もちろん手入れはきちんとなされていて、ただ、万が一現代の記憶がなかった場合に、中世で生きてきたイギリスが少しでも不安を感じないように…という、日本の実に細やかな心配りゆえのチョイスである。
スペインの記憶をたどり、わざわざ用意させてくれた天蓋付きのベッド。
治療だけは血が過剰に流れないように現代風に。
そしてそのベッドには、日本がそれも再現させてくれた、当時よく着させていたような白いレースをふんだんに使った寝間着を着て、最愛の花嫁が横たわっている。
命に別状はない…そうは言っても現代風に多少は苦痛も和らげられる治療を施されているにも関わらず、大量の血を流す細い身体は全体的に青ざめて、時折苦痛に顔がしかめられる。
あの当時…ともすれば自国にいるほうが蔑ろにされがちだったイングランドは、これよりもっと酷い状態で、薄情な夫を恨んでいたのだろうか…。
「…堪忍な……ほんま堪忍…」
汗で額にはりついた短い金色の髪をはらってやったままの勢いで青ざめた頬をソッとなでると、昔いつもそうだったように、イングランドはスリっとその手に擦り寄ってくる。
その懐かしくも可愛らしい様子に胸が愛しさに痛くなる。
ほんま…あの頃の俺、百ぺん死んどけや……
さぞや苦しかっただろうし、痛かっただろうし、何より心細かっただろう。
あの時こそ他の何があろうと、罵られようと、蹴り飛ばされようと、側にいてやるべきだったのに…。
「今度こそは親分が絶対に守ったるからな…」
泣きそうな気分でそう言ってスペインがその汗ばんだ額にくちづけた瞬間、目を開けた愛し子の長いまつげがスペインの顎先をくすぐった。
ぱちりと開いた大きな丸い目。
ありえないほど童顔で、外見年齢23歳の今でもティーンにしか見えないくらいだ。
本当にティーンのこの頃は、本当にあどけない顔をしている。
「痛い思い、怖い思い…悲しい思い…何より心細い思いさせて堪忍な…。」
言葉と共に涙がポロリと落ちた。
愛しくて悲しくて胸が締め付けられる。
記憶も過去にさかのぼっているのか、何故こうなったのか……etc.
プロイセンに確認するように言われていた事もすっかり頭から吹っ飛んで、ただただもう愛しさと申し訳無さと憐憫と…色々な感情がグルグルと頭を回って、それ以上の言葉が出ないし、涙も止まらない。
目の前でいきなりしゃくりをあげるスペインをイングランドは丸い目をさらにまんまるくして見上げていたが、やがてまだ小さく華奢な白い手がスペインの目元に伸びてきて、細い指先があふれる涙をすくった。
「…イングラテラ?」
と、その手を取って涙をぬぐって改めてその可愛らしい顔を見下ろすと、イングランドは困ったような顔でパクパクと口を開閉している。
――泣くな…
そう言っているように動く唇からは、しかし声が出ていない。
ふざけているようでもなければ、怒っている様子もない。
ただ困ったように…まるで泣いているスペインを心配するかのように、少し眉を寄せて、何度も何度も――泣くな…――と言うように口をパクパクしている。
「自分……声…出えへんの?」
今がそうなのか、この頃は敗戦の影響が声帯にまで及んで声が出なくなっていたのか……それすらもスペインは知らない。
声がでないらしい事ももちろんだが、その頃どういう状態だったのか、今までずっと知らなかった…いや、今でさえわからないことに今更ながら気づいて、それがひどくショックだった。
0 件のコメント :
コメントを投稿