リトルキャッスル後編_アンアサ_1

朝…本当に何も起こらず平穏に夜は明けたらしい。
ギルベルトはいつもの習慣で5時には目を覚まし、部屋でもできる腕立てや腹筋などにいそしんだあと、シャワーをあびた。

いつもならランニングもするところだが、跳ね橋があがっていて外にでられないので、どうも時間があまる。
しかたなしにバルコニーにでて、昨日ジョンから借りておいた釣り竿に餌をつけて糸を垂らした。

宿の壁の周りから半径20mほどの人為的に作られた湖。
宿の側面方向から海へと水路がつながっているので、魚も釣れるわけだ。
まあ…釣りの才能はないというか…向いてないっぽいが。釣れない。
ああ、暇だ…。

仕方なしに寝ているフランを起こさない様にソ~っと部屋を抜け出すと、同じく早起きなアーサーとばったりはち合わせをする。
「おはよう。ギル。早いな」
と、アーサーが言うのに、自分もその早い時間に起きてるだろ、と、笑うギル。
「俺は…毎日5時起きで勉強が習慣で…。旅行に来たからって急に変えられないものだな」
と、アーサーも少し困ったような笑みを浮かべる。
「俺は同じく鍛錬なんだけど…ここあれだよな、跳ね橋あって走りこみできねえから不便だよな」
と、ギルが起きている理由を述べると、じゃあ、と、アーサーが提案する。
「下に降りてお茶にしないか?」

普段はアントーニョにしっかり抱え込まれていて二人きりになどなれた事が皆無なアーサーとの二人きりのティータイム…。
“早起きは三文の得”…そんな言葉がギルベルトの脳裏に浮かんだ。


こうして連れだって二人が下に降りると、
「おはよう、早いね、アーサー君にギルベルト君。」
ジョンも朝早いらしく…というか朝食の準備をしてくれている。
「おはようございます。手伝います。」
アーサーとギルベルトは言って自分達もエプロンを付けるとジョンと並んでキッチンにたった。

「君は…なんだか海陽学園トップの成績なんだって?シンディーから聞いたが、すごいな」
ジョンはみそ汁をまぜながら、料理を盛りつける皿を戸棚から出して並べているアーサーに話しかけた。
「いえ…たまたま他の人間より早い時期から他の人間より長い時間勉強してただけですから」
「いやいや、長くやってもトップに立てるのなんてほんの一握りだ。君はあれかい?やっぱりすごい塾とか行ってるのかい?」
あ~今回はよくその手の話が出るな~と思いつつ、ギルベルトは傍で聞きながら苦笑した。
そんなギルベルトに気付かずアーサーは答える。
「いえ、中学までは家庭教師でしたが、高校に入ってからは参考書片手に自己学習です」
「ほ~それでトップとはすごいな。…昨今はみんな塾とかに行ってるようだが…そんな話を聞くと意味があるのか考えてしまうね…」
「あ~…人によるんでしょうね。俺は基本的に他人と接するのが苦手なので…。でも誰かと一緒に切磋琢磨しながらの方が伸びる人間もいると思います。」
「そうか…でも塾は…学校みたいな部分があるからね、今は。勉学と別の部分でトラブルが起きる場合もある…」
ジョンはそこで話を切った。
やはり…シンディーも高校生だし気になるんだろうか…。
まあ女の子でしかもここで働くのなら、それほどムキになって勉強勉強言わないでも良いとは思うが…とギルベルトは思った。

「あ…そういえば…ダイニングにはピアノがありましたね。ジョンさんが弾かれるんですか?」
話が途切れたところで、沈黙が続くのが苦手なアーサーは一生懸命話題を探し、ふと思いついた事を口にしてみる。
「ああ、いや。甥がね…。シンディーの弟なんだが去年事故でなくなって…それ以来誰も弾けないままだ。」
触れちゃいけない部分に触れたか…と、アーサーは慌てて
「すみません。」
と謝罪した。
「いや、気にしないでくれ。誰か弾けるといいんだけどね。今年のシーズンにはピアノ弾ける子でも雇うかな。
甥が生きている頃は普通にショパンとかが流れていたものだが…流れなくなるとなんとなく寂しくてね…
レコードで聴くのとはまた違った趣があるから…」
少し伏し目がちに言うジョンにアーサーは思わず
「弾きましょうか?」
と声をかける。
「おや、弾けるのかい?アーサー君。」
目を丸くするジョンに、アーサーは少し微笑んだ。
「まあ…かじった程度ですが。ショパンのワルツくらいなら。」
「君はホントに呆れるほど何でもできるんだな。じゃ、ワルツ第7番嬰ハ短調とかリクエストしていいかな?」
「ああ、哀愁に満ちた良い曲ですね。了解です。ピアノお借りします」
アーサーは手を洗ってエプロンで拭くと、ピアノの前に座った。

