発覚
「…だめだ……」
もう眠れそうにない。
そう判断して、アーサーは起き上がった。
そしてガウンに袖を通して部屋を出る。
どうせ眠れないなら夜通し本でも読んでいよう。
そう決意して、本を取りに図書室へと向かった。
夜…と言ってももう深夜なので、廊下はうす暗くシン…としている。
一応小さな明かりは灯っているので、それでもアーサーは図書室を目指した。
眠れない事がわかって心配されて医者でも呼ばれても困るので、飽くまでこっそりと。
図書室に着くと最低限の明かりだけつけて、昼間に読んでいた小説の続きを3冊ほど手に取る。
そうしてまた明かりを消して、部屋に戻ろうとして気付いた。
図書室の明かりは全て消えていると思ったが、最奥だけはスイッチが別らしく明かりがついているようだ。
それだけではない。
本棚は二つずつ並んでいるのだが、一番奥の壁際だけ本棚が一つ。
なにげなく近づいてみると、定位置よりかすかに左へずれていた。
そしてその向こうにはドア。
何故ドアを隠すように棚を置いているのだろう……
アーサーがそんな疑問を抱いたのは当然の事だった。
幸い棚をもう少し動かせば奥に開くタイプのドアを開けて中に入る事はできる。
好奇心は猫も殺すなどという言葉を知らないアーサーは、ついついドアの中へと潜り込んでしまった。
入った瞬間、何も見えないので手探りで探せば、ドアのすぐ横に明かりのスイッチがみつかったので、明かりをつける。
急に明るくなった室内に少し目をこらせば、壁一面に1人の少女の写真。
落ち着いた金色の髪に淡いグリーンの瞳。
それはDVDを見た夜、アーサーが見た夢の少女だった。
何故夢の少女がこうして実在して写真に写っているのか…。
あの夢自体、実は現実なのか?
色々驚きながらもアーサーは引き寄せられるように写真を見て回った。
どれもカメラを見ていないので、隠し撮りなのだろう。
まあ、そこまでは良くはないが良いとして、中にある棚にびっしり詰め込まれた淡いピンクのアルバムを手にとって開いてみれば、そこには寝姿どころかシャワーを浴びている、当たり前だが一糸まとわぬ裸体までおさめられている事に、アーサーは驚愕する。
ドクン…と、嫌な音をたてる心臓。
恐ろしい予感に、それでもアルバムのページをめくる手を止められない。
何冊か見終わり、新たに取った1冊の中にそれはあった。
まさに夢の再現のように、ベッドの上で顔をゆがめる少女の裸体。
パシ、パシ、と、夢の中のシーンがアーサーの中で再現される。
嫌悪感に震えながらも、ページを進めて行くと、最後は精も根も尽き果てた様子で泣きすぎて赤くなった目で茫然と虚空を見つめて放心している写真。
下肢には色々な物が伝っている。
あまりの光景に思わずパタン!とアルバムを閉じて震える手でそれを棚に戻した際、アーサーはピンクのアルバムに混じって1冊だけ淡い水色のアルバムがある事に気づいて、それを手に取った。
あれ以上凄惨な写真はないだろう…そう思って開いたそれは、ある意味アーサーにとって衝撃的だった。
自分の写真……
この屋敷についてからのアーサーの食事、着替え、シャワーまで、一部始終が撮られている。
いつのまに??
それが限界だった。
アーサーは吐き気を堪えてアルバムを棚に戻すと、急いで明かりを消して部屋を出る。
ドアをふさいでいた棚を戻し、本を抱えて図書室からも急いで出た瞬間……
「アーサー。こんな時間に何をしてるんだい?」
と、後ろから降ってきた声にアーサーは悲鳴をあげた。
「ちょ、…君……もしかしてお化けとか怖い人?」
振り向くと、耳を塞いでそう言いつつ苦笑するアルフレッド。
出会ってからずっと浮かべている明るい表情。
こんな夜中の薄暗い廊下だというのに、絵に描いたように爽やかだ。
……が………夜だからか眼鏡を外しているその顔を改めて見て、アーサーは体中から血の気の引く思いがした。
「…あ……ああ。…その……昼間読んでた小説の続きが気になり過ぎて……」
と、手にした本をかざして見せれば、アルフレッドはなるほど、と、頷いた。
「まあ、ミドルティーンって言えば、ゲームでも読書でも夢中になり過ぎて、夜更かしする年頃だよね。
でも、1、2回なら良いけど、夜更かしが習慣化はしないように気を付けなよ?」
そう理解のあるところを示しつつ言うアルフレッドに、アーサーはブン!と首を大きく縦に振ると、
「じゃ、部屋に戻って読みたいから…。」
と、その場から急いで逃走する。
後方にアルフレッドがいると思うと、背筋がぞくりと寒くなった。
あの顔……そう、眼鏡をかけていたために気付かなかったが、今眼鏡を外した顔を見てはっきりと気づく。
あれは夢の中で少女を襲っていた男の顔だ。
飽くまでアーサーの夢の中の事のはずなのに、何故こんなに現実に似た顔の人間ばかりいるのだろうか…。
そもそも…何故少女の写真に混じって自分の写真まで撮られていた?
