狂愛――ラプンツェルの反乱後編_3

奪還


――思ったより早かったやんな。

いとし子の携帯にしか登録していない特別な携帯から聞こえるコール音。
即でてやりたかったが、待ち構えていたのを悟られるのもあまりよくないので、2コールほど置いて出た。

案の定の泣き声。
強がりなところもなくはないが、あの子は存外に繊細で臆病だ。
元の資質もあるが、何よりアントーニョ自身がそう育てた。

大丈夫、親分が助けたるから。

慰めるようにそう言うアントーニョの顔は、電話越しで見えないが、満面の笑みだ。
そう…この時を待っていた。


近くの街にいるから2時間で…と言ったのは、時間稼ぎだ。
やり手の殺し屋としては、警備の厳重な屋敷に忍びこむのだってお手のモノ。
そう、アントーニョはすでにジョーンズ家に潜伏している。

手袋をしてまずは図書室に。
隠し部屋の存在は伯父から組織を受け継いで実権を握ってすぐジョーンズ邸を調べさせた時に知った。

(上手に嘘をつくには、真実を混ぜなあかんねん)

ソロリと隠し部屋に忍び込み、棚の中から水色のアルバムだけ抜き取ってバッグの中へ。
仕込んでいたそれだけを回収すると、すぐ隠し部屋を元に戻して、そのすぐ側に設置しておいた間接灯も回収。
図書室を出る。

行き先はもちろん、アーサーを取り戻すのに一番の障害となる男、この館の当主のアルフレッドの部屋だ。

力を使うつもりはない。
暴力や脅しで強奪すれば、また同じ事の繰り返しになる。
だから飽くまで訪ねるのは拒否権を与えない、相手が承諾せざるを得ない交渉のためだ。
そのためにアーサーをいったん手放したのだ。

そんな理由から、アントーニョは殺し屋としてはありえないが、ジョーンズの部屋のドアを普通にノックする。

「アーサーかい?どうぞ。」

まあ深夜とはいえ、大人なら起きていてもおかしくない時間だ。
即返ってくる返答に、アントーニョは鞄の中からファイルを出して腕に抱えると、ドアを開けて部屋の中に身を滑り込ませた。

「どうした?まだ眠れないのかい?」
どうやら部屋でPCを使っていたらしいアルフレッドはそう言いつつ振り向いて、そして固まった。
表情が当然ながら一気に固くなる。

「……今度は俺を殺しに来たのかな?それともあの子を?」
片手にファイルを、片手に銃を持ったアントーニョを前に、抵抗は無意味だと判断したのだろう。
アルフレッドは嫌悪に顔をしかめながらも、言われる前に両手をあげた。

もちろんアントーニョとしては騒がれなければ手を出すつもりなど毛頭ない。

「アーサーの事で話しておきたい事があるんや。
他意はないし、自分にもアーサーにも危害を加えるつもりはない。
話を聞くだけ聞いたって?大事なことや。」

とりあえず話したいだけと言う事を示すためにだけ、構えていた銃を静かに降ろしてホルダーにしまうと、アントーニョは手にしたファイルをアルフレッドに突き出した。

「…俺は騙されないし、ローザの仇と慣れ合うつもりはないけど…。
まああの子についての話と言う事なら聞くだけは聞いてあげるよ。」

と、銃から解放されて若干安堵しつつも不愉快そうな表情はそのままに、アルフレッドはファイルを受け取る。
この時点でアントーニョは内心勝利を確信した。

「まあ実際に手を下したのは俺やけどな、自分も調べた通り、俺は殺し屋や。
別に無差別に殺しとるわけやないし、自分で選んで殺しとるわけでもない。」
「…ふーん、で?好きでやったわけじゃないとかいう言い訳かい?」

まずは、と、切りだしたアントーニョの言葉をアルフレッドがそう切って捨てるのは想定の範囲内だ。
その返しに、アントーニョは用意していた言葉を口にする。

「いや、単なる事実確認や。
問題はや、俺が無差別に選んだわけでもない、直接関わって殺そう思うたわけでもない、ほんまの仕事として殺した言う事は、や、組織にそれ頼んだ奴がおる言う事やんな。」

