ギルベルト達が戻るとジョンが少し笑みを浮かべる。
「はい。とりあえず遺体周りは怪しい奴がいないか調べてシートをしっかりかけなおしてきました。
で、あとはダニーの部屋の状態確認後、誰も入れない様に鍵かけて、念のため空き室も怪しい奴いないか確認後鍵かけておきたいんで、マスターキーをまとめてお借りしていいですか?
あ…でも一応今使用中の客室については問題あるようならキー抜いておいて下さい。」
アーサーが言うが、ジョンは鍵束をアーサーにそのまま渡した。
「まあ…君達なら悪用はしないと信じてるよ」
「ありがとうございます」
アーサーはそれを受けとると礼を言って、ギルベルトと共に今度は上へと向かった。
二人はチラリと1Fに目をむけて、ユージン以外誰もきていないのを確認後、全ての部屋を通り越して廊下の一番奥、見晴らし台への階段を上る。
「あ~もしかして見晴し台から島一望して確認とかっすか?島の地形が実は鍵とか…?」
本当に気分は名探偵だな、と、はしゃぐユージンにアーサーは苦笑する。
「いや、単に縄跡調べにいくだけだ。」
言ってギルベルトは見晴し台のドアの鍵を開けた。
「ここで待っててくれ。あまり汚したくない」
と、アーサーとユージンをドアの所に残すと、ギルベルトは見晴し台をグルッと一回りする。
「やっぱりか…」
ギルベルトは確信を持ってつぶやくと、ため息をついた。
「何かわかったんですか?」
戻ったギルベルトに、ユージンが不思議そうな目を向ける。
「ああ、まあ。たぶんほぼわかった。」
「すっげ~!やっぱ頭の出来が違うっすね!」
はしゃぐユージンに対してギルベルトは小さく息をつく。
「めでたしめでたし…とはいかねえけどな」
ユージンに言ってもしかたない。
でも少し愚痴ってみたくなった。
「よくわからないっすけど…なんかあったんすか?」
きょとんと自分に目を向けるユージンの能天気な雰囲気がうらやましい。
「ダニーが犯人じゃない事がわかったってことだろ。」
どうやら事情が飲み込めてるらしいアーサーが言うと、ユージンは今度はアーサーに聞く。
「それで滅入るほどダニー嫌いっすか。あ~確かにやたらと絡んでたけど…スルーしてるように見えて実はマジむかついてました?」
「いや、ダニーはどうでもいい。」
ギルベルトの再度の言葉にユージンはますますわからないといった風にぽか~んと彼をみつめた。
「アーサーさん…わりっす。俺頭悪すぎて状況マジわかんねっす」
ギルベルトよりは若干イラついてなさそうなアーサーの方にユージンは聞く。
「あ~ようはだな、犯人がダニーじゃない、お前でもリックでもないとすると、フランと仲の良い誰かってことになるわけだ。放っておけばダニーだって事になってるのにわざわざ仲の良い奴の罪をあばいたら良い気分しないだろって事だと思う。」
「おお~~なるほどっ!頭いっすねっ!」
なんだか…力が抜ける。
盛り上がるユージンを残して、ギルベルトは階段を下りた。
まあほぼ間違いないだろう。動機ははっきりした。殺害方法も…。
全てがわかったところで、さてどうするか…真実を隠蔽するという選択はない。
問題は…暴く前にフランとアントーニョに言うか言わないかなわけで…
1年の頃からシンディーと隣でその周囲とも親しかったアントーニョや女の子とはいつでもどこでも親しいフランと違って自分だけそれほど関係が深くなくて半分他人ごとなだけに、やりにくい…。
しかし結局…隠しておけるものでもないと判断して
「もしもし、フラン、俺だ。念のためトーニョも連れてこっち来れるか?今2Fの廊下。」
と、ギルベルトはフランの携帯に電話をかけて呼び出した。
「ギルちゃん、どうした?何かあったの?」
フランはすぐ来た。
すぐ後ろにはトーニョもいる。
「あーちゃん、元気ないみたいやけど、どないしたん?疲れたん?部屋で休むか?」
と、アントーニョは一直線にアーサーの方へ。
「どうした?気分でも悪い?」
と、フランはそれを横目に黙り込んでいるギルベルトに声をかける。
ギルベルトは一瞬躊躇するが、大きく息をすって吐き出した。
そして
「フラン、トーニョわりい!」
と、そのまま頭を下げる。
「ちょ、ギルちゃん、なんなの、いきなり」
戸惑うフランにギルベルトは言った。
「俺はこれからお前らの大事な人間関係壊しに行く事になる。」
さすがに…これまで3回も殺人事件を越えて来ていると、それだけでわかったらしい。
「もしかして…シンディーなん?」
アントーニョは意外に静かな声で聞いた。
