「嘘や…どうして?」
それは受け入れがたい現実だった。
イングランドが帰国してからかなりの月日が経っていた。
容態を聞いても教えてもらえず、当然返してはもらえない。
何度も何度も問い詰めてもナシのつぶてで、焦れたスペインがもういっその事王の許可など関係なく、渡英してしまおうか…などと考えていたある日…
『私は国家と結婚しました。』
イングランドの女王が信じられない宣言をした。
国家…というのは紛れもなくスペインの愛する花嫁であるイングランドに他ならない。
ありえない。
あの子は自分の配偶者だ…。
もう一刻の猶予もなかった。
スペインは単身使節団に紛れて渡英した。
そしてそこで見たのである。
誇らしげに玉座に座る女王の横に立つ自らの愛しい花嫁の指に輝く指輪を…。
以前は自分が贈った金の指輪がはまっていたその指に燦然と輝く大きなダイヤの指輪。
飽くまで使節団に紛れて来たためその場はなんとかやり過ごし、その後廊下で捕まえたイングランドは、何故?と問うスペインに言ったのだ。
「失礼。言っている意味がわからないのだが?」
嘘をついているようには思えなかった。
本当に何を言われているのかわからないという目。
あの…自分の側で死にたいと泣いた切ないほどの愛情の光が、その瞳からは消えてしまっていた。
何度も説明しても、当然、知らない、何の事だ?の一点張りだ。
事情が変わったというのではない。
あの大切な愛おしい日々の存在を根底から否定されて、スペインは呆然とする。
せめて…と、自分が贈った指輪の行方を訪ねても、そんなものは存在していなかったとこちらも完全に否定され、スペインは逃げるように帰国した。
まさか夢だったのか…それを確認しようにも、優しい家族のように仕えてくれた老女は前年に亡くなっていて、あの頃を知る家人はもういなかった。
自国の王はあのイングランドを帰したやり取り以来、なんとなく壁が出来たままで、他に当時を知っていそうなあたりなど、イングランド当人か女王くらいしか思いつかないが、どうやら自分の事を快く思っていない上に、イングランドを自らの夫と称する女王が事実を認めてくれるとも思えない。
自分の指にはまるシンプルな指輪。
それはイングランドに贈った物とおそろいだったが、自分で買った上に対の指輪がない以上、それを証拠と言う事はできない。
そうこうするうちにイングランドとの関係は悪化の一歩をたどり、そんな話を出来る状況ではなくなってから、スペインは気づいた。
胸元を飾る黒いシンプルな十字架…ああ…これがあった…。
あの日…祝福する人もなく二人きり、小さな小さな教会で愛を誓った時に、イングランドが自分にかけてくれたものだ…。
間違いない…あの日々は確実に存在したのだ…。
時代は流れ覇権を失い、日々の生活も苦しくなっていくなか、それはスペインの心に大きな癒しを与えた。
誰が忘れても…自分しか覚えてなくても…あの日々は確かに存在したのだ。
誰も知らなくてもイングランドは自分の花嫁で、自分はイングランドの夫だ…今までも…これからもずっと……。
大事な思い出を虚偽のように否定されたくない…その思いから、その事を口にしなくなって500年強…。
元イングランド…現イギリスと二人きりになるといつも複雑な気分になる。
――お前と居たい…
はにかみやで、いつも好きだと言えない代わりにそう言ってぎゅっとスペインのシャツの胸元を握りしめながら見上げてきた大きなペリドット…。
その瞳は言葉以上に雄弁にスペインに対する愛を語っていた。
照れ屋な花嫁のそんな精一杯の愛情表現が伺えるその丸い大きな瞳がスペインは好きだった。
だからあれから目の前に居ても何の感情も映さない今のイギリスの目を見るのが辛い。
悪友でしょっちゅう遊ぶフランスと腐れ縁といわれるほどよく一緒にいるイングランドに、それでもなるべく接点を持たないようにしているのはそのためだ。
その瞳に愛情を訴える色が無いこと自体が、あの日々を否定されているような気がして耐えられない。
それでも国としては仕事があり、特にお互いEUに所属してからは、こうして二カ国間会議なども少なくはない。
まあ仕事の場合は仕事に集中するようにしていれば感情的な部分が出ないのもままあることだし、まだ耐えられる。
イギリスも淡々と仕事をこなすし、スペインもそうする。
今日もそんな感じに仕事をこなして、終わるはずだった…
…いきなりイギリスが頭を抱えて叫びださなければ……
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