花婿の葛藤
さきほど抱き上げた時の度を超えた軽さもだが、すぐ顔色を失くす丈夫でない身体も、本当に変わった方が良いところが未だ変わっていない。
せっかく思い出してもらえたのだから…と、お互い1週間ほど休暇を取って、スペインの別宅で過ごすことにしたが、正解だったと思う。
本格的に身体を壊す前にゆっくり休ませてやらねば…。
スペインの服を貸してやっても細いイギリスの体にはブカブカで可愛らしいとは思うのだが、素でこれだけ可愛いのだからそれ以上可愛くなったらもうベッドから出してやれなくなる…。
そんな理由からまず普段着を買わせたが、スーツを脱いで普通のカジュアルな服を着ると、どう見ても成人男性には見えない。
白いシャツに大きめのキャラメルニットのカーディガン、それに薄いベージュのマフラーを巻き、濃い茶のパンツを履いたその姿は、少年…いや、下手をすれば少女にさえ見える。
600年前の本当に14,5歳の外見年齢だった頃ならとにかく、一応見えようと見えまいと外見年齢23歳を名乗っている男でこれだ。
もうイングランドマジックとしか言い様がない。
可愛かったので一緒に買ってしまった帽子を深くかぶると特徴的な眉毛がかくれ、その下には相変わらずクルンと丸く澄んだ明るいグリーンの大きな目。
瞬きをするとバチバチと音がしそうなくらい濃く長いカーブを描いた金色のまつげがそれを縁取る。
薄桃色の小さな唇はマフラーに半分隠れていて、見えそうで見えない感がなんだか可愛らしい。
――あかんやん……
と、スペインは内心ため息をつく。
もう何を着せても存在自体が反則的に可愛らしい。
それはこの子に心底惚れている自分の惚れた弱みではないと断言できる。
並んで歩いていると周りから熱のこもった男どもの視線を感じるし、一人にすれば実際にナンパされてたりするのだから…。
着替えを全て買い終わってマーケットで夕飯の買い物を終えて、少し離れた駐車場まで戻ろうと公園を横切っていたが、急に500年前の記憶が戻ったりなどして疲れてしまったのだろう。
ひどく顔色の悪いイギリスに気づいたスペインは、公園の前まで車を回してやることにした。
寒くないように自分のスーツの上着をはおらせて、出口近くのベンチでイギリスを待たせる事にして、マーケットで買った荷物を持って駐車場に走り、車をとってきたスペインが車を出口わきに止めると、なんと男にナンパされている。
まあ…あの可愛さだ。
自分が体現する自分の国の国民なら声をかけずにいられないのはわかる気はする。
そう思ってとりあえず穏便にお引取り願おうと車から出たスペインはピタっと一瞬足を止めた。
可愛い花嫁の大きな目が涙で潤んでいる。
半ば強引に掴まれている腕にカ~っと頭に血が登った。
その子は自分の花嫁だ!
もう絶対に誰にも渡したりはしない…!
スペインはつかつかと走りよって、その強奪者の手から花嫁を取り戻す。
ナンパ男が逃げた瞬間…気が抜けたのか足から力が抜けて倒れかけるのを、スペインは慌ててひきよせた。
細く軽い身体はあっけないほど簡単にスペインの腕の中に戻る。
いくらなんでも成人男性としては軽すぎだ。
もう少し食べさせて体重をつけさせないと…。
そんな事を思っていると、次の瞬間、カクリと体全体から力が抜けた。
へ?
青い顔…堅く閉じられた瞳に、サ~っとスペインの全身から血の気が引いた。
「イングラテラ?!大丈夫かっ?!!」
またやってしまったか…と、600年前を思い出して臍を噛む。
イングランドが嫁いで来たあの日…喜ばせようと花畑に連れて行って、体調を崩していたイングランドに熱を出させてしまった。
500年たって大人になって少しは丈夫になったのかと思ったら本当に変わらない。
スペインはヒョイっとイギリスを抱きかかえ、車の後部座席に寝かせて上着をかけると、別宅へと急いだ。
別宅に着くと、スペインはまずイギリスを自分のベッドに寝かせた。
他意はない。
客を呼ぶ予定などなかったので、他に寝室を用意していなかっただけだ。
包むようにしていた自分のスーツはその辺りの椅子に放り出し、帽子とマフラーを取り、それも同じく椅子へ。
次にカーディガンを脱がせようとした時点で少しキて、このまま寝込んでしまうようならパジャマに…と、シャツのボタンを二つほど外して、細い首筋から鎖骨の浮かぶ白い肌を目にした時点で、トイレへと駆け込んだ。
何をするためかは敢えて言わない。
が、二度ほど処理をしてなんとか立ち直った時には、意外に…というか、ありえないくらい余裕がなくなっている自分にため息をついた。
いい加減ヨーロッパでも古参で齢1000年以上にもなろうというのに、シャツのボタンを二つ外したくらいでこれとは、もう、どこのDT、どこの思春期の若造だ…と思う。
確かに600年前、イングランドと結婚してからは一切浮気はせず、身辺は綺麗なものだったが、この子と出会う前の自分の爛れ方ときたら、もうどこぞの愛の国と双璧くらいな勢いですごかった。
なにしろ天下の覇権国家様だ。
さらにまあ整った容姿とラテン特有の呼吸をするのと同じくらいスルスルと口から滑り出る美辞麗句のおかげで、男も女も勝手に擦り寄ってきていたし、食いたい放題だ。
そんな自分がなんと600年間も操をたて続けたなんて自分でも驚きだ。
小さくて弱くて儚くて…大切すぎて手を出せなかった最愛の花嫁。
まだ幼かったあの頃と違って、すでに成人しているはずだし手を出すのには何ら問題がないと思うと、暴走しそうになる。
それが怖い。
なにしろ未だこんな細くて丈夫じゃないところなど全く変わらないのだ。
加減をせずに抱き潰せば、気がついたら腕の中で呼吸を止めていそうだ。
半分諦めながらもあの日々を取り戻せる事を祈り続けたのが急に叶って、自分もかなり浮かれているし、気が高ぶっている。
――抱き潰してしもたらどないしよ……
スペインは今更ながら葛藤した。
「あかんわぁ…やっぱりホテル取らせよか……」
本気で抱き殺してしまうかもしれない…心配になって思わずつぶやいた声に、花嫁が飛び起きた。
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