幼児との二人の生活。
それは、他人と生活をした事がないカリエドと親を亡くした幼児、それぞれに理由があって難しい気もしたが、意外にも和やかな1週間が過ぎていた。
子どもが生活するのに特別に必要な物は初日にギルベルトが揃えて届けてくれたし、アーサーは3歳という年の割には比較的大人しく聞きわけの良い子どもだったのがその大きな要因の一つだと思われる。
一番の問題、アーサーの両親の死…つまりカリエドがその命を奪ったという事についても、アーサーは殺害した場面を見ていなかったせいなのか、無意識の防衛本能のようなものがどこかで働いているのか、両親の遺体とカリエドの存在、本来なら当然関連性を考えるであろうその二つを離して考えているようだった。
つまりは…両親が殺された。
そして、たまたまそこにいた大人であるカリエドが、その、人が殺されるという危険空間から自分を連れ出してくれた、ようは助けてくれた…という認識らしい。
そして、それはもうショッキングすぎる光景を見て、ともすれば壊れかけそうな心を守るためなのだろうが、両親の事を考えない、思いださないようにしているように見える。
ただ、ときどき何かに怯えたような様子を見せる事から、完全に記憶から消えた…というわけではないらしい。
その都度、ここが唯一の安全地帯とばかりにカリエドの足元にしがみつく。
それが今までにないほどに、カリエドの心を温かく満たした。
幼児の両親を殺害した張本人が勝手な…と、常人なら言うのかもしれないが、物ごころついた時からそれ(殺人)を職業として暮らしてきたカリエドにとっては、幼児の両親を殺害した事もただ与えられた仕事を遂行したにすぎない。
八百屋が野菜を売り、指揮者が指揮棒を振る事に誰も異を唱えないのと同様に、カリエドの脳内ではそれは当たり前にして当然の事だった。
もちろん、感情や実感として理解できなかったとしても、知識としては通常、人は親を殺害した相手に好意を持ったりはしないと言う事は知ってはいるし、幼児がすでに自分の人生において欠くことのできない要素になっている以上、幼児の親の殺害には触れない事にする。
幼児の認識を肯定も否定もせず、そのまま流して行く…そんなスタンスで二人の穏やかな生活は成り立っていた。
元々他人との関わりがひどく希薄だったカリエドは、生活の色々な場面で相手が今までどのように過ごしてきたのかという事を気にする事はなく、飽くまで自分の生活スタイルの中にこの新しい同居人を加えていくようにしていたし、幼児の方は生活全般についてさしてこだわりをもたないのか、もしくはまだあまり世間を知らない白さがそうさせるのか、素直にカリエドの生活に染まって行った。
朝…起きればトマトを中心とした朝食。
飲み物だけは子どもにカフェインの取り過ぎは宜しくないとのギルベルトのアドバイス通り、珈琲を摂る自分とは別に、幼児にはミルクやトマトジュースなどを与えていたが、基本的には自分が食べる物と変わらない物を与える。
身支度を整える際に浴びるシャワーも一緒。
自分のついでに幼児も洗い、ただし、入浴を終えた後、自分は自然乾燥だが幼児はこれもギルベルトのアドバイスで、風邪をひかないようにドライヤーで髪を乾かしてやった。
その後の4回に渡る食事も朝と同様だし、カリエドが雑誌を読んだりニュースを見たりする間は、幼児もソファに座って大人しく絵本を読んでいるし、部屋でトレーニングマシンを使っている間は、子どもはギルベルトが持参した子ども用の体操のビデオをみながらちいちゃな身体でいちに、いちに、と可愛らしい声をあげながら体操をしていた。
午睡も同じベッドで子どもを抱えて眠り、夜も同じく。
一日のスケジュールは子どもが来る前とたいして変わらないが、いつも側に小さく温かい気配を感じる…それがカリエドの心を今までにない多幸感で満たした。
そんな穏やかな日が数日続いたあと、幼児の両親の殺害依頼後、初めての殺人依頼がコーディネーターから舞い込んだ。
まあカリエドにしては難しい案件ではない。
ただ、さすがに殺人の仕事の現場に幼児を連れていくのは難しい。
なので、別に実行は昼でも夜でも可能なのだが、カリエドは夜中、アーサーを寝かしつけてから出かける事にした。
当日、いつものように食後に歯を磨かせて、よく眠るように寝る前に少し長めに入浴。
ギルベルトの趣味の小鳥柄のパジャマがあまり気に入らなかったので、自分で調べてわざわざ届けさせた、胸元のリボンが可愛らしい真っ白なふんわりとした寝巻を着させ、一緒にベッドにもぐりこむ。
ふわぁぁ~と小さなあくび。
それからむずかるようにぐりぐりとカリエドの胸元に額をこすりつけ、それからスリリとカリエドの胸元に小さな頭をもぐりこませるのはいつもの事。
腕の中の子ども特有の温かい体温に自分も眠ってしまわないよう気をつけつつ、これもギルベルト直伝、小さな背中を軽く一定のリズムでポンポンと叩いて寝かしつけた。
細い身体から少しずつ少しずつ力が抜けていき、完全に抜け切ったタイミングで、カリエドがそっと小さな黄色い頭の下から自らの腕を抜くと、そこでアーサーはパチッと眼を開けて、カリエドにしがみつく。
「っ!とーにょっ!どこ行くんだっ?!
俺を置いて行くのかっ?!!
やだっ!やだあぁぁ~~!!うあぁぁああ~~!!!!!」
いきなり火がついたように泣きだすアーサーにカリエドは驚いて固まった。
「アーティ、アーティ落ち着き?」
今まで比較的大人しく、駄々をこねたりぐずったりしない子どもだったので、どうして良いかわからない。
とりあえず抱きしめてつむじにキスを落としつつ、しかし困っているはずなのにそれ以上に胸を占めるのは歓喜。
求められている…それはなんと甘やかで心浮き立つものなのだろうか…。
「堪忍な。親分少しだけお仕事行かなあかんねん。」
別にトイレに行こうと思ったのだとかごまかして、再度寝かしつけるという選択もあったはずなのに、わざわざこの子にとって残酷な真実を告げる。
それで、やだやだっ!と何度も首を横に振って、さらに激しく泣きわめく様子に、カリエドは心の中で空でも飛べそうな勢いで舞い上がった。
無理でも何でも自分に側にいて欲しいのだ…と主張するこの子が、気が狂いそうに愛おしい。
「ほんま、しゃあないねん。
親分お仕事せんかったら、アーティと親分のご飯代稼がれへんし。
ええ子で待っといて?」
少し眉尻をさげ、困ったような顔でそう言うカリエドに、アーサーはしっかりしがみついて首を横に振り続けるが、そこは子どもの事、数時間も思い切り泣き続けたら体力が尽きたらしい。
気づけばカリエドにしがみついたまま、コテンと眠ってしまっている。
…ああ…可愛えなぁ……
その涙の痕がくっきり残る頬に口づけを落とし、カリエドは抱き上げていたアーサーを起こさぬようにそっとベッドに降ろしてブランケットをかけてやり、そのまま急いで着替えると、しっかりドアに鍵をかけて、夜の街へと急いだ。
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