最後の日
抱いて?へ?今、抱いてくれって言うたん?!!!
え?
ええっ?
えええっ?!!!!
いやいや、どうなってる?!
そういう話やったっけ??
ドーヴァーはどうなったん?!!
いや、アーティがドーヴァーうんぬん言うたわけやないけど…
頭がぱ~ん☆となった。
おかしくはない…おかしくはないのかもしれん。
なにしろ書類上とは言え結婚していた仲なわけやし?
動揺するスペイン。
さもありなん。
少なくとも500年前の結婚生活というのは、夫婦というより家族…。
はっきり言ってしまうと、夫婦生活…いわゆる性生活というものは全くなかったのだ。
ペドペドとよく言われるスペインだが、何も子どもに性的興奮を覚える性癖があるわけではない。
むしろ器用で細やかな方ではないと自覚があるので、まだ未成熟な相手とするのは壊しそうで怖い。
あの頃の華奢で丈夫でないイングランドは、大事な大事な幼妻で庇護する対象ではあったが、その幼さゆえ、抱こうという発想が全くなかった。
もちろん、いつかおっきいなったらええな~。
美人さんになるやろな~。
と、将来的に…という事を考えた事がないかと言えばなくはないが、少なくともその時点で…と考えたことはなかったのだ。
でなきゃ手も出さないのに同じベッドでなど眠れるわけはない。
それがあの500年前の姿そのままで、いきなり抱いてくれと言われれば動揺もする。
というか、夫婦になって500年過ぎて、今更初めてそこでイングランドをそういう風に意識した。
真っ白な肌が羞恥にうっすらと薄桃色に染まる様子も、恥しそうに震える長い金色のまつ毛に縁取られる伏し目がちな大きな瞳が潤んでいる様子も、緊張に固まっている華奢な肢体も…改めてそういう目で見てみると、庇護欲と共に征服欲をひどく刺激してくれる。
ゴクリと喉がなった。
…が、次の瞬間ハッとしてブンブンと頭を振る。
あかん、あかん、あかんっ!!
俺なに考えとるんっ!
今この子けが人やんっ!
それでなくてもまだこんな細っこくて丈夫やないのに、抱き潰してしまうやんっ!!
本能と理性の葛藤に、かろうじて理性が勝つ。
プルプルと震える手で少しイングランドの身体を引き剥がすと、イングランドが悲しげな目で見上げてくる。
あかん…あかんわ、これ…。
スペインは泣きたくなった。
こういう縋るようなイングランドの視線にめちゃくちゃ弱いのだ。
これを無視するのは自分の欲望を抑えつけるより百倍つらい。
「あんなぁ…イングラテラ…」
はぁ~と息を吐き出しながら、それでもスペインはなんとか言葉を紡ぐ。
「親分、自分の事めっちゃ大事なんや。
だから最終的に抱きたくないかって言われると抱きたいんやけど、自分まだ身体も細くて華奢やし、怪我人やしな。
壊したないねん。
せやから、怪我治って、もうちょっと大人になってからな?」
そう言うスペインの手をイングランドが再度取る。
そして、また指で綴った言葉に、スペインはハッとする。
――今日じゃないと…ダメなんだっ。だから頼むから今日…
何故、今日?
「今日やないとダメって…なんでなん?」
顔を強ばらせるスペインに、イングランドはハッとした顔で、ふるふると首を横に振った。
その反応に悪い予感が募る。
「なあ、今日やないと出来なくなるなんかがあるん?!
自分…何隠しとるんっ?!」
詰め寄るスペインから距離を取ろうとするイングランドを、スペインは引き寄せた。
「なあ、隠し事せんといてっ!!
明日になると消えてまうとか、そんなんなんっ?!」
否定して欲しい…そう思って言った言葉に、イングランドの顔が凍りついた。
まるでそれが図星であるというように…。
「…ほんま……なん?」
ス~ッと体中から血の気が引いた気がした。
身体に力が入らず、イングランドの腕を掴んだまま、ガクリと膝から崩れ落ちる。
信じられなくて、信じたくなくて、涙がぼろぼろ溢れて止まらない。
そんなスペインの前に膝まづいて、イングランドは必死に、声の出ない口でごめん、ごめん、と繰り返している。
「…なんで……なんで、イングラテラが謝るん?…俺のせい…なんやろ?俺がアホな事言うたから……」
スペインが泣きながらイングランドを抱きしめると、イングランドは違う、というように、首を横に振った。
「違わへんわっ!俺がアホやったさかいっ…ほんまアホや…。
500年前から全然進歩してへん。
いつかてこうやって自分の事傷つけることしかできひん。
誰より愛しとるのに…ずっと、ずっと、ずっと…自分に愛想尽かされとっても諦めきれへんで、思い続けとるのに…なんでなん?!」
スペインがそう泣き叫んでる間もイングランドは首を振り続ける。
どのくらいそうしていたのだろうか…。
おとなしく抱きしめられていたイングランドが、身動ぎをして、ソッとスペインの腕の中から抜けだそうとした。
その動きにスペインが思わず時計に目をやると、レトロな時計の針は11時57分を差していた。
「…うそ…や…。あと3分?!」
スペインが呆然とつぶやく間も距離を取ろうともがいているイングランドの細い体を、スペインは慌てて再度抱き寄せ、強く抱きしめる。
「アカンっ!行ったらあかんっ!!親分絶対に離さへんでっ!!
もう絶対に離さへんっ!!!」
そう言うスペインにイングランドは焦ったようにただただ首を横に振る。
こうして離れようとするイングランドと飽くまで離さないスペインの攻防が続くが、時間は確実に進んでいく。
そして…カチッカチッと時を刻む時計の短針と長針がちょうど12の文字の所でピッタリと重なった瞬間、イングランドの身体はまばゆい光に包まれた。
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