当日…待ち合わせ場所の埠頭に行く道々、アーサーは心細げに少し身なりを整えた。
フラン達の学校の友人達との旅行。
一人学校が違うアーサーはずっと一緒では緊張するだろうと、とりあえず行きは先に友人と合流するフランとは別に埠頭まではアントーニョとギルベルトと3人だ。
そこからは全員でシンディーの叔父が操縦する船で行く事になっていた。
初めて会う悪友達の友人におかしな印象を与えたくはないと、やはり緊張しているアーサー。
「別に普通だろ。」
淡々と答えるギルベルト。
それに対して。
「存在自体がおかしいわ」
とアントーニョは言う。
「そ、存在自体って……」
さすがにその言葉には涙目になりかけるアーサーだが、アントーニョはその肩に片手を回して抱き寄せると、
「やって…もうありえんくらいかわええもん!」
とこめかみに口づけを落とした。
「か、可愛いとか男に言うなっ。ばかぁ!」
と、涙目のまま今度は紅くなるアーサーを横目に、確かに可愛いけど…と思いつつ、非常に所在ないと言うか…ハッキリ言っていますぐ帰りたくなるギルベルト。
そうでなければフランと一緒にクラスメート組に交じればよかった、俺の馬鹿と思っている。
そんな3人よりも一足先に待ち合わせ場所に向かっているフラン。
女4名に囲まれてギルベルトあたりなら居たたまれなさに逃げ出す所だが、3人の女の幼馴染に囲まれて育ったせいか普通に馴染んでいる。
「ね、今日来るフラン達の友人ってどんな子よ?」
もう話題はそれ一色。
フランはそれに対して少し考え込む。
「あ~、男なのにすごく可愛い子だよ?お兄さんの今一番のお気に入りなんだけど…」
「え~、今の恋人なの?」
キャラキャラ笑うジェニー達。
フランが女性と同じくらい男性が好きなのも、フランがまだ少女のように可愛らしく女の子に交じって遊んでいた中1の頃から一緒の彼女達はもう慣れっこだ。
「ううん。お兄さん残念ながらふられちゃった~。」
「え~、フランが付き合う事もできずふられちゃうなんて珍しいね~」
「うん。告白すらできなかったよ。でもすっごくピュアで可愛い子。だからいじめないでね。」
「おっけぃ♪」
そんな風に和やかな会話が続く中、和やかに電車を降り埠頭に向かう一同。
しかしその和やかな空気も
「よぉ、シンディー。お前らもこの電車だったのかっ」
と後ろからかかった声で急に凍り付いた。
「あ…マイク。」
少し硬直する3人と並んでくるりと振り向くシンディー。
同じく4人組で歩いていたマイクは他の3名より一歩前に出ると、シンディーに並んでその肩を抱いた。
同じく女3人に並ぼうとする男3人をさりげなく避けてフランを防波堤にしようと回り込む女性陣。
「フラン、今日はいつも金魚のフンみたいにくっついてる悪友つきじゃねえのか?」
それに男性陣の一人、ダニーがちょっとムッとしつつ、しかしすぐニヤニヤとからかいの表情を浮かべる。
「ああ、一人学校違う友人と一緒に来るから。友人お坊ちゃまだからさ、いきなり世慣れたお姉さんの間に放り込まれたら緊張するだろうし」
フランはそんな悪意をスルーしてニコっと笑った。
「も~、世慣れたお姉さんって何よ、世慣れたお姉さんってっ!」
少しかわった空気に少しホッとして、軽くフランを叩くジェニー。
あとの二人も男3人を完全に無視して、フランにじゃれつきはじめて、さらに男性陣の顔が険しくなった。
(あ~、みんな早く合流しないかなぁ…)
アーサーが緊張するためなるべく合流を遅くしようと3人に別に来るように言い出したのは自分なのだが、そこで少し身の危険を感じてそう思うフラン。
せめてギルだけでも一緒に来させておけばよかったなぁ…と、内心ため息をついた。
