青い大地の果てにあるものGA_3

ギルベルト・バイルシュミット…こいつがどうやら本部ジャスティスの中での司令塔的存在らしい…

アーサーは隣でご機嫌でグラスを傾けている男にチラリと視線を向けた。


おそらくアーサーについては事前に難しい奴が来るとでも連絡が行っているのだろう。
出会った瞬間から全力でフォローをいれられている気がする。


タキシードの上からでもわかる、攻撃型ジャスティスにふさわしい筋肉がしっかり付いた体躯。

整いすぎるほど整った綺麗で…なのに男らしい顔立ち。

意志の強そうな吊り目で切れ長の紅い目は、ともすればキツイ印象を与えそうだが、こちらに向ける時は意識的にか無意識にか常に笑みを浮かべている状態なので、ずいぶんと美しいのに温かい。


羨ましいほどの美丈夫で、本部ジャスティスの中でも随一の実力の持ち主で…それだけでも随分なものなのに、さらに桜の家系のお館様と言うから驚きだ。

そう、“あの”桜が崇拝するお館様なのだ…。



ジャスティスの子どもとして基地内で生まれ育ったアーサーと違って、桜は子どもの頃に前任のムーンストーンのジャスティスが亡くなったため宝玉に見出されて連れて来られたジャスティスだ。

と言っても普通の家の出身ではないらしい。
古くから続く家系の分家の出だそうだ。

その家系は不思議な事に極東であるのに主家は代々白人系らしい。

深い山里の集落で隠れ住む一族。

本名を言うのは避ける傾向があった昔の習慣で、主家と分家2家の家系は自らを植物にたとえ、鉄線と名乗っていると言う。

鉄線の上に君臨する頭で一族全ての長にして絶対者。

「不滅・不老・不死・強い忍耐力」の花言葉が指し示すように、死なずに生きて一族を導く事を旨としている。

鉄線は「たくらみ・旅人の喜び」の花言葉が意味するように、しばしば里を出て旅を続け、一族に有用な情報を集めたり、時には諜報活動を行ったりする。

そして最後にの花言葉は「堅固・堅実」。
地元に残って宗家を護衛、死守する一族。

桜の実家はそのうち諜報を司る鉄線の一族の宗家だそうで、桜が言うお館様とは本来この全一族の長にあたるの宗主を指す言葉だ。

ジャスティスになって極東支部に来てからも、桜の口からは随分と楽しげに実家の話が語られていたのを思い出す。

――私達の世代の未来のお館様になる方はね、すごい方なんですよ。私は一族を離れることになってしまいましたけど、私が世界の秩序を守れば結果里も守られますしね…

と、何度も何度も繰り返し…。

そんな桜を見て、同じジャスティスでも幸せな育ち方をしてきたんだな…と、我が身と比べて羨ましくもどこかさびしく思ったものだが、ある日休暇を利用してこっそり帰宅した桜が『お館様が変わってしまわれました』泣きながら戻って来たので、身内でなくなると態度が変わってしまうのか…と、内心憤ったが、さきほどの話を聞いている限り、違ったらしい。

桜の世代にお館様になるはずだったこいつがジャスティスとして引っ張られたため、物理的にお館様が変わってしまったようだ。




「ポチ…」
「うん?」
「お前ってさ…実はすげえやつだったんだな」

桜の“お館様”をポチとか呼んでるのがばれたら張り倒されるだろうか…などと思いつつアーサーが言うと、ギルベルトは一瞬きょとんと首をかしげて、視線を天井に向けて考え込む。

そして言わんとする事を察したのだろう。
あー…と、苦笑した。

「桜のあれな?
ちげえよ。たまたまそういう家の長子に生まれただけだ。
でも元々な、俺様はジャスティスにならなかったとしてもお館様にはなってねえよ。
側室の腹だったし…。
正妻に長く子どもが産まれなくて5歳までは唯一の当主の子だったから未来のお館様扱いされてたけど、5歳の時に正妻にルッツが産まれてな。
でも一族では7歳頃までは神の子っつって、いつ死ぬかわかんねえから正式に跡取りは名乗れねえからルッツが7歳になるまでは未来のお館様代理っつ~の?そんな立場なはずだったんだけど、11歳でジャスティスとしてここに引っ張られたんだ。
で、それからはルッツが未来のお館様って事になってたんだけど、ルッツも13歳で引っ張られてな。
今ではルッツと同じ年の側室の腹の弟がお館様やってると思う」