もしかして、今こうしている状態も誰かに見られているのでは?
そう思うと、気持ち悪さと恐ろしさで、アーサーは視線を避けるように頭からブランケットを被った。
怖い…誰かが自分を性的な目で見ている?
もしかして、今にもあの夢のように誰かがこの部屋に入ってきたりするのだろうか…。
そして…まだ実際にはアントーニョにすら触れられていない部分に触れられて、あの少女のように全てを無理やり暴かれたりするのだろうか……。
いやだ…いやだ、怖い…。
ブランケットの下で震え泣きながら、アーサーはぬいぐるみのベストを脱がせて背中からアントーニョに持たせられた携帯を取り出した。
無視されたら…と思うと死ぬほど恐ろしいが、登録してあった番号にかけて2コール後、
――…アーティ?
と言う聞きなれた…そしてずっと聞きたかった声が耳に滑り込んでくると、アーサーはホッとしすぎて堰を切ったように泣き出した。
――アーティ?どないしたん?!今ジョーンズの家?
いきなりの泣き声に焦ったような声。
説明をしないと…助けを呼ばないと…と気持ちは焦るものの、嗚咽で言葉にならないアーサーに、アントーニョはふと固い声で聞いてきた。
――…まさか…あいつに何かされたん?
え……?
その言葉にアーサーは驚いて固まった。
どういうことだ?
アントーニョはもしかして何か知っているのか?
――実は、どうしても心配で、今な…近くの街に宿取ってんねん。2時間で助けに行くから、着替えて待っといて?大丈夫、すぐ行ったるからな。
と、その言葉に、こんな時なのに歓喜が沸き起こる。
「…とーにょ…会いたい……」
結局出て来たのはその言葉だけだったが、
――親分もやで。
と、電話の向こうから返ってくるのは優しい声。
アントーニョが来てくれる…アントーニョに会える…
それだけで先ほどまでの恐ろしく絶望的に思えていた心が温かく満たされた。
しかし電話を切って待つ事2時間。
アントーニョとの電話でいったんは収まった恐怖は、2時間という待ち時間を少し過ぎたあたりで、再度アーサーを襲ってきた。
助けにくる…アントーニョはそうは言ってくれたものの、可能なのだろうか…。
おそらくかなりの資産家であろうこの家にはボディガードとかもいそうだし、セキュリティもしっかりしてるだろうし、アルフレッドは当然普通にアントーニョを招き入れてなどくれないだろう。
そんな困難な状況の中、アントーニョは自分に銃を向けたような相手を助けに来てくれるのだろうか…。
電話を切ってから指折り数えた2時間を1分ほど切ると、もう不安がいっぱいで、アーサーはぎゅっとぬいぐるみを抱きしめた。
もう一度確認の電話をしたいところだが、もしこっそり忍びこんでいる最中だとするなら、電話など鳴らしたらとんでもない事になる。
2時間2分…まだアントーニョは来ない。
もしあれが追い詰められすぎておかしくなった自分の幻想だったらどうしよう…などとアントーニョにかけた携帯を確認しようと、ぬいぐるみのベストを脱がせかけたところで、トントン、と、ドアがノックされて、アーサーはハッと顔をあげる。
アントーニョ?!と、胸の中に希望の火が灯ったのは一瞬で、少し置いて聞こえた
「アーサー、ちょっといいかい?」
という声に、体中から血の気が引いた。
最悪だ……と、眩暈がする。
脳裏に浮かぶのは、おそらくアーサーの母なのだろう、あの少女の姿。
彼女に覆いかぶさっていた男はアルフレッドだった。
そして…母にそっくりな自分の写真の入ったアルバムの存在…。
恐ろしくて震えが止まらない。
自分の身体をアントーニョ以外の人間の手が這いまわり、自分がアントーニョ以外のモノに変えられる…自分が自分でなくなる…
あの少女の涙に濡れた虚ろな目が自分に絶望とはどんなものかと訴えている気がした…。
アーサーは慌てて辺りを見回し武器になりそうな物を探すが、何もない。
せめてもと、あのDVDで見たままでいないようにと、ベッドから遠ざかり、窓際にへばりつく。
そうしていても、おそらく家主ということもあり、この部屋の鍵を持っているのだろう。
ガチャリと鍵が開いて開くドア。
頭の中でDVDの少女の映像が自分の姿と重なって、アーサーは恐怖のあまり目を見開いて硬直した。
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