アーサーはアントーニョが抱え込むようにガードしているため、ギルベルトとぴったりくっついて歩く女4人。
空手部3人はそれを面白くなさそうにたまにチラ見をしながらも、アーサー一人にすら3人がかりでも勝てないのは昨日実証済みなので、しかたなしにちゃっちゃと歩を進める。
「ああ、そこが倉庫だな。ちょっと悪い。」
海へと続く水路にかかる細い橋の手前にある、昨日ジョンが行っていた釣り具、浮き輪、その他がある倉庫をにかけよると、ギルベルトは内ポケットから薄いビニール製の手袋を取り出して付けた。
「ねえ…なんでそんなもん持ってるのよ…」
あきれるフランにギルベルトはきっぱり
「ここんとこロクな事なかったから、トラブル起こった時用に念のため持参した。これまでと違って元々トラブル起こる前提の旅行って感じの話だったしな」
と、もうありえないほどの心配性の彼らしい返答を返す。
ギルベルトはそのまま倉庫のドアを開け、中身を確認する。
浮き輪が3本、パラソルが1本、大量の釣り竿と…魚篭もある。
まあ昨日ジョンが言ってた通りな感じで特に怪しい物はない…いや、怪しくない物もない?
「シンディー、確認したいんだが…」
ギルベルトは後ろに立つシンディーを振り返った。
「なに?」
シンディーは言って一歩前に出る。
「いや…対した事ないと言えばねえんだが…昨日ジョンさんの話だとゴムボートもあるって言ってた記憶が…。今ここにねえんだが、別の場所にうつしたとか?」
「え?そんなはずないんだけど…。」
ギルベルトの言葉にシンディーも倉庫を覗き込んで
「あら、ない。あとで伯父さんに聞いておくね」
と、首を傾げた。
「他に…無くなってる物は?」
さらに聞くギルベルトの言葉には
「ん~、ないと思うわ」
とシンディーは首を横に振った。
「今度は探偵ごっこかよっ、ちゃっちゃと行こうぜ!」
少し離れてそれを眺めていた空手部3人組は馬鹿にした様に鼻をならすと、先に歩き始める。
「なによ~。元々フランが見た怪しい物探すって主旨なんだから色々調べるのは当たり前でしょ~!」
女性陣がそれに向かって舌を出して言うのに苦笑すると、
「悪い、行こう」
と、ギルベルトは倉庫を閉めて、みんなを先にうながした。
水路にかかっている橋を渡り、さらに宿の裏側を目指してすすむと、サラサラと雪の様に桜吹雪がふってくる。
「うあ~綺麗ね~。お昼はお弁当もって裏でお花見でもいいかも♪」
女子ははしゃぐ。
可愛いミニチュアの城に満開の花吹雪…。
アントーニョがチラリと横を見るとアーサーも桜の木の方に目をやっている。
しかしそれはアントーニョが想像したような花びらが舞う上の方ではなく、木の根元。
アントーニョもアーサーの視線の先を追ってみると、そこには漁網のようなものが…
「あ~ちゃん、見んとき!ギルちゃんっ!!」
瞬時に判断したアントーニョがアーサーの視界からそれを隠すようにアーサーの顔を自分の肩口に押し付けると、ギルベルトを呼んだ。
「うあああ~~~!!!!」
先を行っていた空手部3名が慌てふためきながら逃げ惑っている。
その様子に女3人はお互い寄り添って不安げに抱き合った。
「トーニョ…?」
咄嗟にとったアントーニョのその行動に、一人他の女の子達と距離を取ったシンディーが首をかしげる。
その少し不思議そうな…でも何か察したような、物問いたげな視線に気づいたアントーニョは、本当に久々にシンディーと視線を合わせた。
「ああ、あ~ちゃん恥ずかしがり屋やさかい昨日は言わへんかったけど、あ~ちゃん、俺の恋人やねん。去年の夏に会うた瞬間俺の方が一目ぼれして、でもあーちゃん好意に疎い子やからめっちゃ押して押して…な。」
「そう…なんだ。意外。トーニョってさ、皆に平等にフレンドリーで…でも誰にも執着しない人だったから。拘束もしないしされたくない人で、どっちかって言うと同じようなタイプの人と付き合うのかと思ってた。」
シンディの言葉にアントーニョは視線を、頭を押さえこまれてジタバタしているアーサーにうつす。
「あ~、以前はそうやったかもなぁ。面倒なん嫌やったし。でもあーちゃんに出会って変わったんや。今はめっちゃ束縛したいし…束縛したい言われたらめっちゃ嬉しい」
そう言いつつ、ま、あーちゃんはあんま束縛してくれへんのやけどな、と、苦笑した。
二人がそんな会話を交わしている間に、
「どうした?!」