そんな事を考えつつ若干早足になるフランを女性陣は小走りについていく。
そして…埠頭の船着き場に着くと、クルーザーの甲板に中年の男性が立っていた。
「こんにちは」
にこやかに挨拶をしてくる男性。
「こっちがジョン伯父さん。今回泊まらせてもらうペンションの持ち主よ♪
場所は離島だからここからは伯父さんの船で向かうから。」
シンディーの言葉に無言で少し頭を下げる男4人。
「ども、お世話になります」
とフランも頭を下げ、それに続いて女性3名も
「お世話になりま~す♪」
と揃って頭をさげた。
と、その時遠くから近づいてくる人影が三つ。
フランは内心大きく安堵のため息をついた。
「ギルちゃ~ん!トーニョ!アーサー!こっち~!!」
フランが大きく手を振ると、ギルベルトが軽く手を振り返してくる。
「ちょっ!フラン、あの子可愛いっ!何っ?!!」
ジェニーがフランの襟首をつかんで叫んだ。
「うっそっ!彼?!彼なの?!フランの友達って!!」
アンも歓声をあげる。
「ホント、可愛いよねっ!」
とソフィー。
まあ…いつもの事ではあるのだが…。
途端にかしましくなる女性陣に思い切り不機嫌な顔の男3人。
「遅くなって悪い。」
と言うアーサーに
「きゃああ~~!!!」
と手を取り合ってはしゃぐ女性陣。
「なんだっ?!」
と、何かあったのかと驚いて後ろを振り返るアーサーの肩をトーニョはポンポンと叩いた。
「ま、気にせんといて。こいつらの事は。」
そう言うトーニョの方に軽くアーサーを押しやると、フランはチラリとジョンの方を見て
「宿のオーナーね、あちら」
とギルベルトに小声でささやく。
そして3人はとりあえずそちらに足を向けた。
「こんにちは。初めまして。アーサー・カークランドと言います。今回はお世話になります。よろしくお願いします」
と、ジョンの前に行くと、アーサーがそう言ってお辞儀をすると、ギルベルトもトーニョもそれに続く。
「こんにちは。君達は随分きちんとしてるんだな。こちらこそ、よろしく」
と、ジョンはにっこり。
それを遠目に見て、
「フラン君♪ちょっとこっちいらっしゃい。」
と、フランを引っ張って行くソフィーに
「あ~、ソフィーずるいっ!」
とジェニーとアンも続く。
女3人に質問攻めにされているフランだが、少し離れたアーサーにはその内容は聞こえない。
少し心細げに
「やっぱり部外者が参加って迷惑だったか?」
とギルベルトとアントーニョを振り向く。
「あ~、あれは多分なぁ…」
ギルベルトがくしゃくしゃと頭をかいて口を開くと
「あーちゃんが可愛らしいから、フラン質問攻めにあっとるんや。もうあいつら肉食系女子やから」
危ないから近づいたらあかんでと、アーサーを抱え込んでトーニョが引き継ぐ。
そんな会話をしているうちに
「じゃ、揃ったようだし出発しようか」
とジョンが声をかけた。
「とりあえず…自己紹介しよっか。」
全員が乗り込んで船が動き出すと、重い空気を破るかの様に、シンディーがにこやかに切り出した。
「まず私達からねっ。私達女4人とフランと男4人は都立青雲高校2年…ていうか4月で3年かっ。
私はシンディー。今回の宿の持ち主の姪ですっ。で、ポニテの子がアン、その隣がジェニー、さらにその隣がソフィー。男性陣はフランは良いとして…私の隣がマイク、これは私の彼♪
その隣がダニー、リック、ユージン、敬称略って感じで。ということでよろしくね♪」
「んじゃ、俺の側ね」
シンディーが一通り紹介すると、今度はフランが引き継いだ。
「この子はアーサー。俺達三人の友人。こんな可愛い顔してるけど”あの”海陽学園で成績トップの生徒会長様よっ。」
フランの言葉に女3名がまた嬌声をあげて、男3名が嫌~な顔をした。
