スペインが絵本から飛び出すと、そこはさきほど見た子供部屋だ。
そして幼児のイギリスがびっくり眼でスペインとスペインが出てきた絵本を見比べている。
その可愛らしい様子にスペインは顔がほころんだ。
そして自己紹介をしようと少し身をかがめたところで、左右の本から何かが飛び出してくる気配がした。
「さあ!ヒーローの俺と一緒に冒険の旅に出るんだぞっ!」
と、右側の本から出てきた妙にテンションの高い眼鏡の男には当然見覚えがある。
世界の超大国、アメリカ合衆国…。
かつてイギリスが愛情を注ぎこんで育てたが、その手を振り払う形で独立したイギリスの元養い子だ。
いつもイギリスに暴言を吐いているが、あれは小学生が好きな子をいじめるような、幼稚な愛情の裏返し行動とスペインは見ている。
「良い子だね、坊ちゃん。優雅でゴージャスな宮廷でお兄さんと美しく生きようね」
と、左側の本から出てきたのは、言うまでもなく世界のお兄さんを自称するフランスだ。
イギリスの元宗主国で現腐れ縁。
イギリスにとっては縁の深い…元弟と元兄のような関係の二人は、共にやたらとイギリスを貶める一方で、その実二人とも関係が密すぎて素直になれないだけで、本当はイギリスに並々ならぬ執着を持っていて、あわよくば恋人の座をと狙っているのだと言うのは当のイギリス以外には周知の事実だ。
すごい勢いで差し出される二人の手に、小さなイギリスは最初は驚いたように目を丸くして、次に涙目になる。
ああ、可哀想に。
いきなり本の中から知らない大人が飛び出してきて自分と一緒に来いなどと声高に言ってきたら、大抵の幼児は怯えて当然だ。
しかし二人はそんな幼児の心情を解することなく、片や
「何をぐずぐずしてるんだいっ?!相変わらず君は鈍臭いなっ!さっさと冒険の旅に出発するんだぞっ!!」
と迫り、片や
「お兄さんこんなとこより早くお兄さんにぴったりの麗しい宮廷に戻りたいんだよ。坊ちゃん、急いで?」
と迫る。
ズモモモモッと音がしそうな勢いで知らない大きな大人二人に迫ってこられて恐怖で声もでないような状況で、幼児はきょろきょろとあたりを見回し、最終的に最後の一人であるスペインに目をとめた。
ぷるぷると小刻みに震える子供を安心させるように、スペインはまずその場にしゃがみこんで子供に視線を合わせて安心させるように笑みを浮かべると、こちらからは動かず、ただ両手を幼児の方へと差し出した。
「親分が守ったるからおいで?」
スペインがなるべく優しい声でそう語りかけるのを合図にしたかのように、子供はだ~っと走り寄ってくる。
ぽすん!と勢いよく小さな体が自分の腕の中に収まるのに、スペインはある種感動さえ覚えた。
大人より若干高い体温に子ども特有の甘い香り。
ぎゅっとスペインの胸元にしがみつく小さな手はふにふにと柔らかく、少し震える身体に軽く手を回し、なだめるようにポンポンと背中を軽く叩いてやると、さらに強くしがみついてきた。
「アントーニョ、君何してくれてんだい?さっさとアーサーを引き渡してくれよっ!」
「アントン、お前何してんの?それアーサーよ?」
当然大人しく引き渡す気がない二人が、それぞれ言うと、腕の中の子供はビクっと緊張して、それでもおずおずとしがみついていた手の力を緩めると、泣きそうな目でスペインを見上げた。
迷惑をかけるなら…とでも言いたげな、小さな子どもらしくないその態度に、ああ、この子はこういう子やったなぁ…とスペインは少し懐かしく思いながらも切ない気分になった。
「ええんやで?親分とこにおり?」
そう言って自分の方が抱きしめる腕を強めて、見た目に反して柔らかいその髪をソッと撫でてやると、幼児の新緑色の瞳に見る見る間に涙の露が宿り、それがぽつりぽつりと雨のようにこぼれおちたかと思うと、再度小さな手がぎゅうっとスペインの身体に回される。
「俺……お前のとこがいい…」
と、それでも遠慮がちに小さく呟かれる声に、スペインはもう一度、大丈夫やで、親分が守ったるからな、と声をかけると、
「そういう事や。チビちゃんも疲れるさかい、俺らもう行くわ」
と、小さなアーサーを抱き上げて、宣言した。
とたんに再度本に引きこまれて行く身体。
遠くで二人が何やら言っているがよく聞こえないし気にしない。
スペインはただ小さな身体を落とさないようにしっかりと抱きしめて、光の渦の中に身を任せた。
何度も何度もこうやって抱き上げて連れて帰りたいと思っていた。
その積年の願いの一つがやっとかなって、スペインはとても満たされた気持ちになったのだった。
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