妖精の国の花嫁
――イングランドの化身は森で妖精達と住んでいて、妖精たちと心を通わせる
そんな話を聞いた事がある。
腕の中で声を押し殺して泣く白くか細い花嫁は、まさに妖精の国から人間界に連れて来られて戸惑いと怯えに翻弄されているような風情で、それはスペインの征服欲と同時に庇護欲をひどく刺激した。
戦い、奪い、勝ち取って築き上げた現在の覇権。
それでも何か満たされず、さらに奪って手にすれば少しは満たされるのかとさらに戦いに身を投じてみたがダメだった。
そんな飢えが腕の中からじんわりと満たされていく。
馬上でその高さと速さに怯えたのかギュッと自分のシャツの胸元をつかむ白い小さな手に、スペインの心は歓喜に震えた。
「なんや、馬怖いんか?親分がこうして支えとるから大丈夫やで?」
と、花嫁を支える腕にさらに力をこめると、花嫁は引き寄せられるままコテンとスペインの胸元に身体を預けた。
なんだか可愛い。
そのまままっすぐ自分の館に戻ろうと思っていたが、せっかく外に出ているのだ…と思い立って、スペインはそのまま館近くの森へと進路を変更させた。
木の途切れるあたりで馬を止めると、スペインの胸に頭を預けていた花嫁はふと気付いて顔をあげる。
それに軽く微笑みかけると、
「森の中に住んどったって聞いとるから、ちょお寄り道して見せたろうかと思うてな。」
と、視線を森の中に広がる花畑へと向けると、同じくその視線を追った花嫁はヴェールの下で息を飲む。
――綺麗……
無意識にこぼされたであろう本当に小さなつぶやきを拾うと、スペインの心は満足感で満たされた。
「ちょお降りて休もうか」
と、スペインは花嫁と共に馬から降りて馬を手近な木につなぐ。
その間も惜しむように花の中へと走りだす花嫁に、スペインは表情を柔らかくした。
花嫁の周りを何かキラキラした光が舞っている。
それに対して何か語りかけているところを見ると、スペインにはみえないものの、この国にも妖精というものがいるのだろう。
ヒラリと風もないのに飛ばされるヴェール。
それを視線で追って振り向く花嫁。
澄んだクルンとまるいペリドットの大きな目に吸い込まれそうになる。
自分のモノとも…今まで見た誰のモノとも似通わない、綺麗な宝石…。
それはスペインの手にした宝を全部かき集めても足りないくらい、美しく価値のあるものに思えた。
妖精の国から来た花嫁……
俺の…いっちゃん大事な宝もん…
この瞬間、世界の覇権国家は、小さな未開の島国に恋に落ちた。
「もしかして、うちの国にも妖精おるん?」
風で飛んできたヴェールを手にスペインも足を踏み入れると、そこで初めてその存在を思い出したようだ。
花嫁は気まずそうな表情になって、
「…ごめん…つい…」
と謝罪をする。
「いや、怒ってへんよ?連れてきたからには楽しんでもろた方がええしな。
それより自分の周りをなんやキラキラ光が飛んどるように見えるんやけど、もしかしてそれが妖精なんかなぁと…」
途端に消えてしまった笑顔を残念に思ってスペインがさらにそう言うと、うなだれたように俯いていた花嫁は
「見えるのか?!」
と、パッと顔をあげた。
その嬉しそうな表情に、スペインはそれにうんと答えられない事を残念に思った。
「いや、光が飛んどるくらいにしか見えへんのやけど…」
と、正直に言うと、それでも花嫁は形状がわからないスペインのために、今ここにいるスペインの妖精達がどれだけ可愛らしい容姿をしているのかを、嬉々として語ってくれる。
「なんや、そんなにかわええなら、見えへんの残念やなぁ」
と言いつつも、スペインは実はその中でもキラキラした目で語る自分の花嫁が一番可愛いのではと内心思った。
そうこうしているうちにどのくらい時間がたったのだろうか…
ポツリ…ポツリと、雨が降ってきた。
「あかん。妖精さんとはまた今度な。」
と、スペインは自分の肩口からマントを外して花嫁の頭からかぶせると、慌ててその手を引いて馬の所まで戻った。
「…あの……」
再度馬に飛び乗ったところで、腕の中でオズオズと花嫁が口を開く。
「ん?」
「これ…スペイン…が、かぶったほうが……」
と、小さな手が頭からかけられたマントを取ろうとするのを、スペインは慌てて止めた。
「何言うてるん。親分丈夫に出来とるんやから平気やけど、自分こんなに細っこいんやし、風邪でも引いたら大変や。そのままにしとき。」
と、その手を降ろさせて、反論する間もなく
「しっかり捕まっとらんと落ちるで」
と、馬を飛ばす。
しかし強くなる雨は館に着く頃には二人共かなりびしょ濡れにしてしまっていた。
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