ロイヤル・ウェディング
1501年11月…アラゴン王フェルナンド2世とカスティーリャ女王イザベル1世の末娘カタリーナ・デ・アラゴンがイングランドのヘンリー7世の長男アーサー王太子に嫁いだ。
大国スペインとまだまだ小国のイングランド。
それも大国スペインの方から20万クラウンという当時としては破格の持参金付きで花嫁を嫁がせるという一見ありえないようなこの婚姻に、ヨーロッパ各国はざわめきたった。
スペイン国内からもそうまでしてイングランドごとき小国と婚姻関係を結ぶ必要はないと言う意見が多数。
何故?どうして?
そう声高に…あるいは秘かに広まる疑問の答えは、王族と極々一部の貴族…そして国の化身だけが知っていた。
「そろそろつくんかいな?」
スペインは王城内の国王の執務室の窓から外に視線を向けた。
イギリスではおそらく盛大にロイヤル・ウェディングが祝われている今日、花嫁を送り出したスペインではひっそりと王女が嫁いだ先からの花嫁を受け入れる事になっていた。
イングランドの国の化身…彼の国にとって唯一無二の存在をこちら側の国に嫁がせる…実質は人質ということになるが、それこそが大国スペインが格下のイングランドに自国の王女を嫁がせてまで結んだ同盟の意義である。
当時のスペインは覇権国家として名を馳せつつあったが、それでも古くからの大国、フランスなど油断できない相手は数々いる。
そのフランスを牽制するため、また、逆にフランスがこちらを牽制するのを防ぐため、スペインとフランスの両国と海を挟んで隣に位置するイングランドは多少なりとも気にかけるべき存在だ。
ゆえに完全にこちら側に引きこむ必要がある。
もちろんそれを征服という形で成してもいいのだが――むしろスペイン的には細やかな外交よりもそちらを得意としていた――フランスとて馬鹿ではない。
スペインが戦を始めれば、逆にイングランドを自分の側に引きこもうと援助を始めるだろう。
そうなれば、厄介だ。
ということでスペインが取ったのが婚姻による同盟の強化である。
表向きには西と仏のどちらと組むかの“選択権のある”イングランドをスペインが重んじて自国の王女を莫大な持参金付きで嫁がせる…という形式を取っているものの、その真の目的は、その気になればイングランドを踏み潰せるスペインが王女の輿入れという形で見せた“踏み潰さないという誠意”に対して、イングランド側にも“裏切れないという確固たる誠意”を要求するという、静かな恫喝である。
唯一無二のイングランドという国の化身を何人かいる王女の1人と交換にスペインの側に託す…それは当時の両国の国力の差を考えれば、まあ妥当とも言えるくらいのものだった。
スペインは敬虔なカトリックの国で、イングランドの化身はスペインの化身と同じく男性体ではあったが、国同士の結婚という意味では、書面上だけとはいえスペインは過去にもオーストリアと婚姻を結んでいたことがある。
だから問題がないといえば問題はないが、今回は配偶者として国に迎え入れる事に意義があるため、ごくごく一部の王族や貴族、身の回りに置く者達以外には、“花嫁”ということにしてある。
国同士であるため、特別な祭儀は執り行わない…なるべく人目に入れないために取った策のため、式も祝いの宴も何もなく、花嫁はひっそりと花婿の待つ王城へと嫁入りすることになっていたのだった。
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