と、それを聞いた途端、アルフレッドが一瞬固まって、冷ややかだった表情に熱がこもる。

「まさか…君はローザ殺害を依頼した相手を知っているのかっ?!」
バン!とファイルをテーブルに叩きつけるように置き、アルフレッドはアントーニョの方に身を乗り出した。
それに対して、落ち着けとばかりに両手を広げてアルフレッドの方に向けると、アントーニョはファイルに視線を向ける。

「俺が組織引き継いでまずやったんは、それ調べる事や。
自分が認めようと認めまいと、俺は連れ帰ったアーサーを大事に可愛がって育てたつもりやし、依頼主はあの子の両親を知っとるということは、アーサーの存在も知っとる言う事やからな。
あの子が生きてる言う事を知ったら、危害加えかねへんし、それをさせるわけにはいかへんからな。」

「君の事情なんて俺は知ったことじゃないねっ!それより誰なんだい?!
そこまで言ったからには、逮捕させるための証拠資料くらいは提供してくれるんだろうね?!」

そう、苛立つアルフレッドに、アントーニョは呆れかえったとばかりに大げさに驚いて見せた。

「自分…ほんまに今まで気づかへんかったん?」
と、その言い方はかなり気に障ったらしい。
ややヒステリックに叫ぶ。

「わかるわけないだろうっ?!ローザは素晴らしい女性だったっ!殺されないとならないような理由なんてあるはずない!あるとしたら、彼女をたぶらかした男の方だろうけど、何故ローザまで殺されなくちゃならなかったのかわからないよっ!」

「そうやね。最初の依頼人から殺人依頼があったのは男の方だけやった。」
とのアントーニョの言葉にアルフレッドは目を剥いた。

「じゃあ、君はローザを意味もなく殺したのかっ!!!」
と、襟首をつかむアルフレッドの手を、アントーニョは静かに…しかし圧倒的な力を持って外す。
「いや、決行の日の直前、男の殺人依頼を知った女自身から依頼があったんやそうや。
で、俺は急遽1人ターゲットを増やされたっちゅうわけや。」

「ローザが…自分で自分を…?」
「おん。よしんばその時逃げおおせたとしても、殺しの依頼人に男の存在知られた時点でもう逃げおおせる相手やないってわかったんやろうな。」

「…まさか……依頼人は……」
アントーニョに掴まれたままのアルフレッドの手首から力が抜ける。
「たぶん想像しとる通りや。」
「父さん…なのか。」

アルフレッドはがっくりと椅子に崩れ落ちた。
が、聞かせなければならない内容はまだまだある。

アルフレッドの傷心など知ったことはないとばかりに、アントーニョは淡々と話し始めた。

「それだけならまあ、身分違いの男を排除して娘を取り戻そうとする父親っちゅうのはよおある話で済むわな。
俺も最初はそう思うてん。
でも色々調べてくうちに、とんでもないことがわかってきたんや。」

と、そこまで話すまでにもうアルフレッドは両手に顔をうずめてしまっている。

「…父親が……娘の夫を殺して、娘が実質自殺したなんて事以上にとんでもない事なんて、他にあるっていうのかい?」

手の隙間から洩れる嗚咽。
しかしアントーニョは話を止めない。

「自分…この家について全部把握しとる?」
と、唐突な言葉に、アルフレッドは意味を測りかねて、力なくアントーニョを見あげた。

「どういう事だい?」
「この家の図書室に、隠し部屋があるのは知っとる?」
言われてアルフレッドはやはり何も分からない…と、まるわかりな表情で首をかしげた。
「いや…それは…父さんが?俺は情報は大抵PC派だし、あまり本読まないから。」
「そこには人に言えへん先代の趣味が仰山詰まっとるんや。そのファイルには組織に依頼した時の依頼人の記録と、その部屋の状況をまとめとる。」