淡々と気負いなく、そんな凄い家系の跡取りをやっていたとは思えないほど気さくな感じでそんな話をするギルベルト。

「正直なぁ…一族が全く気にならねえって言ったら嘘になるかもだけど、ここに来てからはあんま思い出す事もなくなったな。
極東遠いし?
こっちの生活にも慣れねえとだったし、新人も次々入ってくるしなぁ…。
ま、過去の話より、今の生活だろ。
お姫さん、そろそろ踊るぞ~」

と、突然に皿を取りあげられ、それをテーブルに置いたギルベルトに手を取られて立たされた。


「踊るって…相手は?…」
「ああ、本部は9割以上が男だから野郎同士でも全然OKだから。
ほら、ルッツとフェリちゃんも踊ってんだろ?」

「いや、あの……」
「良いからっ!フロア行くぞ~!」


え?え??

と、あまりの唐突さにびっくりながらも、力の差は歴然としていて、フロア中央に引っ張って行かれて、

「俺様自分で言うのもなんだけどダンスうまいしリードすっから、適当に合わせてればいいからな」
と言うギルベルトにフワっと抱き上げられてターン…されて、気づいた。

極東本部長の砂田がさきほどまでアーサーがギルベルトと座っていた席の方に行きかけて、突然フロアに来てしまったのでその場で止まっている。

すげえ…あれに気づいてこれだったのか……

と、アーサーは全くそれに気付かせる事なく砂田からのカバーに入ったギルベルトの手際に感心した。

確かにギルベルトが隣にいたとしても、あれにベタベタと付きまとわれるのは嫌だ。
気持ち悪い。


それに男同士で踊ると言うのも初めてだが、ギルベルトが言うように圧倒的に女性率が少ない本部では本当に男同士で踊っている方が多数派なので、不自然な気がしない。

更に言うならギルベルトは自分で言うだけあってリードがうまくて、踊っているととても気持ちが良い。


あっという間に1曲終わって、新人が珍しいのか、もしくはまだ少年期を抜けきらなくて体格が良くないので女性役が欲しいのか、わ~っとタキシードを着た面々に囲まれてダンスを申し込まれて、初めての体験にアーサーは動揺するが、それもギルが

「タマは俺様の専属だから悪いな」

と、周りの面々に言うと、優雅な手つきでフワっとまたアーサーを抱え、フロア中心にストっと下ろして回避してくれた。

こうして公式の場で初めてくらいアーサーは色々な意味で身辺の心配をする事なく、無事歓迎会を終えて広間を後にしたのだった。



今までの人生の中では大勢の中にいると言う事はすなわち悪意に晒されると言う事だったので、本部では悪意に晒される事はなかったにしても今日はすごく緊張した。

それでも他人の視線に不安になるアーサーが疲れ始めるタイミングでギルベルトがそれを遮ってくれたので、なんのかんので初めてくらい、大勢の人間の居る場をアーサーは楽しめたように思う。

いつになく高揚した気分で広間を後にして廊下に出て、それは極東にはない動く歩道に戸惑うとふわりと身体が浮いて、ギルベルトに当たり前にジャスティスの宿舎の方向の歩道に乗せられた。