とかけよるギルベルトに男3人はブルブル震える手で一際大きな桜の木を指差す。
「桜の木が何か?…!!」
薄桃色の花びらが降り注ぐ中…魚と共に漁網に包まれ白目を剥いた男の遺体。マイクだ。
ギルベルトは即脈を取るがすでに事切れている。
「おい、フラン、宿に戻ってジョンさんに伝えろ!マイクが死んでる。警察に連絡!」
「マイクっ?!!」
走りよりかけるシンディーの腕を近くにいたアントーニョがあわててつかむと、他3人の女性陣も一斉に止める。
「ギルちゃん、俺らで女の子達も連れてくで。」
と、シンディーを押さえるアントーニョとフランの横で、アーサーが残りの女の子3人を宿の方へと誘導する。
「ああ、トーニョ、頼む!」
と、ギルベルトが答えると、
「放してぇ~!!!」
叫ぶシンディーを2人はそのままひきずるように連れて行った。
「空手部3人…念のためそのあたり見回れ。変わったものあったら教えろ」
アントーニョ達が行った後、ギルベルトは遺体の側に膝をついて言うが、
「じょ、冗談じゃねぇ!!犯人いたらどうすんだよっ!!!」
と、3人とも固まって叫ぶ。
「…怪しい奴いたらのしてやるんじゃなかったのか?」
丁度手袋をしたままの手で遺体を少し調べながら言うギルベルトに
「お前ぜってえおかしいぞ!この状況で平気でそれって!!お前やったんじゃねえだろうなっ!!」
と、3人がさらに叫ぶが、ギルベルトはそれにも淡々と答えた。
「…跳ね橋上がるまでは確かにこいつも俺も室内にいて、跳ね橋がかけられてからお前らと一緒に出て来てんのに、どうやったらそんな時間あるんだ?
まあ平気じゃねえんだがそれでも去年の夏にナイフ振りかざした殺人犯に遭遇してからは大抵の事には驚かなくなったな。
普通に考えたら俺らが本土からこの離島まで2時間かけてついたってことは警察がつくまでそのくらいかかるって事だろ。それまでに何か起きないって保証はないわけだから…現状把握はするに限る。
お前らも男なら手伝え」
「は…犯人は島の外からやってきてマイクを殺したんすか?まだこの辺に潜んでるとかなんすか?」
他から一歩離れてユージンがギルベルトに歩み寄る。
いきなり敬語…。
どうやらこの殺人が起こっている現状で安全な立場でいるには、この妙に冷静な武道の達人に守ってもらうのが一番と判断したらしい。
「今の時点ではわからねえ…状況的には内部の人間が跳ね橋が上がった状態で殺しに出るのは難しいが、動機的にはねえだろ、外部の人間がいきなりって。金もなさそうだし、要人でもないんだから。」
一通り気になるあたりはチェックしたらしい。
ギルベルトは立ち上がってビニールの手袋を外すと、
「行くぞ」
と、男3名を宿の玄関の方へとうながした。
死体を発見後ギルベルトと空手部3人が戻ると
「ギルベルト君…本当なのか?殺人て…」
とジョンは玄関のところで出迎える。
「はい。丁度手袋持参してたので調べましたが…遺体の状況からおそらく死後10時間前後ってとこですね。今が9時だから…犯行推定時刻は昨夜11時から今朝1時くらいですか」
当たり前に答えるギルベルトにジョンを含む、アントーニョ達3人をのぞいた全員が唖然とした。
「ちょ…ちょっと待ってくれ、ギルベルト君。君は一体何者なんだ?!」
まあ…当然の疑問ではある。
「あ~…」
ギルベルトはその質問にちょっと困って、どうしよう?と問いかけるようにアーサーに視線を送った。
アーサーがちょっと息をついて、
「とりあえず…話せば長くなるんで、中で落ち着いて話したいんですけど、」
と、驚く一同に言った後、一旦言葉を切ってギルベルトに
「その前に…何か至急しておかないとなことあるか?」
と逆に聞き返した。
その言葉にギルベルトはちょっと空をみあげた。
「あ、そうだな。雨振りそうだし現場保存したいんで大きなビニールシートかなにかあればありがたい。あとそれが風で飛ばないような重石になるような物も」
「ということで…用意できますか?こういう時はギルベルトの言う事聞いておいた方がいいから。」
と、アーサーが言うと、
「ああ、大きなレジャーシートでいいかな?重石は大きめの缶詰で。とってこよう。」
と、ジョンが奥へと駆け出して行った。
そしてすぐ青いビニールのレジャーシートと缶詰の入った箱を取ってもどってくる。
「じゃ、そういうことで空手部、手伝え」
というギルベルトの言葉に大人しく従う男3人。
