狂愛――ラプンツェルの反乱後編_1

ジョーンズ家


アーサーがこれまでの人生の大半を過ごした塔から自家用機で数時間。
連れてこられたのは都市近郊にある高級住宅街の一角。
屋上にある自家用ヘリポートから下りて、そのまま邸宅内へ。

「君の物は一応一通り揃えておいたつもりだけど、何か必要な物があったら使用人に言うといいぞ。」
との叔父の言葉を示すように、そこには自分達以外に使用人がいる。

叔父は自分がアーサーの家族でここがアーサーの家だと言うが、他人がいる時点でどうも落ち着かないし、自宅という感覚がしないが仕方がない。

自分はもう捨てられたのだ…アントーニョのモノではなくなったのだから……。

そう自覚してしまうと悲しくて、家からもってきたクマをぎゅっと抱きしめる。
すると叔父はふとクマに目を向け

「ずいぶん古びたぬいぐるみだね。
気になってたんだけど…それしか持たせてくれなかったって事なら捨てないかい?
君、小さく見えるけど今年15になるはずだろ?
だったら人形遊びって年でもないだろうし、いくらでもクールなものを用意してあげるよ?」
と、手を伸ばしてきたので、アーサーはそれを阻止しようと慌てて身をよじった。

「これはっ!俺が両親の元から唯一持ってきた物だからっ!!」
と、ついつい声が大きくなる。

実を言うと両親の元から…というような記憶も思い入れもない。
本当は…アーサーにとってそれがアントーニョと自分をつなぐ唯一の絆だからだ。
もちろんその中に入っている諸々がばれたらまずいと言うのもあるのだが……

アントーニョは元々アーサーのモノではないし、アーサーもアントーニョのモノではなくなってしまった。
だけど、アントーニョとの思い出のつまったそのクマのぬいぐるみだけは、アーサーが手放さない限りアーサーだけのものだ。

泣きそうになってクマを抱きしめるアーサーに、アルフレッドは即手を引っ込めて、「Sorry。」と謝罪する。

「ごめんよ。それはローザの形見だったんだね。本当にごめん。」
と、しょんぼりとうなだれるその姿は、彼自身も姉を愛していて、その喪失を悲しんでいることを思わせた。

「本当に…あれは痛ましい事件だったよ。
でも…」
と、アルフレッドは顔をあげた。

「君が戻ってきてくれて嬉しいよ。
君は覚えてないかもしれないけど、君はローザに瓜二つだ。
もう、眉毛をもう少し整えてドレスでも着たらローザそのものだよ。」

そう言ってまたすぐ見せる笑みは、最初に会った時のようにカラッと明るい。
こういうのを好人物と言うのだろうな…と、他人事のように思いながら、それでも自分が見たい笑顔は別の笑顔なのだ…と、アーサーは今更ながら思い知った。




それから、もう夜も遅かったので夕食。
広い立派なダイニングに大きなテーブル。
使用人が運んでくる食事はおそらく素晴らしい料理なのだろう。

でもやっぱり…あの料理が多ければ下手をすればいっぱいになってしまう、このテーブルの3分の1にも満たないテーブルで湯気をたてているアントーニョが作ったトマト料理の方が良い…。

そう思って、アーサーは自嘲する。

自分はその幸せに銃を向けて粉々に壊してしまったのだ。
今更何を思っている……。


両親を亡くした時、アーサーはまだ3歳。
当時は愛おしいと思っていたのだろう両親だが、記憶は薄れ、薄情なようだが今では顔もはっきり思い出せない。

一方で、アントーニョとの二人きりの生活は長く、あの大きな手に、温かい笑顔に、慈しまれて育てられてきて、ここ1年くらいは保護者へ向ける以上の思いを抱いてきた。

確かに…通常そこは親の仇を憎むところなのかもしれない。
でも…今アーサーに必要なのは間違いなく亡くなってしまった両親よりアントーニョなのだ。

良識と常識…まずそれにとらわれて、自分がその範疇から出るのが怖くて、わけもわからずアントーニョに銃を向けた。
10年以上…アーサーを慈しみ、何から何まで世話をして育ててくれたのは間違いなくアントーニョなのに……。

アルフレッドが言っていた通り、アントーニョの職業が殺し屋だとしたら、それは仕事だったのだろう。
アーサーの両親を殺すまでは仕事。
でもそこに居合わせた幼児…アーサーをどう扱うかはアントーニョの判断だ。

一緒に殺すか、その場に見捨てて放置するか…どちらも選ばず連れ帰って、その後の人生の大半をアーサーのために使ってくれたのは、仕事の枠を離れたアントーニョ自身の優しさだ。

なのに、その育て子に銃を向けられて、さすがに嫌気がさしてしまったのだろう。
そんな風に思うと、泣きたくなる。


――戻りたい……
そう思ってもすでに遅い。

「食事、口に合わないかい?何か食べたい物があれば作らせるんだぞ?」
と、そんな事を考えて手が止まっていたアーサーに、アルフレッドが言ってくれるが、アーサーは小さく首を横に振った。

「少し…疲れただけ。寝たい。」

そうだ、夢の中なら今まで通りアントーニョに会えるだろう。
そう思って言うと、アルフレッドは、一度だけ、食事を摂ってから寝た方がいいのでは?と勧めるが、アーサーが再度眠りたい旨を申し出ると、諦めて了承してくれた。


