年月
「随分と長い時間たってもうたけど…欧州内で争いがなくなった今やったら何も心配することないなぁ。」
しっかりとイギリスの手を握ったまま買い物袋を片手にスペインが言う。
とりあえず部下に連絡を入れ、休暇を取る事にしてそのままショッピングへ。
スペインにうながされるまま休日を過ごすための服まで買ってしまって、そのまま店で買ったばかりのシャツと薄いカーディガン、それに細身のパンツを着て、着ていたスーツは袋に入って車の中だ。
その後、二人で夕飯の材料を購入しにマーケットへ行き、今は駐車場まで戻るのに、公園を突っ切っているのだが、本当に現実感がない。
そもそも500年以上消えていた記憶がいきなり戻ってきた事で、イギリスは混乱していた。
「アーサー？大丈夫か？気分悪いん？少し休むか？」
このところの距離が嘘のように、スペインの視線はあの頃のまま…まるでよく体調を崩していたイングランドを気づかう色を帯びている。
見上げていたあの頃と違って背丈だって大して変わらないし、性差をあまり感じなかったあの頃と違って、イギリスももう立派な成人男性だ。
現実の姿を直視すれば子どもや女性に対するな気遣いが似合わない事くらいわかる気がするが…。
「とりあえずこれ着とき。ちょっと車回してくるさかい、ここ座っとき、な？」
と、断る間もなく、スーツの上着をイギリスにはおらせてスペインが駆け出していく。
シャツ一枚で走る自分の方がよっぽど寒いだろうが…と思うものの、それを叫ぶのも紳士としてはどうかと思い、イギリスは仕方なくベンチへと座ってスペインを待つことにした。
……抱くと言ってた。
もちろんそういう意味なのだろうが…本気なのだろうか？
一人になると急に会議室での会話が思い出されて頬が熱くなる。
確かに…600年前、スペインに嫁いだ頃は、まあまだ身体も小さくて顔立ちも大人になりきれない…少年とも少女とも見紛うような容姿だったからありかもしれないが、正直今のもうとっくに大人の男になった自分を相手に本当にそんな気になるのだろうか…。
自分もまだ現実を直視しきれてないところがあるのだが、スペインもそうなのかもしれない。
単純にあの頃やろうと思って出来なかったから今…と思っただけで、実際にそうなって完全に自分と同じ男そのものの身体になったイギリスを見たら萎えるのではないだろうか…。
考えてみたら…なかなかショックだ。
逃げてしまおうか…と、また思うが、上着を置いていかれているので、それも出来ない。
ああ…どうしよう…絶対に失望される…。
そう思うと目元が熱くなって、あふれかけた涙で視界がぼやけてきた。
「自分、大丈夫？なんかあったん？」
動揺しすぎて普段なら気づく人の気配に全く気づかなかったらしい。
いきなり目の前から降ってきた声に、イギリスは思い切り驚いて、正面に立つ人物を見上げた。
褐色の肌に黒い服……。
少し長めの髪も黒で後ろで無造作に束ねているのは、まるであの頃のスペインのようだ。
が、当然ながら瞳の色も容姿も全く違う。
「こんな綺麗なおめめにいっぱい涙ためてどないしたん？
気分悪いなら俺が送ったるわ。車で来とるから、そこまで歩ける？」
え？え？？
意外に強い力で状況がつかめず動揺するイギリスの腕を取って背中を支えるように立たせる男に、混乱しすぎて出ない言葉の代わりにイギリスは慌てて首を横に振る。
「ええって、ええって。遠慮せんと。」
と、その拒絶も全く気にした風もない男に、ようやく
「…人…待ってるから……」
と、小さな声で言うが、男は
「気分悪いのにこんなとこで待っとったら悪なるやん。
待っとる奴にはあとで電話入れたったらええわ。」
と、全く意に介さず、イギリスを引きずっていこうとする。
なんというか…人の話を聞かずに勝手に思い込んで勝手に心配するあたりが、やっぱりスペインの体現する国の人間なんだな…と、イギリスが変な所に感心しつつも、善意なのだろう相手に強く出られないでいると、いきなり背筋がゾッとするような殺気と共に、掴んでいた腕の感触がなくなった。
「…親分な、自分の嫁に他の男が触れんの好きやないねん。
ましてや白昼堂々誘拐ってなんやねん。
――去ねや。」
静かだが明らかに激怒している爆発寸前のような声…。
現役時代さながらの殺気に、真っ青になった男が慌てて駆け出していくが、残されたイギリスは今度はスペインにがっしりと腕を掴まれたまま、逃げることもできない。
あまりのスペインの怒りに触れて身体の震えが止まらず、膝が笑う。
ガクっと足から崩れ落ちそうになるのを、スペインに支えられた。
「イングラテラ？！大丈夫かっ？！！」
と、遠くにスペインの声を聞いた気がするが、イギリスの意識はそこで完全に途切れていった。
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