プロイセンの分析とスペインの不安
「アーティ、あんま口に合わへんかった?それともどこか痛いん?」
ほとんど減らない料理にスペインは小さく息をつく。
まずくはないはずだ。
スペインの味付けが口にあわないということもないだろう。
最初の頃は目をキラキラさせながら、美味しそうに頬張っていた。
それがここ最近本当に小鳥がついばむほどにしか食べてくれない。
スペインがイングランドと暮らし始めてもう6日目になろうとしている。
最初の数日は口をきけないということと肩の怪我以外は、500年のブランクなど感じさせないほどイングランドは心を許してくれて和やかに過ごしていたし、久々に見るそんな可愛い愛しい花嫁の様子に、スペインも幸せの絶頂にいた。
しかし4日目を過ぎた頃からだろうか…。
イングランドが少しずつ沈み込むようにぼ~っとしている時間が多くなった。
日を追うごとにそんな時間も増えていき、そのうち徐々に食欲も落ちてきた。
元々線が細いイングランドだが、そうして食べもせず沈み込んでいると、本当に消えてしまいそうな錯覚を覚える。
怖くなって引き寄せて強く抱きしめると、きゅっと抱きしめ返してくれるが、その力は心細いくらい弱い。
日本が用意してくれた館にほとんど篭もりきりで、これといって変わった事があったとも思えない。
何故?どうして?
いや…そもそもが何故今こうしてイギリスが昔の姿に戻ったのだろうか?
そこでスペインは急にそこから気になってきた。
対応を間違ってしまった自分に神様がやり直す機会を与えてくれた…
スペインはあの時単純にそう思い込んでしまったのだが、本当にそうなのか?
そうだとしたら何故今急にだったのか?
これが実は何かの前兆だったとしたら?
例えば…そう…どちらかが消えてしまうから、最後に和解をとかいう可能性は……?
………っ!!
馬鹿げてる…そう思いつつも、一度そんな考えが浮かんでしまったら、不安で気が狂いそうになった。
消える?どちらが?
自分ならまだいいが、この場合、変化したのはイングランドの方だ。
まさか?!
嫌やっ!そんなんありえへんっ!
必死にその考えを否定しようとするが、どうしても頭から離れず、スペインは不安のあまり電話に飛びついた。
かける先は、この手の分析がとても得意な悪友だった。
プロイセン…奴が否定してくれれば、そんなことはないのだ、と、安心出来る気がした。
最近プロイセンと電話している時はいつも泣いている気がする。
今回もやっぱり泣きながら事情と自分の不安を訴えると、安心させてくれるはずの相手は、とんでもない言葉を吐き出した。
――もしかしてとは思ったんだが……。
「もしかして?!ぷーちゃん心当たりあるんっ?!」
知ってたなら早く言っておいてくれと思わないでもないが、それを言うとまた長々と説教が始まりそうなので、スペインにしては珍しく空気を読んで黙っておく。
『心当たりっつ~か…うん、まあでも考えるとそうなんだろうな…』
「あ~、もう長い前置きはええから、結論言ってくれへん?!!
こうして目ぇ離してる間も心配なんやからっ!」
それでも必要な情報はなるべく速やかに欲しい。
なにしろ大事な花嫁の生死にかかわるかもしれないのだ。
このさい解決後なら説教くらい聞いてもいい。
そんな思いを込めて先を急かすと、プロイセンも焦らすつもりはなかったようで、ああ、そうだった…と、先を続けた。
『俺様な、若返るだけじゃなく声まで出なくなるってとこにずっとひっかかってて考えてたんだが…今回の事ってアレが原因なんじゃね?』
「アレ?」
『ほら、直前にお前がフランに言った言葉だよ。
甘ったれた声出すんじゃねえとか、若い頃なら可愛かったかもしれねえけど、おっさんはキモいとかさ』
「ああ、あれホンマ思わん?
