それからちょうど1時間後。
謁見の間のドアの横でベルが先ほどまでの様子など微塵も見せない優雅な様子で客人に向かって一礼する。
「いえ、毎年こちらへ来るのを楽しみにしているのですよ。
今年は特にこちらの国には運命の輪をつなぐ使者が降りたっているはずですし」
「運命の?」
「ええ。ほら、王様のお隣に…」
預言者として謁見の間にあらわれたのは、やはり日本だった。
日本は人名を本田菊という。
この本の提供者である“日本”なのか、この話の登場人物であるところの預言者“本田菊”なのかはスペインには判断がつかなかったが、どちらにしてもこの話の導き手としての役割を担っているのだろう。
ただお城で小さなイギリスと戯れているだけという過ごし方はさせてはもらえないらしい。
「菊ちゃん、よう来たな」
と、一応話を合わせてそう声をかけると、菊はスペインの前まで歩を進めて恭しくお辞儀をした。
「お久しぶりです。本日も例年の習わしに従って、この国の行く末を占いに参りました」
癖のあるスペインのモノとはまた違う、さらりとまっすぐな漆黒の髪が揺れる。
その後、
「…きちんと運命を確保されたのですね。ようございました」
にこりと綺麗な微笑みを浮かべて言う菊に、やはり彼は日本なのか?とも思うが、国名を出さない約束なので、スペインはただ
「運命?」
と聞き返した。
「はい。今年の預言でございますが、今年の末にトマト王国には大きな幸福か大きな不幸、どちらかが訪れる予定でございます」
「幸福か不幸かって、どういうもんとか、どっちが来るかとか全然わからへんの?」
あまりに漠然とした予言に、アントーニョが眉をしかめると、菊は
「細かいところまではわかりません。
預言と言うものは万能な予知能力ではありませんから」
と、苦笑したあと、しかし、と続ける。
「幸福か不幸、どちらが訪れるかは、王様次第です。
これからトマト王国には7つの出来事が起こります。
その出来事の導き手、そしてキーになるのが王様の隣の運命の子、アーサーさんです。
王様がアーサーさんと共に7つの出来事を無事乗り越える事ができたなら、トマト王国には幸福がくる確率がぐんと上がる事でしょう」
「俺が?」
日本の言葉にスペインの横でイギリスがびっくりした声をあげる。
その声にスペインは思わず隣にちんまりと座るイギリスを自分の膝の上に向い合せに座らせた。
そして先に大丈夫やで、と、イギリスに視線を合わせて頭をなでると、次に日本に視線をやった。
「あんな、この子に危ない事なんてさせられへんで?
俺自らなんかせえって言うだけならかまへんけど…」
と、スペインがその小さな身体をかばうように抱きしめると、
「…とーにょは…俺と一緒にいるの嫌なのか…?」
と、イギリスが膝の上でスペインのマントをきゅっと小さな白い手でつかみながら、うるる…と少し瞳を潤ませて見上げてきた。
「そんなわけないやん!親分はずぅっとアーサーと一緒におりたいでっ」
と、スペインは少し焦って膝の上の小さな子どもを抱きしめる手に力を込める。
こんなに人恋しげにする子どもを放置出来る奴がいたらお目にかかりたいと思う。
少なくとも子ども好きで…しかもその子どもがイギリスだったりする時点で、スペインにはそんな選択肢はありえない。
「…無理しなくていいんだぞ?俺、別に平気なんだからな…」
と言いつつ膝の上でマントの下に潜り込んで嗚咽をこらえるイギリスが可愛すぎて、スペインは叫びだしそうにするのを必死にこらえた。
…が、そのスペインの目の前では
「ちびりすさんのデレきたこれぇぇ~!!!」
と、さきほどまでの落ちつきはどこへやったのか、叫んでいる日本。
(菊ちゃん…国名あかんて言うてへんかった?
ちびりす…は正式名称やないからセーフなんか?)
と、突っ込みを入れたくて仕方ないが、そこで何か不都合が起こっても嫌なので、スペインは珍しく空気を読んで黙り込む。
そして…相変わらずマントの中でコシコシと額をすりつけているイギリスを外に出して、泣いて少し赤くなった鼻先にスペインはチュッと軽くキスを落とすと、
「ほな、親分が解決しに行く時は一緒に行こか。せやけど危ない真似はなしなしやで?」
と、微笑みかけた。
スペインがそう言うと、イギリスは泣き顔を見られたのが恥ずかしかったのか、ぷいっと視線を外すようにうつむいて
「…お前がそう言うなら行ってやらなくもない……」
と、ぼそぼそっとつぶやく。
そんな素直じゃない言葉も、この可愛い可愛い小さなイギリスの口から照れ隠しに出てくると思えばめちゃくちゃ可愛く思える。
それよりなにより、自分と一緒にいたいがために泣いてしまう小さなイギリスが可愛くて仕方がない。
こんな気分を味わえるだけで、日本からこの本を借りて本当に良かったとスペインはしみじみ思う。
「うん。親分やっぱりアーサーおれへんと寂しいからなぁ。一緒に行ったって?」
と、スペインがまた鼻先にキスを落とすと、小さなイギリスは
「しかたねえから一緒に行ってやる」
と、きゅうっとスペインの首にしがみついた。
ベルがとびきり上等の柔らかく肌触りの良い子ども服を用意したので、子どもの優しい体温とあいまって抱きしめるとほわほわとした幸福感に包まれる。
ああ…幸せだ。
と、スペインがその心地よい感触にしみじみ浸っていると、謁見の間の戸口のあたりが騒々しくなり、
「大変だぞっ!トーニョっ!!」
と、見覚えのある銀髪紅眼の青年が中に入ってきた。
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