この状況だ。命は惜しいらしい。
こうしていったん遺体周りをビニールシートで保護して戻ってくる4人。
その4人が中に入ると不用心だから、と、ジョンは跳ね橋をまた上げた。
「で?警察はどのくらいでつきますか?」
落ち着くなりまず聞くアーサーに、ジョンは少し厳しい顔で言う。
「実は…沖の方が今濃霧らしくて…海もあれてるし、明日くらいになるらしい。」
その言葉にざわめく一同。
そんな中でアントーニョ達4人だけが内心
(あ~、またこのパターンかっ)
などと思っている。
「ということで…君の身元というか…教えてもらえないかな?普通の高校生にしてはあまりに…」
全員に温かい紅茶をくばりながら、ジョンがまた話題を最初に戻した。
「身元は…本当に普通に言った通りなんですが…」
なんと説明していいやらわからなくてそう口ごもるギルベルトの代わりに、アーサーが答えた。
「なんの因果かわからないんですけど、昨年夏の連続高校生殺人事件に始まって、同じく昨年の年末の箱根の山荘で起こった殺人事件…さらにもう一件正月の群馬の温泉宿で起こった殺人事件と3連続で俺達4人、殺人事件に巻き込まれてまして…。」
アーサーの言葉に女性陣からは
「うっそ~~!!」
と驚きの声があがる。
「それでですね、まあその3件の殺人事件の真相を暴いて犯人確保したのがギルなんです、実は。親も警察関係者で色々詳しいし、本人も幼少時から警察関係者に囲まれて育ってて、犯罪の話やら危機管理の話やらを子守唄に日々武道と護身術を叩き込まれながら大きくなったという男なんで…まあ警察がくるまではこいつの言う事きいとくのが一番安全かなぁと…」
「カッコいい~~!!!」
と女性陣が叫ぶのはいつものことだ。
「なんというか…他の子と随分違う子だなぁとは思ってたが…いやはや驚いたな…。」
ジョンも目を丸くして口を開く。
「いえ、親は親ですし、俺は所詮少しだけ危機管理に詳しいだけのただの高校生なんで。」
ギルベルトはそれにそう言って苦笑した。
「ただ不本意ですけどとりあえず事件慣れはしてしまってるんで、警察に引き渡すまでの現場の管理と警察がくるまでの安全対策についてはある程度こちらの指示に従って頂けると助かります。」
「ああ、もちろんだよ。女の子も多いしね。何かあったら大変だ。むしろこちらからお願いするよ。」
アーサーの言葉にジョンは了承する。
「一応…殺人犯が中に入ってこれないように跳ね橋はあげておくが…あとは何かする事はあるかい?
なんでも言ってくれ」
「あ、俺も手伝いますっ!もう何でも言って下さいっ!」
ユージンもいきなり立候補する。
「ユージン~、てめっ何いきなり良い子ぶってんだよっ!」
それにダニーが表情を険しくした。
「でもさ~ユージンが正しくね?相手殺人犯だし。つかさ、お前やったんじゃねえの?マイクと昨日もめてたしさ~」
ダニーの言葉に今度はリックが言う。
「ざっけんなっ!てめっ!」
それに激昂してダニーが立ち上がってその襟首を掴んだ。
「そもそもそこの名探偵様が言ってただろうがっ!跳ね橋上げるまではマイクも生きてて俺も中いて、跳ね橋かかってからは俺はてめえらと一緒だっただろうがっ!いつ殺るんだよっ!!」
「でも…窓から抜け出せば…」
それまでしゃくりを上げていたシンディーが顔をあげてダニーをにらみつけた。
「馬鹿かってめえはっ!男死んで頭おかしくなったのかよっ!この宿周り水だぞっ?!泳いでわたんのかよっ!よしんば泳いで渡ったとしてもそんなとこまでマイクがおびき寄せられてくると思うのかよっ、ば~かっ!!」
ダニーの言葉にムッとする女性陣。
「…でも…ゴムボート…なくなってたよね」
そこでシンディーがさらに言うと、
「結構ダニーの部屋とかにかくしてあったりとかな~。部屋で殺して遺体をゴムボートで運んだとか?」
と、リックが口笛を吹いた。
「や、やめなよ~」
険悪な雰囲気に止めに入るアンだが
「うるせえっ!」
と、ダニーが怒鳴って
「そうまで言うなら見に来いよっ!そこの名探偵もなっ!」
と、先に立って階段に向かった。
「一応…変に疑心暗鬼になってもだし、行こうか」
ギルベルトの肩をポンと軽く叩いてうながすジョンに続いて、ギルベルトも仕方なく階段を上る。
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