部屋には優美で…しかし寂しげな曲が流れる。
ジョンはギルベルトに任せて料理の手を休め、ダイニングの椅子に座ってそれを聴いていた。
「トム?!」
その音を合図にしたように階段から駆け下りて来たシンディーの声にアーサーは一瞬手を止めた。
「あ…ごめん…なさい」
ピアノの弾き手を確認すると口に手をあて俯くシンディーに、アーサーは
「いや…こちらこそすみません。ピアノ借りてます。」
と頭を下げる。
「事情は聞いてるので…あまり気分が良くないようなら中断しますけど?」
と一応アーサーが聞くと、ジョンが
「私が弾いて欲しいと頼んだんだ」
と、補足した。
それに対してシンディーは
「ううん…すごく懐かしくて…。その曲弟が好きだったから。良かったら続きを弾いて?」
とジョンの隣に腰をかけた。

また指を鍵盤に滑らせるアーサー。
しばらくリクエストされるまま他の曲も弾いていると、
「ガリ勉君は女ウケする事はなんでもできるんだなっ」
といつのまにか降りて来たダニーがアーサーの肩に手を伸ばした。
慌ててエプロンで手を拭きながらギルベルトが駆け付けるが、次の瞬間
「この子に触るなぁっ!!!」
と、いきなり激昂して叫んだジョンがダニーを投げ飛ばした。
ずっと穏やかだったジョンの豹変ぶりに思わず手を止めるアーサー。
音がやんだ事でハッとしたらしい。

「いや…昨日揉めたと聞いてたから…ここで揉められたくなかったんで」
と、ボソボソっと言うと、
「食事…そろそろ運んで来よう」
と、ジョンはキッチンへ消えて行った。

「そろそろ皆降りてきそうだな。俺も手伝ってくる」
空気が微妙に変わった事でアーサーもピアノを閉じるとキッチンへ向かい、ギルベルトもまたキッチンへ戻り料理を運ぶのを手伝う。
しかし…いったいなんだったんだろう…。
不思議に思いつつも降りて来た面々と挨拶をかわす。

「あれ?マイクは?」
みんな揃った所で一人来ないマイクに気付いてシンディーが同室のはずのダニーに目を向けた。
「なんだよ、お前と一緒じゃないのかよ?目、覚めたらいなかったから二人で空き部屋ででもいちゃついてんのかと思ってたぜ」
「私は昨日、夕食が終わって分かれたきりだけど…」
といってシンディーはさらにリックとユージンに目を向けるが二人とも
「俺らの部屋にも来てないぜ?」
と首を横に振った。

「もうっ!勝手なんだからっ。いいよ、来たらつまめるもん何か残しておいて食べちゃおっ。」
ジェニーがぷ~っと頬を膨らませた。
「ま、それでいいんじゃね?もしかしたらまだ昨日の件ですねてんのかもしんねえしなっ」
仲が良かったはずのダニーも前日もめたためか意外に冷たい。
「一応…そうしようか。いつ戻ってくるかもわからないしね。」
最終的にジョンが言って、全員が朝食にした。

そして食後。
後片付けが終わると跳ね橋がおろされた。

「昨日の…確認に行くか?」
一応覚えていたらしい。ギルベルトがフランに声をかける。
「え~…でも…お兄さんちょっと嫌だなぁ…」
躊躇するフランにギルベルトが
「万が一な、フランが考えてるようにお化けがいたとしたってな、今は朝だぞ?
怖い事なんて全然ないだろ」
と呆れたように言う。
まあそれもそうだ。
その二人のやりとりに全員なになに?と寄ってくる。

「ほ~、そんなもんだったら俺らも行ってやるぜっ!」
昨日アーサーにのされて格好わるいところをみせてしまってここら辺で挽回したい空手部3人組はうでまくりをした。
「怪しい奴なんていたらのしてやるよっ!」
と、威勢のいい言葉を吐いている。

「じゃ、二手に分かれようぜ」
一応3人組が提案するが、
「じゃ、私ギルベルト大先生と~♪」
「私殿下が良い~」
「あ、ずる~い私も二人といきた~い♪」
と、女3人は悪友+アーサーの方にかけよってしがみつく。
そこで、結局ジョン以外の全員で宿の周りを一周することに。



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