Seal-封印_後編_2

別れの足音


「え…?イングランドを?」

久々に城に呼び出された。

正直イングランドの体調が悪いのもあったし、スペインとてあれほど止めた代理戦争を決行されてさすがに激怒していたのもあって応じるつもりはなかったのだが、イングランドの生死に関わるかもしれないこと…と言われれば行かないわけにもいかない。

容態が少しでも変わったら即伝えるようにと家人にくれぐれもいい含めて、本当に久々に登城したスペインを迎えたのは、喪に服したイングランドの使者だった。

どうやら長患いだった女王が亡くなって、新女王として起った腹違いの妹エリザベスの使いらしい。
新女王の即位に際して一度イングランドを英国の地に戻して欲しいとのことだ。

代替わりに祖国に目通りしたいという女王の要望はもっともなことではある。
だがスペインは首を横に振った。

「今体調崩しとるんや。とても長旅なんてさせられへん。」

そうでなかったとしても、離れるのは嫌だった。
自分の日常から愛しい花嫁がいなくなる…そんな事は耐えられなかった。

しかし王の意見は当然ながら違う。

イングランドの化身がいればイングランドに対する抑えになると思って迎え入れたものの、イングランドの国民も王族も、イングランドの化身に対する執着は薄く、そういう意味では全く意味をなさなかったばかりでなく、自国スペインの化身がイングランドに肩入れをするようになってしまった。

これならむしろ離れてくれたほうがやりやすい。

「あのな、一応国の化身やさかい、自国におった方が回復早いかもしれへんで?」
と、そこで王はそう口添えをした。

「体調崩してまうと他国におったら治らんのとちゃう?」

そう言われるとスペインも一瞬悩むが、それでも決意はつかない。
国に帰したら治るという保証があるわけではなし、逆に旅で悪化する可能性もある。

……いや、正直に言おう。
イングランドと国家関係が悪化している以上、一度帰してしまえば、もう戻してもらえないかもしれない…二度と会えないなんて死ぬのと同じだ…そんな思いが先立っているのだ。




「一応友好国やさかい、あまり向こうさんの意志を無碍には出来へんで?
ここで帰さへんまま何かあってみ?
イギリスは確実にフランスと一緒になってうちに敵対するで?」

返事を保留にして使者がとりあえずいなくなった謁見室で、王はさらにスペインにそう決意を促す。

「そんなん…そんな関係にしたんはどこのどいつやと思うてるん?
俺はあの代理戦争は無茶やって散々止めたで?!」

人間は勝手だ…と苛つくスペインに、王も苛ついてくる。

「この国のトップは誰やと思うとるん?
あまりにアホな意地ばっか張るんやったら、自分の待遇も考えさせてもらうわ。」

そう言い捨てて、王は謁見室をあとにした。

所詮国の化身などと言っても、人間の都合で振り回される存在でしか無いのだ……スペインは初めてくらいそう思った。
人間の行動は自分達に影響を及ぼしたとしても、逆はない。

それなら…何故、なんのために自分達は存在しているのだろうか…。




「ただいま。」
王城から戻ると、スペインは真っ先にイングランドの寝室へと足を運んだ。
そこに存在するだけで自分を幸せにしてくれるあの存在に癒されたい。


しかし寝室についたスペインを迎えたのは医師とメイドだった。

「奥様の具合が良うなくて…今使いを送ろうと思うとったんですわ」

イングランドが嫁いで来た時のメイドは他界したが、彼女にそっくりな娘が変わらず仕えてくれていた。
母親に連れて来られた時はまだ10代なかばの若い娘だったのが、彼女自身ももう老齢に差し掛かろうとしていた。
親子2代に渡って家族のように仕えてくれたが、彼女は結婚もせず当然子も成さなかったので、彼女が亡くなってイングランドがいなくなれば自分は本当に一人だと思う。

スペインは力なくその場で膝を折り、両手で顔を覆って泣いた。

「……帰した方が…ええのはわかっとるんや。
でもイングラテラがおれへんようになったら、親分耐えられへん…耐えられへんねん。」



――スペイン……帰ったのか……

か細い声が聞こえた。

ベッド横に立つメイドと医師が脇に避けると、白く細い手が伸ばされるのが見えて、スペインは慌ててベッドに駆け寄ってその手を取った。

透けてしまいそうに白い手…。
今にも消えてしまいそうな花嫁は、少し潤んだ大きな瞳でスペインを見上げた。

――…かえりたく…ない…

「え?」

――帰さないでくれ…

目尻に透明な珠が浮かんでは白い顔を伝って枕へと落ちていく。

――…死んでもいいから…ここに…お前のところにいたい…

その言葉にスペインはハッとした。

「死んでもええなんて言わんといて…。
最初に熱出した日にも言うたやん…」
自分もポロポロ泣きながらスペインは言った。

自分は勝手だと思う。
イングランドが今こうやって衰弱してしまっているのは、紛れもなく自国スペイン帝国のせいだ。
それなのにイングランドが助かるかもしれない道を選択する事が出来ない。

いや…今ならまだ間に合うのかもしれない…。


「…国へ…帰り?」

笑顔を浮かべようとして失敗した。
顔が歪み、目が潤んで視界がぼやける。
涙がポロポロ滝のように溢れでた。

「そんで…元気になったら戻ってきたらええやん。
このままじゃ自分、消えてまうかもしれへん…」

そんなん嫌やっとスペインは頭を振った。

「自分がおれへん間はめっちゃ寂しいけど…待っとるから…。
どんだけ時間がかかったかて、絶対に待っとるから…。」

スペインの言葉に、今度はイングランドが嫌だっと首を横に振る。

「…聞き分けたって?」
スペインはイングランドにソっと触れるだけの口づけを贈り、それから両手で握った細い手を自分の額に押し付けた。

「頼むわ…死なせたないねん……死なせたない……。
……やって、親分国やから、あと追う事もできへんねんで?
イングランドおらんようになったあと、どうやって生きて行けばええねん。」

そうだ…生きてさえいれば、どんなことをしても会いに行って取り返してみせる。
そう説き伏せるスペインに、イングランドは

――やだ…いやだ…国に戻されたらもうきっと会えない…
と、不安げな目で泣きながら首を横に振り続けた。

――お願いだから…お願いだから帰さないで……

その悲痛な声に目をつむった事を、後にスペインは激しく後悔するのだった。





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