SIDE:E
イギリスはスペインが好きだった。
はるか昔、まだ子どもの頃にフランスで召使をさせられていたところに初めて会った時から…。
その思いは数百年後、お互いの上司の婚姻による国同士の婚姻によって成就したかのように見えたが、その後国同士の関係が破綻。
イギリスの初恋はそこで破れたのだ。
いまでは視界に入れば嫌そうに目をそむけられるくらいに嫌われている。
だから世界会議は辛い。
誰だって好きな相手から嫌な顔はされたくはない。
会いさえしなければ、昔の優しかった頃の想い人に思いをはせて幸せな気分に浸ることだってできるのだから。
それでも今回の世界会議は日本で、主催国として忙しいので手伝って欲しいと言われて一緒に動いていれば、そんな辛い気分も紛れて、少し楽しい気持ちになれる。
それをわかっていて、あえて“お願い”という形を取って、自分と一緒にいるように取り計らってくれる日本は、自分にはもったいないくらい良い友人だと思う。
いつもいつも感謝をしている。
もうすぐそんな大事な親友の誕生日だ。
「もう1月も終わりだから…もうすぐ日本の誕生日だな。」
どんなものが欲しいのか知りたくてさりげなく話題を振ると、いつもならくすぐったそうに微笑んで『もう祝う年でもないんですけどね』などと言う日本が、少し困ったように小さく息を吐き出した。
「どうした?何か悩み事でも?」
イギリスの悩みはいつも聞いてくれて慰めてくれる日本だが、自分の辛い事、苦しい事は口にしないし、表にも出さない。
そんな日本が今まるで悩んでいるような様子を初めてくらい自分に見せてくれているのだ。
ここはぜひ力にならなくてはっ!
イギリスが内心勢い込んで、しかし表面上は平静を装って聞くと、日本ははぁ~っとまたため息をついた。
「いえ…私の誕生日の翌日ってスペインさんのお誕生日じゃないですか…それでちょっと思い出したんですが…」
いきなりいつも気にしている人物の名前を出されて、ドキっとするが、それでもイギリスはなんとか平静を保ち続け、聞き返す。
「それで…何か?」
敏い日本でも犬猿の仲と思われている相手へのイギリスの恋心など知らないだろうな…と思っていると案の定で、日本の言葉は
「あまりスペインさんを快く思っていらっしゃらないイギリスさんにお聞きできる事でもないんですが…」
と続いた。
いやいや、快く思っていないどころか、嫌われても今だ捨てられない恋心を引きずって早数百年だ。
まあ、そんなことは到底言えないので、
「いや、数百年前だけど一時結婚してた事もあるくらいだしな。
もしかしたら役に立てる事もあるかもしれないぞ?」
と、話を持って行ってみると、
「本当ですか?!」
と、日本が目をキラキラさせてイギリスを見上げた。
まあ…今現在の関係を考えるとあまり期待されても困るのだが、いざとなったら今でもスペインと仲が良く悪友と一括りにされるフランスやプロイセンとは交流がある。
あのヒゲに頭を下げるのは忌々しいが、蹴りを入れていうことを聞かせるという手もある。
プロイセンなら普通に頼むのもやぶさかではない。
それより何より、初めてくらい日本が自分に頼って来たのだ。
これをきかないという手はない。
もう手段は選ばない。
あいつらをどうとでも使えばいい、と、イギリスがうなづくと、日本が、『実は…』と、切り出した。
――スペイン人の本当に好意を持っている相手への愛情の示し方について知りたいんです。具体例が欲しいんです。
日本の口から出てきた言葉に、ああ、それは自分では無理だ…と思った。
はるか昔…スペインの王女が自国の皇太子に嫁いできた時代なら少しくらいの好意を持たれていたかもしれないが、今は愛情どころか嫌悪感を持たれている状態だ。
それでなくても他人に好かれる術などわかっていれば、こんなに世界中から嫌われてなんかいない。
それでも
「春先にちょっとしたイベントがありまして…そこで発表する作品に、どうしても必要なんですよね…。
執筆に取られる時間を考えれば大勢のスペイン人にリサーチをする時間的余裕はありませんし、スペインという国そのものであるスペインさんなら、総合的にわかると思いまして…」
と、真剣な目で言われれば、出来ないとは言えない。
真面目な日本のことだ。
きっと国際社会についてのシンポジウムか何かの発表なのだろう。
そうとすればいい加減な事も出来ない。
一番確実なのは、スペインが溺愛しているロマーノあたりに聞くことだろうが、自分は彼に恐れられていて、話そうとすればにげられることうけあいだ。
仕方ない。
大切な大切な親友のためだ。
背に腹は変えられない。
「おい、ヒゲ。ちょっと話がある。
メシ付き合え。奢るから。」
イベントまではスペインについて調べていることについて知られたくない…だから特別信用している親友にだけ話したのだ…そう言われれば、理由を言えない以上、プロイセンに聞くという選択はない。
意外に真面目な奴だからプライバシーも気にするし、口を割らないだろう。
そうするともう残るはフランスのみだ。
仕方なしに会議も最終日の今日、大方の国が退出後も残っていたフランスに声をかけてみたのだが、いつもなら二つ返事でついてくるフランスが、
「え?今じゃなきゃダメ?お兄さん実は今日は先約があって…。
急ぎじゃないなら明日家に来ない?