「だけじゃ無理だから…ジョンさんもか。つか、謝らないでよ、ギルちゃん」
言ってフランも苦笑する。
「証拠集めに使えないくらいお兄さん達そんなに信用できなかった?」
「いや…」
フランの言葉をあわてて否定しようとするギルベルトにまたフランは少し笑ってうつむく。
「冗談だって。どうせさ、ギルちゃんの事だからお兄さん達も事情知ってて一緒に証拠集めに回ったら俺まで巻き込むとか思ったんでしょ。その点アーサーだと皆と初対面だからね。」
そして小さく息を吐き出すと
「あ~あ、またジェニーにいぢめられるね、これは。」
と肩をすくめる。
「ま、またクラス替えあるしね。同じクラスになってもあと1年だ。
でも俺らは4人、あと何十年か…それこそじっちゃんになるまで一緒なわけだし…。」
フランは少しおどけて言い、アントーニョは
「俺はあーちゃんさえおればまあええわ。」
と、ぎゅむぎゅむと後ろからアーサーを抱え込んだ。
明かしにくい真実でも知ってしまったからには明らかにする…そう決意して、4人はユージンと共にそのまま下に降りて行った。
硬い表情のギルベルト以上に硬い表情のフラン。
珍しく表情のないアントーニョの手はアーサーがしっかり握ってる。
唯一ユージンだけが飄々とした能天気な様子で、リビングへと足を踏み入れた。
「どうしたんだい?ギルベルト君もフランシス君も。」
そんな二人にジョンを始めとして残った一同が少し不安げな顔を向ける。
「重大な…報告があります。」
少しでもギルベルトの負担を減らそうと、まずアーサーがそう切り出した。
言ったらもう引き返せない。
真実は…必ずしも正義ではない。
それがわかってても言うべきなのか、4人ともわからない。
それでも…言うしかないのだ。
「マイクを殺害したのは…ダニーじゃありません。」
アーサーの言葉はリビングにいるみんなに衝撃を与えた。
「マイクの殺害について、これからギルが説明しますので、全員着席をして下さい。」
アーサーはそこでギルベルトにバトンタッチして、自分はアントーニョと共に席に着く。
フランとユージンにもチラリと視線を向け、2人が席に付くとギルベルトが続けた。
「まず殺害方法に関しては絞殺、これは変わらない。
マイクは絞殺された上で魚網に包まれ、見晴し台から遺体が発見された桜の木まで張り巡らされたロープを滑らせて桜の木まで運ばれた。
フランが昨日見た白い物体というのは、その滑り落ちる魚網に包まれたマイクの遺体だったんだ。」
ギルベルトの言葉でリビングにざわめきがおこる。
「まず始めから説明をする。
犯人はその仕掛けをつくるため、まずロープを持って見晴し台に登り、ロープを手すりを挟むようにして、ロープの両端を下に落とした。
その後、見回りと称して外に出ると倉庫からゴムボートを出し、宿の裏側に回ってボートを使って水に垂れたロープの両端を回収、そのまままた岸に戻ってその両端を桜の木の後ろで結び、丁度見晴し台の手すりと桜の木を輪っかでつなぐような形にして、ゴムボートの空気を抜いて宿の中に持ちこんだ。
その後跳ね橋があがったんだ。
そして普通に全員揃っての夕食。
この時点で共犯者があらかじめマイクとダニーの間に亀裂が入る様にさせ、なるべく二人がコミニュケーションを取らない様に画策した。
そして食後、共犯者が自分がダニーをひきつけておくからと、マイクに自室にボートを隠す様にうながした。
これはたぶん…ダニーが自分に気があるだけで、自分はマイクといたいから、後でボートで抜け出して二人きりででかけようとでも言ったんだろう。
ここでマイクは”自分で”自分の部屋にボートを隠し、のちに何も知らないダニーが自室に戻った。
そして犯行時刻。
共犯者が携帯かメールか何かでマイクを呼び出した。
これはおそらく空き部屋の鍵が手に入ったから一緒にとでも言ったのかと思う。
そして普通に身一つでオートロックの部屋からマイクが出た事でダニー以外入れない密室の完成だ。
その後犯人は空き部屋でマイクを殺害。そのまま見晴し台まで連れて行き、あらかじめ持ち込んでおいた魚網に魚と共に遺体をいれ、ロープの結び目を引き寄せてロープをほどき、網を通すとまたロープを結んでマイクを桜の木の根元まで滑らせた。
そしてマイクが桜の木に到着したタイミングでまた結び目をほどいて一本のロープに戻してそれをたぐり寄せて回収したんだ。
魚を一緒に網にいれたのは、おそらく遺体を魚に見立てている様にみせて、遺体を網に入れないといけなかった本当の理由を隠す為だと思う。
