのだから、元々当たり前ではあったが、これでいよいよ絶対に天国へは行かれへんな…とは思うものの、今この瞬間こうしている事が死後の世界よりも何百倍も大事な気がした。
初めて自分に抱かれる事を望んでないのに抱いた相手は、生まれて初めて欲しいと思った…しかし心は手に入らないであろう相手だった。
朝食を終えてアーサーにキスを落として私室には外から鍵をかけて食器を片付けがてら出て行き、手下に食器を渡すと船長室へ。
そしてアントーニョがまずすることはそこのソファで数時間の仮眠を取る事だ。
そう、アーサーが意識を手放してしまってから目を覚ますまで、アントーニョは一睡もしない。
最初の日、まだ未成熟な身体を無理に暴いてしまったことで体調を崩したりしないかと気になって眠れなくて目だけつむったまま朝を迎えたのだが、寝起きのほんの数秒…半覚醒で寝ぼけていたのだろうか…アーサーが子どもがむずかるようにスリスリっとその頭を抱え込んだアントーニョの肩口に実に可愛らしく頭をすりつけたのだ。
それはアーサーの起き抜けの癖のようで、普段は慣れてはくれないアーサーのその可愛らしい様子を見たくて、一日のうちその時間だけなのを見逃したくなくて、それだけの理由でアントーニョは一睡もしないで朝まで起きているのだ。
その後…しっかりと覚醒すると身を硬くしてポロポロと涙をこぼし始めるのも毎日の事で、それはそれでアントーニョをしっかり落ち込ませてくれるのだが……。
できる事なら慰めてやりたいが、諸悪の根源が何を言っても仕方ないだろう。
他には息をするのと同じくらい上手く通じている好意を勝ち取れる術は、アーサーにだけは通じない。
それでもどんなに嫌われていても手放すなんて考えられない。
ただ側に居てくれれば…いや、本音を言えばもう少し打ち解けて笑みの一つでも見せてくれれば…と、アントーニョは船長室のソファでブランケットをひっかむりながら毎日ため息をつくのだった。
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