お前の好きなマカロン焼いといたげる。夕飯も食べてくでしょ?」
と少し困ったように眉尻をさげた。
スペインについての話題を振る…それだけでイギリスに取ってはすごく勇気が必要で…今日それをするのだとかなり気を張っていたため、断られてガックリとする。
出来れば…早く終わらせたい。
「…どうしても…ダメか?」
普段ならあっさり引くところではあるが、本気で日を置いたらその分また勇気がなくなりそうで怖い。
実際、この件を日本から頼まれたのが会議前日で、もうその3日後の最終日ということは、これを言い出すまでに3日間、思いつめすぎて眠れず、それでもようやく決意をしたのである。
出来ればこれ以上引き伸ばしたくない…。
そんな思いでついついフランスの背広の裾を掴むと、フランスは少し目を丸くして、それから
「仕方ないね。いいよ。ちょっと断ってくるから待ってて。」
と、軽くイギリスの頭にポンと手を置いて苦笑した。
そう、なんのかんの言ってフランスは自分に甘い。
その言葉に、とりあえず向こう1ヶ月はフランスを殴るのはやめておこうと、イギリスにしては最大限感謝をしてうなづくが、そこでいきなり空気が氷点下まで冷え込んだ。
「…自分何様なん?甘ったれた声出して、何、その手?昔の可愛らしい容姿の頃ならとにかく、成人とうに越えたおっさんがキモいわっ。自分なんかドーヴァーに沈んでまえっ!海の泡になって消えてまえっ!!とにかくその手ぇ離しっ!」
一瞬目の前が真っ暗になって倒れるかと思った。
いつのまに来たのかそこにはひどく冷ややかなオーラをまき散らしたスペインが立っている。
そこから少し後方に慌てた様子のプロイセンの姿。
ああ、もしかして今日は悪友達で飲む約束をしていたのか…と、今更ながらに思い当たった。
それを破って自分に付き合えという事を言ってしまったなら、それでなくても自分を嫌っているスペインは怒髪天だろう。
もう嫌われるだけ嫌われているから今更といえば今更だが、それでも目の前でここまでの嫌悪を示されるとさすがに辛い…。
鼻の奥がツンとして、目元が熱くなってくる。
潤みかける視界にあわてて目元に片手をやれば、
「大丈夫か?」
と、気遣わしげな声。
「体調悪いなら俺様送ってくぞ?」
と、言うのは、不憫仲間と言われるが、実は友人知人も多いプロイセン。
悪友3人の中では一番好意的に接してくれて、和やかな関係を築いている相手だ。
他の状況なら甘えてしまっても良いのだが、今はおそらく3人の約束が反故になりそうな事に怒っているのだろうスペインの機嫌をさらに下降させるだけなので、
「サンキュ。大丈夫だ。部屋はこのホテルだし、一人で戻れる」
と、無理に笑みを作って、返事を待たずに会議に使っていたホールを出た。
(…そっか…そうだよな…)
そのまま早足で廊下を通り、エレベータに乗って自分の部屋のある12階のボタンを押してドアが閉まると、イギリスはそのままそこにしゃがみこんだ。
(昔の可愛らしい容姿の頃ならとにかく…か。)
昔の…というのはいつ頃を指すのかはわからないが、イギリスが自分に優しかったスペインの姿を覚えているのは、確かスペインの王女がイギリスの皇太子に嫁いで来た頃だから、およそ500年ちょっとくらい前か…。
もし自分がその頃の容姿で…気持ち悪いと言われるような声を出さなければ、あるいはもう少し嫌われずに済むのだろうか…。
――500歳ばかり若返って…声が出なければ良いのか……
おそらく寝不足もあってボ~っとしていたのだろう。
ああ、それで万時解決か。
フランスに約束を破らせず、スペインを怒らせず、もしかしたら警戒させずにロマーノに話を聞く事くらい出来るかもしれない。
いいことだらけだ…と、ぼんやりと思った瞬間、イギリスは何も考えずにステッキを振ってつぶやいていた。
――ほあたっ☆
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