その後は朝まで普通に過ごし、跳ね橋をおろして皆が遺体を発見するのを待ち、さりげなくボートがダニーとマイクの部屋から発見されるのを待ち、それでダニーが犯人ということにして拘束。
見回りに行ったのが誰か、マイクとダニーで揉めていた原因は誰かを考えて行けば、主犯、共犯はわかると思うから、ここでは明言を避ける。
以上だ」
「これは…すごいな。推理小説みたいだが…。実際それが行われた証拠があるのかな?」
ギルベルトが一旦言葉を切ると、ジョンが拍手をして立ち上がった。
「証拠は…いくつか…。一つはこれ…」
ギルベルトは俯き加減にそう言うと、ビニールに入ったハンカチを取り出した。
「蜘蛛の巣と…それについた桜の花びら。昨夜客室の掃除をしていたというジョンさんの肩についていた蜘蛛の巣を払ったハンカチです。客室は全部海の方向を向いている。もし窓を開けていたとしても…さすがに反対方向にある桜の花びらは入ってこない。」
ギルベルトは深いため息をついた。
「遺体を包んでいた網は…その日の朝に漁に使ったはずなのに何故か埃のついた蜘蛛の糸がついていた。これは見晴し台で付いた物かと思われる。さらに桜の木の幹には何か紐のような物で擦った後、見晴し台の手すりも同様に何かで擦ってその部分だけさびがはげたような跡があった。以上から遺体の移動法はほぼ間違いないと思う。
おそらく…以上の推論を説明した上で要請すれば警察も通話記録を調べるだろうし、そうしたらさらに…」
「もういいよ、ギルベルト君。」
感情を殺して淡々と語るギルベルトの言葉をジョンが遮った。
「君の言う通りだ。マイクを殺害したのは私だ。シンディーは何も知らずに私の指示の通りに動いただけだ。」
「伯父さんっそれはっ!」
「黙っていなさいっ!」
立ち上がって口を開くシンディーの言葉をジョンは強い口調で遮った。
「動機は…シンディーの弟さんの事ですか?」
そこで俯き加減で言うギルベルトに、
「驚いたな…そこまでどうやって調べたんだ…。」
と、ジョンは目を丸くする。
「そう…シンディーは4月生まれ、トムは3月生まれと約1年違うが、二人とも高校二年生だった。
二人とも両親の夫婦仲が悪くて小さな頃からよくここに預けられててね、シンディーは調理や掃除などを担当、トムはよく食事時にピアノを弾いてくれて…小さなピアニストとして喝采を受けていた。
ずっと独身だった私には二人は我が子も同然だったんだ。
二人とも大きくなったらここで働くんだと言ってね、シンディーは高校を卒業したらそのまま、トムは音大を出て有名なピアニストになったらここでコンサートを開くんだとよく言ってた。
そのためには普通の勉強も必要だからと塾に行って…勉強は得意じゃなかったがあの子はあの子なりに一生懸命勉強して…クラスがあがったと思ったら入れ違いにクラスが下がったダニーとその仲間のマイクに暴力を振るわれて…指を骨折。特に左手の中指はもう二度と動かないとわかった翌日、トムは塾の屋上から飛び降りて命をたったよ。
しかしスキャンダルを怖れた塾に受験ノイローゼで片付けられ、トムを殺したも同然の二人はなんのお咎めも無しだった。
そこで私はシンディーに奴らに近づくように言って、ここに連れて来させたんだ。
あとはギルベルト君達の言う通りだよ。
…まったく…驚いたな。
君達みたいな子に出会う確率なんてありえない低さだろうに…こんな時にこんなタイミングで出会うとは…。
運がいいのか悪いのかわからないな。」
「自首…してもらえませんか?」
そこでアーサーが声をかけると、ジョンはにっこりと微笑んだ。
「そうだな…復讐はもう終わったし、もう一度ワルツ第7番嬰ハ短調をリクエストさせてくれるなら。
今朝半年以上ぶりに聞いた生演奏は…本当に懐かしくて楽しかったよ」
「わかりました…」
その言葉にアーサーは立ち上がるとピアノの前に座って蓋を開けた。
そして流れる哀愁に満ちた優美な音楽。
「シンディー…堪忍な。ギルちゃんがさっき2Fに俺ら呼び出してこの話をするって言った時、俺止めへんかった。
ギルちゃんはあーちゃん大事にしとるし、あーちゃんは俺がどうしても絶対にやめてくれって真剣に頼んだらやめてくれるようにギルちゃんに頼んでくれたやろし、そしたらギルちゃんもやめてくれたと思うけど…俺止めへんかってん」
その物悲しい音色が響くなか、アントーニョはシンディーに言った。
その言葉にシンディーはちょっと俯き加減に微笑んで首を振る。
