ドイツ主催の3日間続いた会議が終わり、ギルベルトはホッと一息ついた気分で後片付けにいそしむ。
本来はドイツも一緒のはずだが、この会議中、主催国と言う事もあって胃薬片手にやる気のない面々を相手に頑張っていた弟はいい加減休ませてやりたい…
そう思って、あとは自分がやるからイタリアと食事でも行って来いと、半ば強引に追い出したので、帰っても1人だ。
まあ途中からどこかへ合流しても良いのだが、面倒くささが先に立つ。
しばしば自宅警備員とからかわれるプロイセンだが、実は日々ドイツの仕事の補佐をしているため、その生活形態はサラリーマンとたいして変わらない。
朝起きて鍛練をしてシャワーを浴びて食事、その後スーツに着替えてドイツと共に仕事へ。
日中はドイツの補佐的な仕事をしつつ、帰宅はドイツと共に。
その後、夕食を摂ってからは自由時間と言えば自由時間だが、ドイツに少しでも健やかに仕事をさせてやるために洗濯は各自だがその他の家事は引き受けているので、地味に忙しい。
日々凝った物は作れないまでも、食卓が寂しくならないようにと、時間の許す限り燻製や各種ソースなどは作って冷凍しておく。
ドイツ兄弟の自宅の冷凍庫はそんな自家製の食べ物やソースがきちんと整頓されて並んでいるのが常だ。
だが、食物というものは摂取すれば当然減って行くので、休日に食材を買い足し、その後の時間や、平日でも時間のある時に下ごしらえや加工を済ませて補充しておくことにしている。
実は多彩で几帳面なギルベルトの性格が、ドイツ兄弟の家の食卓を支えていると言っても過言ではないのだ。
なので、今日のように中途半端に時間がある時は、無理に他人と遊ぶよりはそういう生活を整えるための時間に費やすのが吉だ。
そんな考え方が、プロイセンを“1人楽しすぎる男”と言わしめている一因ではあるのだろうが、本人はそれを変えるつもりは毛頭ない。
公けには他人に評価されると言う事は必要だが、プライベートまで他人に評価される必要はない。
そんな割り切りが彼の彼たるゆえんである。
なので今日の帰宅後は買い置きの肉でベーコンの仕込みを終わらせようと、そんな事を考えながら、プロイセンは鼻歌交じりに片付けを終え、最終確認をと会議室へと戻った。
こうしてすでに国体達も皆帰ったであろう会議室に向かうプロイセンは、もうすっかり仕事タイム終了の気分になっていたが、薄暗くなってきた廊下を部屋の方へと歩いて行けば、何故か会議室にはまだ明かりが灯っていた。
(…まだ誰か残ってやがるのか…)
みんな会議が終わるとすぐ誘いあって帰っていくので、いつもなら最後に出る人間が電灯を切ってくれているのだが、付いていると言う事は消し忘れかそれとも誰かが残っているか……
一体誰が?
不思議に思いつつギルベルトが部屋を覗くと、誰もいない会議室の自分の席に力なく座る小さな影。
「お~、まだ残ってたのか?なんか忘れモンか?」
残っていたのはイギリスの国体。
小柄で童顔で一見可愛らしい感じなのだが、これがなかなかしっかり者で、かつては七つの海を制覇した事もある元覇権国家。
現在はヨーロッパでも有数の経済大国だ。
ところが、これが忘れ物キングと呼ばれるほどにあちこちに忘れ物をする事で有名な相手でもあるので、てっきりそれかとおもいきや、いきなり聞こえてきたらしいプロイセンの声にあげた顔は涙で濡れている。
「へ?おまっ…どうした?!何かあったか?!」
泣いている事はしばしばあるが、その場合はたいてい怒りすぎて感情が高ぶって泣いているので、泣くと言うより泣きわめいているというのが正しいくらいで、こんな風に声もなくぽろぽろと悲しそうに泣いているのは初めてだ。
さすがに何かあったのかと駆け寄って行くと、こちらも誰か来るとは思っていなかったのだろう。
思いがけず部屋に入って来たプロイセンにイギリスの方もびっくりしたらしく、大きな目がまんまるになる。
そして驚いた顔でプロイセンを見上げ、そして自分の状態にハッとしたのか、慌てて手の甲で涙を拭った。
「あ~、赤くなるからやめとけっ」
と、プロイセンはイギリスの手首をつかんでそれを止めると、空いている方の手をポケットにつっこんで自分のハンカチを出して拭いてやる。
「わ、わるい…」
と、焦るイギリスに
「気にすんな。いつもお前気ぃはりすぎなんだよっ。たまにはに甘えとけっ」
と、プロイセンは笑ってみせた。
さきほどまでは踊る国々の中で毅然と正論を吐いていたくせに、思わぬところで見せるいとけない子どものような姿がなんだか可愛らしくて、プロイセンはイギリスの手首を掴んでいた手を放すと、今度は頭をクシャクシャ撫で回す。
プロイセンにしてみればそれは当たり前のスキンシップなわけだが、イギリスは何故か硬直した。
「…イギリス?」
無言で硬直するイギリスが心配になってプロイセンがその顔を覗きこむと、イギリスは頬を真っ赤に染めてきゅっと唇を噛み締めてる。
「お~い、大丈夫か?どうした?なんか気に触ったか?」
硬直したままのイギリスの顔の前で手を振ってみると、イギリスはハッと我に返ったように、ぶんぶんと首を横に振った。
「いや…なんでもっ…」
「なんでもねえって感じじゃねえんだけど?」
「いや…あの……」
つい追求すると、イギリスは少し困ったように眉尻をさげて口ごもった。
「…だいたい頭に手が伸びてくる時って殴られる時だったから………」
「……はぁ?…俺に…か?」
「いや、誰にでも」
「…俺様殴った記憶ねえんだけど?」
「…ああ、お前は…な」
と、イギリスは少しうつむいて、何かに耐えるように唇を噛み締め、泣きそうな声で
「…俺は周りから嫌われて距離を取られてるし…な……」
と、うなだれた。
そこでまたじわりと溢れる涙を拭いてやりながら、プロイセンはああ、もしかして…と、思い出した。
「もしかして今日の会議後のアメリカとか?」
確か今日の会議直後、どうやら約束していたらしい日本がイギリスに駆け寄ってくると、割りこんでくる超大国。
それに誘われなかったと落ち込んでいるのか。
しっかりしているようで案外可愛いとこあるじゃねえか…と、思わず笑ってクシャクシャとまたイギリスのその小さな頭を撫で回すと、
「何もアメリカが行くなら行かないじゃなくて、じゃあアメリカも一緒に行くかって3人で行けばいいんじゃね?