あまりに自然すぎて礼を言うタイミングを逸してついつい

「これ便利なのは良いけど運動不足になりそうだよな」

などと可愛げのない事を口にしてしまい、しまった!と自分でも思うが、ギルベルトは全く気にした様子を見せずに

「あ~、それならちゃんと鍛練室が固まったエリアもあるから、今度案内してやるよ。
俺様の第二の私室みてえなもんだから」
と、おおらかに笑う。


いつもいつも瑣末な事で言葉尻を捉えられて非難をされる日常だったので、なんだか気が抜けすぎてふわふわした気分だ。


「じゃ、寝間着とか取ってくる」

と、ジャスティスの居住区のある5区に到着し、その日はギルベルトの部屋に泊まると言う事で、自室の前でそう言ってアーサーは部屋に入って行く。

しかしドアを閉めた途端…月明かりに浮かぶ見覚えのある人影…

とてもとても…本当にとても苦手な男…


思わず
「うああーー!!!」
と悲鳴を上げた。

高揚した気分が一気に冷めて背筋にぞっと寒気が走る。

…が、それも一瞬。

「タマッ!!どうしたっ?!!!」
と、今閉めたばかりのドアがバン!!!と開いた。

「ポ…ポチ……」
歯の根が合わずにカチカチ音がする。

それでも自分を支えてくれる温かい手に縋ると、安堵のあまり気を失いそうになった。

正直…レッドムーンのイヴィルよりも心臓に悪い。
敵の方がまだ魔法をぶっ放せるだけマシだ。

そんな事をクルクルと脳内で思っていると、

「俺様がいるから大丈夫だからな」
と、ちゅっとつむじに口づけられて、そのままギルベルトの後ろへと庇われた。

そしてギルベルトがタイをむしり取ってペンダントに手をかける。


「…モディフィケーション」
という声でその手の中に浮かび上がる紅い剣。

ギルベルトはそれをまっすぐ、不法侵入者…極東ブレインの部長、砂田の喉元につきつけた。

「ここで…何をしている?」
殺気を含んだ低い声で言うギルベルトに、砂田は青くなってすくみあがる。

「い…いや…これでお別れだから…アーサー君とお話をと…」

「他人の部屋に勝手にあがりこむのは犯罪ってのは…わかるな?」
ギルベルトの言葉に砂田はコクコクと無言でうなづいた。

「嫌がってる相手にしつこく迫るのも犯罪ってのもわかるよな?」
砂田の額から冷や汗が流れ落ちる。

「今後…俺様のアルトに近づいたら俺がこの剣でその首を切り落とそうと本気で思ってるのも…わかるよな?」
言ってギルベルトは剣の刃先を砂田の喉に当てた。

肌が少し切れてす~っと赤い筋ができる。

ヒィっと引きつった悲鳴をあげる砂田。


「わかったら行けっ。二度とアルトに近づくなよ」
少し剣を喉元から離すと、砂田はあわてて部屋から転がり出て行った。


それを見送って

「アズビフォア」
とギルベルトはアームスを解除した。


「もう大丈夫だからな」
と、途端に殺気を霧散させていつものギルベルトに戻る。

そうして頭を撫でられるが、子ども扱いするななどと怒る気もしない。

守られている…こんなの初めてだ……

そう思ったら、何故だか涙があふれて来た。


「え?ちょ、タマ?!悪い、俺様ちょっと怖かったか?ごめんな?」
と、途端にさきほどの険しい様子が嘘のようにあたふたと慌て始めるギルベルト。

「ごめん、悪かった。俺様が全部悪かったから…」
と、ぎゅうっと抱きしめられると、なんだか心地よくて安心する。


それでも出てくる言葉ときたら

「…怖くなんかねえよ…。ただ…砂田の馬鹿が気持ち悪すぎただけだ…」
などという可愛げのない言葉。

しかし頭上ではホッと安堵したような気配。

「…確かに。でもまあ…タマが可愛すぎるんだよなぁ」
と馬鹿みたいな言葉が返って来て

「男に可愛いとか言ってんじゃねえよ、馬鹿犬」

と、また言ってしまってから後悔するような言葉を吐いてしまうアーサーだが、ギルベルトはそれに対しても

「はいはい。馬鹿犬は馬鹿犬でも飼い主馬鹿だからな。
ちゃんと番犬の役割は果たすから、安心しろ」
と、流して頭を撫でて来た。


今のこの本当に馬鹿じゃないかとおもうくらいに温厚な態度とさきほどの視線だけで相手を殺せそうな険しさと、どちらが本当のこいつなんだろうか…と、そんなギルベルトをアーサーは不思議に思う。

が、とりあえず今は何はともあれ疲れた。

なので、考えるのは今度にする。


そして早々に寝間着とティディベアを回収するとギルベルトの部屋へ。

こうしてアーサーの長い長い本部初日はこうして過ぎて行ったのであった。






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