途中で買ったパンを齧りながらホテルにつくと、スペインはフロントで頼んでおいた白い薔薇を受け取って部屋へ急いだ。
こうして日が暮れるまで、普段は大雑把なスペインだが細心の注意を払って日本に言われた通りに道具をセッティングする。
薄暗い室内には月明かり。
テーブルの上には金の蝋燭とそれを囲むように白い薔薇。
その前に立つスペインの手には【子どものための金の童話】
さあいよいよだ。
スペインはガラにもなく緊張しながら、金色の表紙を開いて中の言葉に視線を向ける。
“時の縁(えにし)を断ち切って金の鎖をつなげたい”
スペインが唱えると、金の本は光を放ちながらスペインの手を離れ、パラパラとすごいスピードでページがめくられて行く。
それを呆然と見ているスペインの体はいつのまにか宙に浮き、光の中へと吸い込まれていった。
目を開けていられないほどまばゆい光が消え、あたりが暗闇に満ちたところで、スペインは目を開けた。
目の前には本の提供者である日本の姿。
「え?どうなっとるん?」
一瞬わけがわからず目をぱちくりとさせるスペインに少し微笑んで、日本は
「ほら、ごらんください。」
と、鏡を取り出してスペインに向けた。
鏡の中に見えるのはパッチワークのタペストリーに囲まれた可愛らしい子供部屋。
淡い色で統一された室内の床にはやはり淡いクリーム色の絨毯が敷き詰めてあって、そこにペタンとお尻をつけて座っている小さな子供。
年の頃は4~5歳くらいだろうか…。
ぴょんぴょん跳ねた金色の髪。
それと同色の驚くほど長いまつげに縁取られた大きなまんまるのグリーンアイ。
ふくふくとした薔薇色の頬も柔らかそうで、本当に可愛らしい男の子だ。
こんな可愛い子供は見た事がない…と言いたいところだが、スペインは遥か昔にこの子供を見た事があった。
このくらいの年の頃はまだイングランドと呼ばれていたか…。
「イングラテラ…」
と、思わず口にしたスペインの唇に、日本は苦笑して指先を押しあてた。
「ダメですよ?国名は口にしない。そういうお約束をしたはずです」
ここではまだセーフですけど、次はありませんよ…と、少し笑みを消して言う日本に、スペインは慌ててうなづいた。
国名を絶対に口にしない事。口にしたら何が起きても責任は持ちませんよ?…と、この本を受け取った時に日本に言われているのだ。
「ああ、そうやった。堪忍な。次からは絶対に気をつけるさかい」
と、謝罪してスペインは再度鏡の中に視線を戻す。
鏡の中では小さなイギリス…イングランドが、床に散らばった3冊の本を物珍しげに手に取っていた。
小さなまだふんわりとした柔らかそうな白い手には、この頃のイングランドにあったようなあかぎれや鞭打たれたみみずばれの跡などなく、本当に普通の家庭の可愛らしい子供と言った風情だ。
国同士の争いごとに巻き込まれる事なく、森でひっそりと暮らしていたなら、現実のイングランドもこんな感じだったのだろうか…。
スペインが思わずその様子に見とれていると、
「スペインさん、そろそろ行かれますか?」
と、日本がいつのまにか暗闇に浮かびあがっていたドアを指差した。
促されてスペインはごくりと唾を飲み込む。
「ここから外に出ると絵本の中から飛び出す形になります。
そしてイギリスさん…もといアーサーさんが3人の中のどなたかを選択して付いていく事を決めた時点で、それぞれまた本の中に引き込まれて、おとぎの国に戻ります。
一応ここで同行させられなくても、アーサーさんとはおとぎの国の方でも会えますのでご心配なく」
との日本の言葉に見送られて、スペインはドアのノブに手をかけた。
さあ、ここからが本番だ。
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