本田菊の策略_5

この少年がイングランドだとして、今のイギリスはどうなったのか?
いや、背広を着ているということは、今のイギリスが若返ったということなのか?
いったい何故?
今までそんなのは聞いたことはないが、疲労が限界をはるかに超えて貯まると、国は昔の姿に戻ってしまったりとかいうことがあるのだろうか……。


意識を失ったままのイギリスを迷うことなく同じ階の自分の部屋へ連れ帰って、スペインはとりあえず、イギリスが着ているブカブカすぎる背広を脱がせてやる。

ワイシャツだけになったその細い身体にふと触れると、肩口に濡れた感触。

…え?!!
赤く染まった自らの手に改めて視線を落とすと、少年の薄い肩口から赤い血がにじみ出てワイシャツを染めている。

怪我…しとったんかっ!!
慌ててワイシャツを脱がせて止血をするが、血が止まらない。
どないしよ…血、止まらん……

本気で頭の中が真っ白になってパニックを起こしかけた時、ふいになる携帯。

『おい、イギリスどうだった?』

動揺していて相手も確認せず出た電話だが、そこから聞こえる聞き慣れた声に緊張の糸がぷつっと切れて、スペインは泣き崩れた。

「ぷーちゃん…どないしょ。血ぃ止まらん。止まらんねん…。」

『ちょ、血って…っ?!待てっ、今お前どこだ?!すぐ行くからっ!!』

「エレベータでイングラテラ倒れとったから俺の部屋連れて帰ったんやけど、血ぃ出てて…止血しとんやけど止まらへん。
俺のせいなん?一人で帰したから?この子死んでまうん?」

『落ち着けっ!今お前の部屋なんだな?!すぐ行くからとりあえずじっとしてろっ!』

しゃくりをあげながらの要領を得ない説明からも必要な情報を読み取ってくれたらしい。
本当にすぐ、数分後に部屋のドアがノックされた。

部屋につくと号泣しているスペインを押しのけて、プロイセンはベッドに寝かせている少年の前に膝まづいて、血がにじむ肩を確認していたが、やがてスペインを振り返った。

「これ…お前がやったわけじゃねえよな?」
と確認を取ると、
「当たり前やんっ!親分がイングラテラに手ぇあげるなんてありえへんわっ!
エレベータの中で倒れとったの連れて帰って上着脱がしたったら血ぃ出とったんや」
と、スペインが泣きながら、それでも叫ぶ。

「ん…なるほど…」

プロイセンは少し顎に手をあてて考え込んだ。

「俺はあんま昔から親しくしてたわけじゃねえからわかんねえんだけど、お前、これいつ頃のイギリスかわかるか?」

「…?たぶん…やけど、うちと同盟結んどった頃や。
親分と結婚しとった頃の……」

「…とすると…あれか、1557年の代理戦争か…」

「え?!」

一番触れられたくない自らの過去を口に出されて、スペインはその場に凍りついた。
しかしプロイセンは良くも悪くもそんなスペインに配慮する事なく淡々と続けた。

「たぶんな、お前も経験あると思うけど、この傷は物理的な傷じゃねえ。
国に大きな変化があって国体に影響を及ぼしてる時の傷だ。
お前が言うとおり今のこのイギリスが16世紀のアルマダより少し前くらいの時期のイギリスなんだとしたら、あり得るのはお前んとこの代理戦争でカレーをなくした時の傷だろ。
だとしたら…だ、普通に止血しても当然治りゃしねえし、でもあれでイギリスが消えてねえってことは、放っておけば自然に癒える傷だ。
まあそっちは心配することはねえ。
問題は…だ、今イギリスがどういう状態なのか、だな。
若返ったのは身体だけなのか、精神もなのか。
なんでこんなことになってんのか。
それによって対処も変わるよな……」

あの時の…謝るどころかいたわる事すら面と向かって出来なかった頃のイギリス……。

これは…神様がくれたやり直しのチャンスなのではないだろうか!
「…親分が面倒見るわ。」

「は?」

「だって…この頃のこの子知っとるの親分だけやん。」

「いやでも…」

「この頃のこの子は親分の嫁さんやったんやで?!
親分が面倒みんと、誰が見るんやっ!」

「いやいや、だからさっきも言った通り、精神も若返ってるとは限ら…」

「そうと決まればとりあえずこの身体やし動かすのも可哀想やから、当座暮らす場所日本ちゃんにお願いせんとっ!!」


…だめだ…こいつもう何も聞いてやしねえ…。

プロイセンは片手で顔を覆って、天井を仰いだ。

確かに日本に言えば喜んで家くらい用意するだろうが……ああ、もういいか。
どうせお互い嫌われていると信じ込んでいる両片思い。
良くはなってもこれ以上関係が悪くなることはないだろう。

ジジイ…すげえ浮かれるだろうな…。
真剣に心配してんのなんざ、俺様くらいなもんじゃね?
そんな事を考えながらも、おそらくスペインが自分で言えば要領を得ないであろう現状の説明を代わってするため、プロイセンは今日何度目かのため息をつきながら、日本の携帯に電話をかけたのだった。



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