フランも昔は可愛かったんになぁ…。
それでなくてもオッサンなのにムサいヒゲまで生やすことないやん。
残念なやっちゃ。
で?それがなんなん?」
『いや、だからな、それ、イギリスは自分に向かって言われてると思ったんじゃねえかと思って…』
プロイセンの思わぬ言葉にスペインは一瞬ピキーンと固まった。
「いやいや、ありえへんやろっ?!
なんでそうなるん!!!
アーティは今でもこの世でいっちゃん可愛えやんっ!!
23歳って嘘やろって、会った奴みんなが思うとるでっ?!
ていうか、あそこまで年とらんて、ほんま永遠の少年、奇跡の天使なんちゃう?!
アーティがキモイおっさん言うたら、この世で若い可愛え子なんて生まれたての赤ん坊しかおれへんようになるでっ?!」
そこまで息継ぎなしに一気にまくしたてて、スペインがようやく息を吸うと、
『あいつ…悲観主義者だからなぁ…』
と、電話の向こうでプロイセンがため息をついた。
『ポイントは2点。手と声だ。
あの時甘ったれた声だすなと、手を離せっていう。
あの時確かにイギリスもフランスに話しかけてたし…』
「手ぇは出しとったのフランだけやん」
『いや、イギリスもフランスの背広の裾掴んでたぞ?』
「なんや、それえぇぇ~!!!!!
何なんっ?!何なんっ?!
何その羨ましいシチュエーションっ!!!!
あり得へんわっ!!
親分でもそんなことされたことあらへんのにっ!!!!
許せんっ!許せへんっ!!!あのクソひげ殺すっ!!!!
絶対に殺すわっ!!!!!!」
俺様…言っちゃまずい事を言っちまったか……?
電話の向こうで絶叫されて、その声の大きさにキーンとなった耳を塞ぎながら、プロイセンは小さく頭を横に振った。
一息に絶叫したあと、ハーハーと息をしているスペインに、
『…今回は…フランスは悪くねえからな?』
と一応付け足すが、
「あのクソひげ、存在自体が悪やわっ!!」
と即答され頭をかかえた。
――わりい、フランス。成仏してくれ…。
プロイセンは心のなかでそう謝罪して手を合わせるも、話を先に進める事にした。
急がないとまずいかもしれない…。
もし自分の予想通りとすると次にくるのは……
『あのな、とりあえずフランスの事はおいておけ。
それよりお前あの時、あと何言ったか自分で覚えてるか?』
あの時…?
言われてスペインは改めて考え込んだ。
――成人とうに越えたおっさんがキモいわっ。自分なんかドーヴァーに沈んでまえっ!海の泡になって消えてまえっ!!
………ドーヴァーに沈んでまえっ!
………って!!!!
「うあああああ~~~!!!!!!」
絶叫して受話器をガチャン!!と乱暴に置くと、スペインはイングランドの休む寝室へ飛び込んだ。
「アーティっ!誤解やっ!!違うねんっ!!!」
そう言って窓際に立ってぼ~っと外を見ていたらしいイングランドを抱きしめると、イングランドはいきなりの事にぽかんとして、コクン、と、不思議そうに小首をかしげたが、すぐに自分からぎゅっとスペインの背に手を伸ばして抱きついてきた。
そして…すぐ少し身体を離すと、スペインの手を取って、しばらく泣きそうな…どこか躊躇しているような様子を見せる。
しかしやがて決意するようにきゅっと目を固くつぶったあと、スペインの手に指でなにか書いている。
へ??
いきなりのことに頭がついていかない。
一瞬書かれた言葉を脳内で反復する。
いやいや、ここで、いきなりその言葉はありえへんわ。
俺、どんだけ都合よい妄想してんのや。
と、心の中でその考えを否定するが、さらにその否定を否定するように、イングランドはおそらく羞恥でか赤く染まった顔をあげ、潤んだ瞳でスペインを見上げると、声が出ないかわりに形で言葉が伝わるように唇をゆっくり動かした。
――…抱・い・て・く・れ
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