流れ始めた時間
「ちょ、どないしたんっ?!!」
見る見る間に青ざめる顔…。
昔はこんな顔色になっているのをよく見た。
まだ国力も低くて身体も弱く、本当によく体調を崩してはスペインをハラハラさせたものだった。
床に倒れるイギリスを助け起こし、青ざめたその顔をのぞき込んだ瞬間、スペインは息を飲んだ。
一瞬…気のせいだと思う。
おそらくこんなふうに青ざめているせいで、昔のイングランドと重ねてみてしまっているのだ…と。
しかしすぐ気づいた。
――ああ…この眼や……
戸惑いと困惑に揺れる新緑色の瞳。
何かショックを受けているように血の気を失った小さな唇が震えている。
「…イングラテラ?」
久々に昔のように自国の言葉で呼びかけると、イギリスは弾かれたように立ち上がった。
――あ………お…れ……俺……
追い詰められたように大きな目をさらに大きく見開いて頭をゆっくり横に振る。
そして次の瞬間…いきなり反転して窓に飛びついた。
「何しとるんっっ!!!!!」
嫌な予感にスペインはほとんど反射的に追い、そのまま窓から飛び降りようとするイギリスをすんでのところで捕まえて窓から引き剥がす。
――…やだっ…やだっ!スペインっ!やだぁっ!!!
パニックを起こして暴れるイギリスを、スペインはギュッと力任せに抱きしめると、
「大丈夫…大丈夫やで?イングラテラ、大丈夫や。」
と、ポンポンと背を叩く。
すると、イギリスはしばらくは暴れていたが、やがて力を失ってスペインの腕に身を任せた。
「…思い出してくれたん?」
若干おちついた頃を見計らって静かに声をかけると、イギリスはシャクリを上げた。
――ごめん…死ぬから…それまでは責めないでくれ……
昔よくしたようにぎゅっとスペインのシャツの胸元をつかむ癖…。
誰よりも愛した相手に拒絶されるのに怯えていたイングラテラ…。
「…アホ…ようやっと取り戻せたのに、目の前で死なれなんてしたら親分ショックで発狂するで?」
国が自分の意志で死ねるかどうかは未だ謎なところではあるが、万が一にも試されても困る。
この子は昔からそうだ…。
スペインがどれだけこの子を大切に思っているか本当にわかってない。
あの時ただただ衰弱していくこの子を救えるなら、自らの身を代わりに差し出しても良いと…代わらせてくれと何度も神に祈ったというのに……。
――でも…ひどいこと…いっぱいした…。
「そんなん、どこの国もやっとった程度のことやで?」
――だって、忘れて騙して落としいれっ…
さらに言い募ろうとする唇を唇で塞いだ。
自分自身の言葉でどんどん傷ついて追い詰められていくのを見たくなかった。
ただ…幸せにしたかった、一緒に幸せになりたかっただけなのだ…。
あの当時のソっと触れるだけだったのと違い、長く長く唇を重ねると、青ざめていた頬が紅潮していく。
ああ…かわええ……
久々に感じる高揚感。
「あの時な…帰さへんでくれって泣く自分を無理やり帰したのは親分や。
言うなれば…親分の判断ミスやからな?
イングラテラはなぁんも気にせんでええんや。」
グッタリとスペインの腕に支えられたままのイギリスの額にチュッと口づけを落として、スペインは微笑みかけた。
気づけばイギリスの指には今まではまっていなかった金の指輪。
スペインはその指輪のはまった指先に唇を押し当てたまま、――おかえり――と、微笑む。
その唇の動きにイギリスはくすぐったそうに手を引き抜こうとするが、スペインはそれを許さず、空いている方の手をイギリスの腰に回すと、グイッと引き寄せた。
色合いの違う二組の瞳が、焦点がぼやけるぎりぎりくらいまで近づく。
――…もう二度と離さへん……
濃いエメラルド色の瞳が歓喜と愛情を湛えて近づいてくる。
そのまま一度軽く口付けたあと、
――…大人のキス…しよか…
と、再び近づく唇に熱い吐息を送り込まれ、イギリスは戸惑いに身を震わせた。
どうすればいいんだ?と、少年期を過ぎて青年と言える年になってもやはり変わらない大きなペリドットが問いかけてくるのに、スペインは小さく笑った。
――ああ…ほんま変わらへん…。おしゃべりなお目々やな。
可愛くて愛おしくて仕方ない。
500年強もの間凍りついていた時間が…愛が…再び流れだしていく。
「あかんわぁ。やめとこ。」
存外に薄れていなかった…いや、それどころか増してしまっていたらしい自分の愛情に苦笑しながら呟くスペインに、恐怖に揺れるペリドット。
そのまま腕の中から逃げ出そうとするあの頃よりは大きくはなったがやはり細い身体をスペインはしっかりと抱きしめたまま、ちゃうちゃう、と、笑いながら首を横に振る。
「ここでこれ以上すると、ほんま理性なくなって襲ってまいそうやから。
ここから車でちょっと行ったとこに別宅があんねん。
花でも買うてご馳走作れる買い物して…それからやないと…」
――かわええ花嫁さん初めて抱くのに、無粋な会議室はないやんなぁ?
耳元で囁かれる言葉に今度は真っ赤になってワタワタと暴れるイギリスを軽々抱え上げて、
――500年以上…結婚してからやったら600年くらい待ったんや。拒否権は認めへんで~
と、某超大国のような台詞を吐きながら、スペインは笑って会議室をあとにした。
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