本田菊の策略_2

SIDE:S


スペインはイギリスが好きだった。

はるか昔、まだレコンキスタの真っ最中にフランスで召使をさせられていた小さな子どもだった頃のイギリスに初めて会った時から…。

その思いは数百年後、お互いの上司の婚姻による国同士の婚姻によって成就したかのように見えたが、その後国同士の関係が破綻。
スペインの初恋はそこで破れたのだ。

いまでは視界に入れば嫌そうに目をそむけられるくらいに嫌われている。
だから世界会議は辛い。
誰だって好きな相手から嫌な顔はされたくはない。
会いさえしなければ、昔の懐いていてくれた頃の想い人に思いをはせて幸せな気分に浸ることだってできるのだから。


それでもたまには本物に会いたい。
顔を見たい。
笑顔ならなおよし。
例えそれが他の相手に向けられているものだったとしても、あの成人したというのに変わらぬあどけない可愛い笑顔に罪はない。
もちろん、向けられている相手は盛大にむかつくことは当然といえば当然ではあるが…。

遠くからイギリス補給…そんな目的で毎回世界会議に赴くスペインだが、今回は呑気にそんな事をしている場合ではなかった。

イギリスが…あの真面目で多少忙しくともいざ会議となれば全く疲れなど見せず、正確な資料の元きちんきちんと適切な意見を述べる、ドイツと共に踊る会議の中の羅針盤となっているイギリスが、体調でもわるいのか眠れてないのか目を真っ赤にして、心ここにあらずといった風情で、ため息をついている。

あのイギリスが…仕事命のイギリスが隠し切れないほどの体調の悪さを見せているのに、何故誰も休めと言わない?!
嫌われている自分が言ってもおそらく聞いてはもらえないだろうが、フランスや日本あたりが言えば、きっと休んでもらえるだろうにっ!




(そう言えば…一緒に暮らしてた頃もずいぶんと身体弱いのにすぐ無理して悪化させる子ぉやったなぁ…)

500年ちょっと前、イギリスの皇太子にスペインの王女が嫁ぐ時に同行し、そのまま国同士も書類上婚姻関係を結ぶことと相成ったわけだが、そこでスペインが改めて知ったのは、フランスの支配を抜けだして、こうして覇権国家である自分と婚姻を結べるまで上り詰めるために、このまだ小さく弱い島国は血の滲むような努力を積み重ねていたということだ。

寝る間も惜しんで働いて働いて…もちろんまだ少年期を脱していない身体は、人間よりは丈夫な国体であっても、疲弊し、最終的に倒れて、しかし意識が戻るとまた無理をする。

そんな幼い花嫁が痛々しくて、甘やかしてやりたくて、それでもイギリスの自国にいれば仕事から離す事ができずに、スペインは仕方なくしばらくスペインの国の方へイギリスを連れ帰った。

着心地の良い上等の服を与え、美味しいものを食べさせ、綺麗なもの、音楽を見せ、聴かせる。
イギリスに居る頃は手入れもしていなかったピョンピョンとはねた髪も、自ら洗ってやり、丁寧に乾かし、香油を塗ってやると、まるで絹のようにつややかで羽毛のように柔らかくなった。

青かった顔色に少しずつ血の気が戻り、最初は緊張するばかりだった顔に、安心しきったような表情が見え隠れするようになるのが嬉しかった。

今も出来るならこんな会議なんか放り出して、自宅に連れ帰って、自宅の畑の新鮮なトマトを始めとする野菜を使った美味しい料理を食べさせて、ゆっくり休ませてやりたい。

あの頃のイングランドなら、それが王宮の贅沢な物でなくとも、きっと喜んでくれただろう。
あの子は高価な宝石よりも、自分が頭を撫で、抱きしめておやすみのキスをしてやる事の方を喜ぶような子だったから。

思えばあの子の心が離れてしまったのも、スペインの国が自国の利益のために、同盟関係であるのを良い事にイングランドを捨て駒のようにフランスとの代理戦争に駆り立てた事が原因だった。

必死にとめたものの結果的にはそれを止める事の出来なかった無力な自分。

結婚してから、もうイングランドは自分の嫁になったのだから、守ってやるから、安心して甘えて良いから…そう言い続けた挙句のこの体たらくが情けなくもあったし、それで傷ついて衰弱しきっているであろうイングランドを目にするのも、あの信頼しきっていた目が失望しきった不信の眼差しに変わるのを見るのも怖かった。

だから見舞いの品は送っても、忙しさを理由に会いにはいけなかった。

誰よりも愛情を求めて飢えていたあの子に愛想を尽かされても当然だ…。

でも言い訳をさせてもらうなら、それだけ好きだったのだ。
あの子に嫌われるのは自身の身を切り刻まれるより辛いし怖かった。
あの子は異教徒との戦いに明け暮れて疲れきった自分が唯一見出した聖域、癒やしだったのだ。

それは今でも変わらない。

覇権から転がり落ちて衰退していく惨めさ、一緒に攻め入った友から裏切られて乗っ取られた悔しさ、ままならぬ経済に内職に明け暮れる日々…そんな諸々があってなお、国で居続けたい、生き続けたい、そう思えたのは、生きていれば遠目にでもあの子を見ていられるからだ。

あの子が何かで消えてしまったなら、もう自分の生なんて何の意味もない。
その瞬間、消えてしまっても構わない。

そんなスペインからすると、今のイギリスの状態は世界の問題を論ずる会議なんてどうでも良いくらいの大問題だ。

クソひげっ!ちゃっちゃとあの子に休むように言わんかいっ!!
日本ちゃん、主催で忙しいのもわかるけど、あんなに体調悪そうにしとるあの子に気づいたってっ!
アホメタボっ!!体調悪いあの子を余計に疲弊させるような馬鹿げた妄想を意見として口にすなっ!!!
こうして3日間、イライライライラとして過ごす。




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