「なんだ、ガリ勉かよっ」
と男側から声が飛ぶ。
それに対してアントーニョがちょっとムッとして何か言いかけるのを制して、アーサーは淡々と
「ま、そうだな。」
と答えるが、女3人からは
「いや~ね、ひがんじゃって~。」
と、声があがる。
「なんだよっ!」
立ち上がって一番近いジェニーのジャケットをつかみかけるダニーの手首をギルベルトが少し身を乗り出して掴んだ。
振りほどこうとするダニーの手がプルプル震えるが、軽く掴んでいるように見えて全く振りほどけない。
ギルベルトはそのままゆっくりダニーの手を本人の膝まで誘導すると、
「船の上で揉めると落ちるぞ」
と、自分も席に座り直す。
「船降りたら覚えておけよっ!」
赤くなった手首をさすりながら自分をにらみつけるダニーの言葉に対して、ギルは苦笑するにとどめる。
「俺ら全員空手部だからなっ、なめてると後悔するぞ!」
と言う言葉に今度はアントーニョが口を開きかけるが、ギルベルトはまたそれを制して
「ああ、そうなのか。すごいな」
と、淡々と答える。
『ギルちゃん、なんで言わせておくんっ?』
制されたアントーニョがコソコソっとつぶやくが、ギルベルトは
『言わせとけ。俺に敵意が向いてるくらいの方が楽でいいだろ。それよりアーサーにフォローいれてやれ。』
と、やはり小声で言ってアーサーに対する気遣いを見せる。
『あ…』
そこで興味深々の女性陣に囲まれ居心地悪そうにしているアーサーに気がついた。
「自分ら、俺のあーちゃん、いじめんといてなっ?
俺が東大にいけるかどうかは勉強教えてもらっとるあーちゃんにかかっとるんやからな。」
というアントーニョの軽口に女性陣はきゃらきゃら笑う。
「トーニョが東大行けるならあたしらハーバードとか行けちゃわない?」
「てか、トーニョ東大に行かせられるほどの名教師なら、あたしらが勉強教わりたいよね~」
と、ちらりと女性陣が目を向けた時、アーサーはようやく自分から関心が離れたものと安心してホッと息をつきつつ延々と続く波間に視線を漂わせていた。
「ねぇ…あれ見て…。絵になるよねぇ…」
コソコソっと小声で言ってジェニーがそのアーサーを指差す。
「うん…物憂げに波間を見つめる美少年…」
アンがうなづいて同意し、ソフィーも
「可愛くて頭良くてお坊っちゃま?ノーブル…っていうか、プリンス?!殿下よ、殿下」
「あ~それいい!」
表面上はわからないが、悪友達にはハッキリわかる下降していくアントーニョの機嫌。
あ~あ…と顔を見合わせるギルベルトとフラン。
「あの子は無理。やめときなさい。恋人いるから」
そこでフランが仕方なくフォローをいれる。
「え~」
と不満の声をあげる女性3人。
「あのさ…君ら彼氏いなかったっけ?」
それに呆れて言うフランに、3人が3人ともきっぱり
「もう別れちゃったっ」
と声を揃えた。
「ねぇ…破局早過ぎじゃない?」
額に手をあてため息をつくフランに
「だって…いまいちだったんだもん」
と、これも3人声を合わせる。
「ね、恋人持ちでもチャレンジしちゃおっかな」
とチラリとジェニーがまたアーサーに視線を向けた。
「あ~ジェニーずるい!私もチャレンジしようかと思ってたのにっ!」
とそこでアンが言うと、ソフィーまで
「いいねっ。誰が落とすかやってみよっか」
などと不穏な事を言い出す。
こうして不良達以前に女性陣との関係も不穏になりそうで、フランは正直誘うのはギルベルトだけにすれば良かった…と、不良達より怖いアントーニョの報復を思い、ため息をついた。
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