Seal-封印_前編_5

悲運の花嫁


「…スペインへ?」

それは突然の宣告だった。
そう…申し入れではなく、宣告。

国民も王家も自らの平穏を切望していた。
そして…その代償に国の化身を差し出すことに全くためらいを感じなかったのだ。


国の化身ではあるものの、元々イギリスはあまり城に滞在することはなく、王家と接触をもつこともなく、まだチビであった頃と同様に森の中に居を構え、妖精と共に静かに暮らしていた。
そして極々稀に用事がある時のみ、城の使いがそこを訪れる。

その日もそんな風に本当に何年ぶりかの王城からの使者に登城を求められて同行したのだ。

そして…その時出されたのがスペインからの王女輿入れの条件としてスペインへ輿入れするという話だった。

大きいとは言えない国土…迫る大陸の大国達…そんな中で疲弊した国を国民を救うには覇権国家であるスペインの財力と王女輿入れによる後ろ盾を得るしかない…
そのためにはスペインに送られる事など大した事ではないだろう…

自らの国民の口から出るそんな言葉はイングランドの心を痛く傷つけた。

幼い頃には実兄達から…その後は幼馴染の腐れ縁から…そして今本来は愛し愛されるはずの国民から突きつけられた、愛される事はなく疎まれる者としてのレッテル。
わかっていた…ずっと昔からわかっていた事なのに、ひどく悲しく感じるのは何故だろうか…。

拒絶する気力すらなかった。

国同士だとしばしば無視される性別についても、一応カトリック国であるスペインの周りの視線もあるので“花嫁として花嫁らしい格好で”という条件も、全て無気力に受け入れた。

いっそこのまま自分がスペインで消滅して、この国自体がスペインの一部になったほうが、彼らは幸せなのかもしれない…そう思った。


イングランドが国を発つ日…天気はこの国らしくひどい雨だった。
泣けない化身の代わりに彼が体現する国土が泣いているようだ。

一部スペインからの迎えの者も混じっているため、国を発つ時からすでに着せられたドレスの裾は足元にまとわりついて不快だったが、元々苦痛や不快感に慣れるのが早いイングランドだ…数日後スペインにつく頃には全く気にならなくなっていた。


スペインに上陸した日は自国とはうってかわった明るい太陽の日差しが燦々と降り注ぐ晴天だったが、雨の冷たさとか、ぬかるんだ道の不快さには慣れても、太陽の明るさ、日差しの暑さなどに慣れないイングランドにとっては、それは新たに慣れなければならない不快さだった。

大仰なドレスと顔まで隠すヴェールのせいもあってとにかく暑い。
王城に着く頃には軽い貧血で目眩を起こす程度には…。


自国のそれと違ってとても立派だが威圧感のある城の城門をくぐって中に入った王城は、荘厳だが、どこか他国の自分を拒絶しているような雰囲気を感じる。

いや、感じる…ではなく、事実そうなのだろう。

表向きはカトリック国で同性の花嫁を迎える事になるのが人目につかぬため…と言いつつ案内されたのは、他国の使者を迎え入れる来客用の謁見室ではなく王の執務室なのはとにかくとして、王自身、別に客を迎え入れるという風でもなく平服で執務中という様相だった。

向こう側の要望ということで身につけた礼装のドレス姿のイングランドは、自分がひどくその場に不似合いな仰々しい格好をしている気がして、妙な居心地の悪さを感じた。

「遠路はるばるようきはった。」
と、言葉では労りをかけつつも、王は席を立つこともないどころか、執務のために握ったペンさえ置くことをしない。

まるで取るに足りないつまらぬ者を見る目…その視線に、例えば普通の王族の姫とかなら泣きだしてしまっていただろうが、イングランドはそんな視線にも、そんな扱いにも慣れていた。

他国どころか自国ですら疎まれこそすれ敬われた事などない。

大丈夫…このくらいたいしたことはない……

どんな理不尽な扱いにも屈辱的な事にも国なら耐えろという自国の王の冷ややかな言葉に比べれば…はるか昔、騙されて攻められて負けて連れて行かれたフランスで召使として働いて一般人に普通に鞭打たれた事に比べれば…まだまだ大丈夫…と、半分いろいろに麻痺してしまった頭で思う。

たいしたことない…まだ大丈夫…

それは自分を取り巻く全ての不快に耐えるための魔法の言葉だった。


――失礼やけど…一応うちも大事な娘を嫁に出してそれと交換にもろうた花嫁やさかい、顔を見知ったモノに本物かどうかの確認させてもらうな?
暗にヴェールを取れと言う…女装して化粧をしたその顔を晒せという命令の言葉にも、その魔法の言葉を何度も唱えた。

たいしたことない…まだ大丈夫…

そう唱えてヴェールに手をかける。

しかしそこで

――やめとき。

と、若く力強い声でそういう者があった。


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