言われてアルフレッドはファイルに飛びついて、急いでそれを開いて驚愕した。
頭を抱えて、ガン!!と机に打ち付ける。

「一応、こっそり忍びこんで写真に撮らせてもうただけで、なんもいじってへんから、嘘やと思うなら、確かめてきてもろうてもええよ。」

もちろん、写真は本物だ。
正真正銘、先代のコレクションで、調べれば細工などしていない事が分かるはずである。

最愛の姉を凌辱しただけでなく、その様子を写真にまで撮って保管していた実の父親…。
それだけでも、もう心がずたずたであろうアルフレッドに、アントーニョは最後のトドメを刺しにかかった。

「ここまで調べよう思うたんは、結婚前、アメリカから出国前に、ローザは一度子ども堕ろしてたことがわかったからやねん。
アーサーの父親とは16歳で家出後に知りおうて、その前は他の男の影もない深窓のお嬢様や。
ほな、その堕ろした子ぉの父親は?って気になってな。」

「…やめてくれ……もう聞きたくない。」
アルフレッドは耳を塞いで頭を横に振った。

「実の娘に乱暴、妊娠させて、子を堕ろして逃げた娘が逃げた先を調べ上げて、結婚しとるのを知ったら夫を殺害依頼…。
どうしても言うなら他ならぬアーサーの伯父さんの頼みやし、証拠資料揃えたってもええけど?」
「…やめてくれ……」
「そうやんな。親分も曲がりなりにもアーサーの親族の恥を世間に晒したないわ。」

打ちひしがれるアルフレッドを前に、チェックメイトだ、と、アントーニョは内心ほくそ笑む。
ここまで潰せば、もう追っては来ないだろう。
あとはアーサーの意思を見せれば良いだけだ。


「親分もな、第一線は退いたし、もう現場に顔出したりもせえへんし、アーサーには仕事関係の諸々と一切関わらせたりせえへんけど、やっぱり裏の人間には変わりないからな。
堅気の世界に戻してやれるならその方がええかと思わんでもなかってん。
せやから一応な、あの子がそのまま幸せにやっとるなら戻したろかと思うて手放して、でもしばらくは様子見しよ思うて、何かあったら連絡してきって携帯だけ渡しとったんや。
そしたら、今日それから電話かかってきてな、帰りたい言うねん。
泣いてて理由は言わんからわからへんけど…とりあえず返してくれへん?」

「…アーサーが……?」

「おん。もし何かの間違いとかであの子がやっぱりこっちに居りたい言うんなら、諦めるけどな…泣きながら戻りたい言われたら、やっぱり気になんねん。
あの時…放置しとったら危ないし、かといって依頼もされてへんちっちゃい子を殺すなんて論外やし、つい連れて来てもうたけど、それからはほんま俺なりに可愛がって大事に育ててきたつもりやしな。
自分の子ぉも同然やから、あの子が一番したいようにさせてやりたい。
それが俺から離れる事やったとしても、あの子がそれで幸せになれるならええと思うとる。
けど、そうやないなら、また静かに暮らさせてやりたいんや。」

そう殊勝な様子で言ってみれば、おそらく心底素直に真っ直ぐ育ったお坊ちゃんなのだろう。
それをしっかりそのまま信じたらしい。

「…そうだね……どういう経過で今の状況があるにしろ、大事なのはあの子がどうすれば一番幸せになれるかだ…。」
と、ひどくショックを受けて濡れた目でうなだれつつも、険の取れた声音で言う。

(さすがお坊ちゃんはチョロイな。)
と、アントーニョは内心ほくそ笑んだ。

…どちらにしても手放す気はさらさらないのだがそれはそれとして、こんなに騙されやすいようでは、手放そうと思っていたにしても、アーサーを任せられるような人物には思えない。

父親は人格的に多分に問題はあってもそれなりにずるく賢い大人だったのだろうが、故意にしろそうでないにしろ、子どもにその知恵を与えなかったのは、いずれ財閥を引き継ぐという事を考えるなら、失敗だと思う。

まあ、別にアーサーの実家の資産等どうこうするつもりも興味もないので、どうなろうと構わないのだが…。

「ほな、あの子に直接聞いてみよか。」
と、アントーニョが最終的にそううながすと、アルフレッドは小さく頷き、立ち上がった。





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