お前は日本ともアメリカとも仲いいんだからよ」
と言った。
実際プロイセンもしばしばそんな風に飛び入り参加をする事もある。
しかし、このしっかりはしていて必要で言うべき事はきちんと言える国体は、ことプライベートとなると意外に積極性にかけていて誘ってもらえないと自分からははいっていけないのか…と、微笑ましく思ったが、イギリスはもう涙も隠さずにポロポロ泣きながら首を横に振った。
「俺はそう言ったんだ…。
そしたら…『日本がいるのに君と食事なんて行きたくないんだぞ』って……。
前も…っ……そんなことあって……っ……」
普段抑えている分、表に出してしまうと止まらないのだろう。
とうとうしゃくりをあげ始める。
あ~…とプロイセンはため息をつく。
アメリカはもうわかりやすくイギリスの事が好きだ。
だからその『日本がいるのに君と食事なんて行きたくないんだぞ』の言葉の真意は、
『日本がいるから日本とイギリスを同席させたくない』
もっと言うなら
『自分以外の誰かをイギリスと同席させたくない』
なんだろう。
傍目から見るとだだわかりなそんなアメリカの焼きもちに、しかしながらイギリス本人だけ気付いていない。
まあ…ここでそれを言っても信じないだろうし、他人の気持ちを勝手に暴露するのはルール違反だと思うわけなのだが…そうするとイギリスはこうやって1人泣くんだろうなと思うと放っておけない。
元が兄気質のプロイセンの頭は自然に面倒見の良い兄貴モードになっていった。
「あ~…とりあえず送ってくから帰り支度しろ。
で、帰る道々話聞いてやっから」
これは…目の腫れが収まるまでは一緒にいて最終的にイギリスのホテルまで送ることになるか…。
とすると、今日やろうと思ってた塩抜きして干しておいたベーコン用の豚肉燻すのも、来週用のベーコンの下ごしらえも、ストックが切れてたソース作りも明日朝に持ち越しか…。
などと、今晩やろうと思っていた作業を明日にシフトする事を考え始めていたが、イギリスはクシクシと目元を拭うと、おそらく無意識なのだろう。
片手はハンカチで涙を拭いながら、空いている方の手でおずおずとプロイセンのスーツの裾をつかむ。
これは…うん、何か誘えってことだよな…。
自分自身は国の中では若い方だが弟がいて、昔から色々なタイプの面倒を見続けてきたプロイセンはなんとなく察した。
おそらく自分だけ一人だという事が悲しいのだろう。
だが今日の分の作業を全て後ろ倒しにするのは少しつらいな、とも思う
さて、どうするか…。
「あのな…実は俺様も今日ルッツの代わりに後片付けとかやってて時間読めなかったんでこのあと誰かと合流とかする予定なくて…だな、家帰って適当に飯でも食おうと思ってたから、なんならうち来るか?
話してえならその方が落ち着くし」
「プロイセンの家…か…?」
思いがけない言葉だったのだろう。
イギリスは一瞬ポカンと呆けて、それから少し俯き加減に照れたように笑った。
「俺…会議後に誰かの自宅に招かれるのなんて初めてだ……」
「おう、そうかよ。じゃ、来い」
「ああ」
クシャクシャっとまたイギリスの頭をなでながらプロイセンが言うのに、イギリスは嬉しそうにうなづく。
そして
「すぐ支度するっ」
とコートを身につけ始めた
その様子は非常に嬉しそうで
(こいつも相手がフランス以外なら、こっちが素直に誘えば割とこうやって素直に応じんのにな…)
と、おそらく自分と2人きりで食事に行きたくての発言でイギリスを落ち込ませたのだろうアメリカの事を思う。
まあ、自業自得なので何か言ってやる義理はさすがにないわけなのだが……
プロイセンがそんな事をつらつらと考えているうちに、帰り支度が終わったらしい。
「待たせたなっ」
と、心持ち嬉しそうな弾んだ声で、カバンを手にイギリスが駆け寄ってくる。
「おう、じゃ、鍵を戻したら帰るか。」
プロイセンは椅子に置いてあった自分のカバンを持つと、そう言ってイギリスと二人、会議室をでて帰路についた。
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