「ううん。ずっとハラハラして気が休まる時がなかったから、全部バレてホッとしたよ。
私ね…去年のね、7月3日にトムが死んで、4日にそれが同じ学校の同級生のせいだって知って…トーニョの事完全に諦める事にしたんだっ。」
言ってシンディーは顔をあげてまっすぐアントーニョをみあげた。
「ホントはね、4日まではね、トーニョにマイクとつきあうって電話した日、あの日にトーニョに告白しようって思ってたんだよ?ダメなのわかってるけどすっきり振られようって思ってた。
でもね、もし万が一にでもおっけぃしてもらえたら、高2の夏休みは伯父さんに頼んでね、手伝いながらトーニョとただでここに泊まれたらな~なんて思ってたっ。
だから…つまんなかったな、夏休み。
2学期もクリスマスも冬休みも3学期も…ずっとずっとつまんなくて悲しかった。
だから私、トーニョに恋人できたってフランから聞いてものすご~~~くショックで悔しくて、いつか会う事なんかあったら絶対に意地悪してやるって思ってたよ。
そんな事もあって今回の旅行は別の意味でもすごく楽しみだったんだけど…会ってわかった。
私じゃなかったんだなって。
あの誰にも執着しないでいつも飄々としてるトーニョが必死になるんだもん。あんな事言うんだもん。笑っちゃったよ、ホント…」
笑ったシンディーの瞳からはポロポロ涙がこぼれ落ちる。
「トーニョの彼女になりたかったな。すっごくすっごくなりたかったっ。
でもトーニョがあれだけ本気で好きなんだってわかったからあきらめるっ。
だからトーニョ絶対に別れないでねっ!
トーニョが他の子とかとフラフラして、もしかしたら私だっていけたのにって思ったら、絶望的な気分になるから。
絶対絶対約束してねっ!そしたら私今までの事全部振り切って頑張れるからっ!約束だよっ!」
「うん…約束な」
アントーニョは少しつらそうな笑みを浮かべて、それでも小指を立てた右手を差し出す。
シンディーはその指にやはり右手の小指を絡ませた。
そして
「ゆ~びき~りげんまん、嘘付いたら針千本の~ます、指切った」
と歌って指を離すと、シンディーは、
「というわけでね、トーニョ浮気したら本当に針千本きっちり一本残らずちゃんと飲んでよねっ」
と、まだ涙の残る顔で笑った。
アーサーの弾くワルツの最後の一節が終わると、ジョンは拍手をして電話を指差す。
「濃霧というのは嘘だ。まだ電話をしてないから警察を呼んでくれ。」
その言葉にギルベルトが立ち上がると電話を手に取り、警察に連絡した。
2時間後につけると言う話で、それをギルベルトが周りに報告すると、またアーサーはピアノに指を置く。
「警察がつくまで…何かリクエストがあれば…」
「ああ、そうだな、ありがとう、じゃあ…」
リクエストに従ってまた静かに流れ始めるワルツ。
やがて時間がたち、警察が踏み込んでくる。
それでも静かに流れ続けるワルツ。
ジョンが建物を出るまでそれは続いた。
「もう…いい、アーサー」
ジョンが連行されて見えなくなったところで、ギルベルトがアーサーの肩に手を置き、音がやむ。
そして…アーサーはパタンともう弾かれる事はないであろうピアノの蓋を閉じた。
目を潤ませて警察の船に向かうアン、ジェニー、ソフィ。同じく船に向かうリックとユージン。
警察の責任者らしき人間が通報者ということでギルベルトに事情をたずね、全て話し終わった所でキッチンの奥のワイン蔵に警察が踏み込んで行った。
「大変ですっ!死んでます!」
の声で責任者と共に慌ててワイン蔵に向かうギルベルト。
ジョンがダニーをワイン蔵に閉じ込める様子は皆がみていたはずで、その時は確かに生きてたはず…。
そこでハッとしたギルベルトは内側のドアノブに手をかけようとした警察官の手を慌ててつかんだ。
「?」
「針が…たぶんこれが死因かと…」
と、ギルベルトはドアノブを指差して言う。
把手にはおそらく瞬間接着剤か何かで接着したのか小さなトゲ。おそらく毒が塗ってある。
閉じ込められたダニーが取りあえずドアを開けるのを試みて握るだろうとあらかじめ仕掛けておいたのだろう。
元凶はマイクよりむしろダニーなわけで…マイクを殺害してダニーを生かしておくはずがない事くらい気付くべきだった。
やられた…自分のミスだ…とギルベルトは大きく肩を落とした。
こうして…最後の最後まで後味の悪さを残して事件は解決した。
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