子どものための金の童話 第一章_1

まあるい月の出る晩に金の蝋燭(ロウソク)白い薔薇。
金の表紙を開いては、祈りの言葉はただ一つ。
“時の縁(えにし)を断ち切って金の鎖をつなげたい”
祈りの言葉を捧げたら、二度と戻れぬ本の中。


その歌を教えてくれたのはイギリスの数少ない友人の日本。
お互い島国と言う事もあってどこか気が合い、イギリスが共にいて穏やかな時間を過ごせる貴重な相手だ。

その日は各国が集まって話合いという名の元に、どうせ解決しない問題を議題にして踊る会議で時間をつぶす…もう何回も繰り返されている集まりの日だった。

それでもそれはイギリスにとっては貴重な時間だった。
何が貴重かというと、当然解決しない会議の議題ではない。

アメリカが無茶を言って、日本が嫌そうにそれに同意、イギリスはそれに反対の意を唱え、フランスがまぜっかえし、ドイツがキレる…。

そのまるで様式美のような一連のお約束な流れの中で、イギリスの眼は秘かに南欧の方が集まる一帯に向けられる。

その視線の先にいるのは、どうせ何も決まらない会議と割り切ってか、造花づくりの内職にいそしむ男の姿。
ラテン系民族らしく陽気で人当たりが良く、内職の合間にかつての保護国である南イタリアの化身ロマーノや悪友と呼ばれているフランスなどに親しげに話しかけてはドイツに私語を注意されている。

しばしば太陽に例えられる男の明るい笑顔。
誰に向かっても…普段親しくしない相手に向かってさえも等しく向けられるその笑顔を唯一向けられる事のない人間…それがイギリスだ。

原因は正直に言ってわからない。
国としての歴史上、エリザベス女王の元で海賊を使っての騙し打ちなどした過去もあるが、騙し合いも敵対も当時は当たり前の事ではあったし、フランスとスペインの間でなどもっとシビアな状況になった事もあるはずだ。

だから結局は自分の性格の問題なのだろうとイギリスは思っている。

フランスには顔だけは可愛いのにと揶揄され、アメリカには頑固で陰気で懐古趣味でうっとおしいとしばしば顔をしかめられる。

そんな自分だから誰にでも明るく優しいスペインですら、目が合うとこわばった表情で顔をそらすのだろう…。

フランスの言葉にもアメリカの態度にも、全く傷つかないわけではないが諦めがつくのに、どうしてスペインの反応にだけそこまで滅入るのか…そして見ている事がバレるたびそういう態度を取られて滅入るのがわかっているのに、見るのをやめられないのか…


「理由はわかっていらっしゃるんですよね?」

会議のあと…普段は遠くて会えないからと食事に誘ってくれた日本と来たのは落ち着いた雰囲気の日本食レストラン。
明日も会議なのでお酒は無しと言う事で、ゆっくりと懐石料理を楽しんでいる。

自分にきつい言葉を投げつけたりせず、いつも穏やかに接してくれる日本と二人きりと言う事もあって、ついついそんな話題を口にしたイギリスに、日本は感情の読めないアルカイックスマイルを浮かべて、そう確信をついてくる。

他の国に言われたのなら即論理武装に入るイギリスだが、相手は友人の日本だ。
構える必要性も感じない。
素直にうなづくと、日本も他の国々と違ってそれを口にしろとは言わなかった。
そういう言わないでも察してくれる日本の聡さがイギリスには非常に好ましく思える。
そんなイギリスの様子に対して日本はただ静かにうなづき返すと、これを…と、一冊の本を差し出してきた。

金色の表紙の単行本。
表紙にはただ【子どものための金の童話】と綺麗な飾り文字が印刷してあった。

「子どものための金の童話?日本で流行っている本なのか?」
それを丁寧に受け取って最初のページを開いてみると、詩のようなモノが書いてある。

それにイギリスが目をとめたのを認めると、日本は静かにその詩に節をつけて歌い始めた。

「まあるい月の出る晩に金の蝋燭(ロウソク)白い薔薇。
金の表紙を開いては、祈りの言葉はただ一つ。
“時の縁(えにし)を断ち切って金の鎖をつなげたい”
祈りの言葉を捧げたら、二度と戻れぬ本の中。」

日本の童謡にあるような…少し物悲しいような怖いような…不思議な音調。

「なんだか何かの呪い(まじない)の書みたいだな…」
と、イギリスが素直に感想を述べると、日本は底知れぬ笑みをうかべる。

「呪いの書…と言っても差し支えありませんよ?その本は。
イギリスさんがもし望むなら…本に入り込んで物語を紡ぐ事も可能です。
主要人物はイギリスさんがよく知る国の方々。
現実ではない夢の世界と思えば、普段言えない事を言い、普段取れない態度を取る事も可能ではありませんか?」

これが他の国の言う事なら疑っても見るのだが、相手は日本だ。

自分にとって悪い事はしないという信頼もあるが、それとは別に、日本本人には見えなくなってしまったらしいが、イギリスが初めてその家を訪ねた頃には河童と呼ばれる妖怪がいて、彼らはその後山に帰ってしまったが、今でもその自宅には座敷わらしという小さな女の子の妖精が住み着いているという不思議国家なので、そういう呪いの書があっても不思議ではない気がする。

なにより…国相手に後腐れなく取りたい態度が取れる…それはとても魅力的な提案だった。

「お話の中なので姿も好きに変えられますし、どうせならスペインさんの性格上冷たい態度がとりにくい子供の姿を取ってはいかがでしょう?」

とまで言われると、もう試してみないという選択はありえなかった。

夢でも良い。子供の姿でも何でもいい。
一度だけでも良いからあの太陽のような笑みを自分に向けて欲しかった。

「で?どうすればいいんだ?」
すがるような気持ちでそう問えば、日本は我が意を得たりとばかりに、
「こちらを差し上げますね。金のロウソク。白い薔薇のほうはイギリスさんのホテルのお部屋に届けるように手配してあります。」
と、金色のロウソクを懐から出すと、イギリスの手に握らせる。

そして…今夜は満月なんですよ。歌の通りになさってみて下さい。

と、夜の色の瞳でイギリスを見つめて微笑んだ。


その後当たり障りのない話をしつつも、アーサーの心はカバンに大切にしまい込んだ金の童話に奪われたままだ。

どうせ一晩の夢ならば、少しでも長く見ていたい……

そんな気持ちでいるのを敏い日本が気付かないわけもなかった。

クスリと片手の甲を口に当てて笑みをもらすと
「では…明日も会議ですし、今日は早めにお開きにしましょうか…」
と、デザートの水菓子を食べ終わるのもそこそこに、帰宅を促した。




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