こうして案内された寝室。
広いフローリングの部屋に置かれたベッドはシングルよりは若干広いセミダブル。
今までのキングサイズのベッドに比べればずいぶんと狭い気がしたが、アーサー1人で眠る事を考えれば、十分な大きさだ。

用意されたボーダーのパジャマは、今まで愛用していたふんわりと柔らかい布地で出来たものと違い、なんとなく落ち着かない。
言えば取り寄せてくれるのかもしれないが、何でもアントーニョが用意してくれていたので、なんと頼めば良いのかわからない。

仕方がないので、アーサーはどこか居心地が悪い思いでクマと一緒にベッドにもぐりこんで、そこで気付いた。

おまじないがない…。
眠り際にアントーニョが一緒にいないのも初めてなら、眠っている間のアーサーに悪いことが起きないように…そう言って毎日まぶたに落とされた口づけもない。

仕方ないのだ…慣れないと…と、アーサーはクマを抱きしめてギュッと目をつぶったが、すごく心細い。

…眠れない……。

夜の間中何度も寝がえりを打ってはため息をつく。
そんな事の繰り返しで寝ついたのは明け方だった。



そして翌日。
「モーニン。そろそろランチの時間だし、起きた方が良くないかい?」
と、肩を揺すられて目が覚める。

いつもの癖でまぶたにキスが降ってくるのを待っていたが、降ってきたのはため息だ。

「色々あって疲れてるのかもしれないけど…夜もほとんど食べてなかったからね。
眠ければランチを食べてから寝るといいよ。」
との声にハッとする。

そうだ、もうおまじないをかけてくれる相手も解いてくれる相手もいないのだ…。
それに気づいてアーサーはおそるおそる目をあける。

視線の先には困ったように笑うアルフレッド。
「疲れてるなら可哀想だけど…3食抜かすのはさすがに良くないからね。
着替えてダイニングにおいで。」
と、アーサーが起きたのを確認すると、ウィンクして部屋を出て行く。

いつもと違う朝…。
おまじないも人肌もなく…そして何より悲しかったのは、ここ最近毎日ずっと見ていたアントーニョの夢が見られなかった事だ。

――俺が…トーニョのモノじゃなくなったから…?
そう思うと、ぎゅっと胸が締め付けられる。
偶然だ…単にあまり眠れなかったせいだ…そう思いたくて、アーサーは首を横に振った。

そんな感じだったから、昼食もたいして喉を通らない。

「体調…悪いのかい?医者を呼ぼうか?」
と、さすがにアルフレッドが心配して言うが、アーサーは普段から自分は食が細いのだと言い張って断った。

だって医者が来たってこの胸の痛みは治るはずがない。
治せるのはきっとアントーニョだけだ。

その日はアルフレッドが自由に使って良いと開放してくれた図書室に籠り、刺繍の図案に目を通していると、
「もしかして、刺繍好きなのかい?」
と、様子を見に来たアルフレッドに言われたので頷いた。

すると、アルフレッドがいつもにもまして嬉しそうな明るい笑顔を浮かべる。

「そうなのか~。やっぱり君はローザの子だね。彼女も刺繍が好きだったんだ。」
という言葉は、今のアーサーには正直どうでも良い事だったのだが、その後に続いたアルフレッドの刺繍道具を用意してくれると言う言葉は正直ありがたかった。

何もせずにいると嫌な事ばかり思い出してしまうし、かといって何か新しい事を始めるには、なんだか疲れ過ぎている。

こうしてその後もずっと図書室で過ごし、やはりあまり喉を通らない夕食を終えると、アーサーは即部屋に戻った。

二日目でも変わらぬ広すぎる寝室と以前よりはせまいベッド。
1人で眠るのだから広すぎればそれはそれで辛いのかもしれないが、何もかもが今までと違う事に慣れない。

それでも慣れなければいけないのだ…。
アーサーは今日もクマのぬいぐるみを手に1人ベッドで目を瞑る。



……やっ……いやっ……
静かな中に響く啜り泣き。

ああ…あれは、あのDVDを見た夜に見た夢……
自分にそっくりな少女が男にのしかかられて乱暴されている……

………
………
………
っ?!!
急に覚醒した意識。
アーサーはガバっとベッドの上で飛び起きた。

夢か………

嫌な汗をかいている。
あの日に一度きりだけ見た夢。
何故いまさらそんな夢をみたのだろうか…。

「…どうせ見るならトーニョの夢が良かったのに……」
と、アーサーはがっくりと肩を落とした。

このところずっと見ていたアントーニョの夢を、もう2日も見ていない。
普段の穏やかな優しさが嘘のように、夢の中のトーニョは少し意地悪で、散々焦らせたかと思うと、突然激しく求めてきて、アーサーを翻弄するのだ。

そんな夢を思い出して、アーサーは1人顔を赤くする。

「…とーにょ……会いたい……」
ぽふっとベッドに俯きに倒れ込むと、胸元が擦れた刺激にアーサーは息を飲んだ。

身体が…熱い。
今ならもうその意味はわかる。
夢の中でだが、アントーニョがしてくれる事……

アーサーは目をつぶってソッと下肢に手を伸ばして刺激する。
夢の中のアントーニョを思い出し、その動作をなぞるように………

そうして初めて自分の手で欲を吐き出しても、身体はその先を求めてますます切なさを増した。




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