罠
(夜中にこっそりなんて、ホント怪しい奴みたいだよね…)
(しゃあないやん。見つからないようにやらなあかんし)
(…こんなもんでいいか?)
(…ああ、そんなもんか…)
(植木鉢…もってきたよ)
(おっけぃ、それに土少し入れてくれ)
(あとは…朝を待って、外出許可取るだけだな…)
「しっつれいしま~す。」
金曜日の朝、ギルベルトは職員室へと向かった。
手には一枚の紙、外出許可申請書。
週末でも校外に出るときにはこれが必要となるのだ。
それを自分のクラス1年B組の担任のジョンソンに提出。
「買い物か…。どうした?欲しい参考書でもあるのか?」
基本的にギルベルトはあまり外出はしない。
勉強に必要なものに関してはたいてい学校に揃っているし、日常に必要なものは養父母が送ってくれる。
それ以上にこれといって物品が必要になるような趣味を持たないので外出する必要があまりないのだ。
なので、今回はそれを珍しく思った担任がそう言うと、ギルベルトは少し考え込んで、チラリとドア側の担任のデスクとは遠くにある地理の教師で園芸部の顧問ルイスの様子を伺う。
「どうした?ルイス先生が何か?」
「いや…あの…」
「…何かやらかしたのか?」
割合と砕けた性格で有名なジョンソンは、ばつの悪そうな教え子の様子に、苦笑しつつ
「黙っといてやるから、言ってみろ」
とうながした。
「いや、実は…植物って冷たいもんとかかけたら枯れちゃうって知らなくて…なんか俺、11月頃に氷をぶちまけて食堂裏の花壇の花枯らしちゃったみたいなんすよね。
謝る前に枯れた花とかは取っ払われてて今冬だからなんも植えてないみたいなんですけど、こっそり土だけ植木鉢にもらってきて部屋においてあるから、種買ってきて来年植えられるようなもん育ててそれ手土産に謝ってこようかな~と思って。」
その告白にジョンソンは笑って言う。
「あ~そうなのか。先生も知らんかったわ。しかしお前も律儀だな。11月ならどうせ花も枯れる時期だっただろうし、なんなら俺が一緒に謝ってやろうか?」
「いえ、とりあえず自分のやったことだし、種の事も育つまで秘密にしときたいんで、内密にお願いします。」
「おう、頑張れよ。」
ドン!と背中を軽く叩かれ、送り出された。
「これで仕掛けは完了やな。」
職員室を出てくるギルベルトに、アントーニョがにやりと笑って声をかけた。
「…今晩は二手に分かれるか?」
「そうやねぇ。じゃ、俺とあーちゃんは花壇行っとくわ。」
「じゃ、俺はフランと俺の部屋待機だな。」
パンと互いに片手を叩くと、そのまま二人はそれぞれの教室へと帰っていった。
これで今日明日中くらいには全てがはっきりするだろう。
(…あーちゃん、寒ない?平気?)
(…別に大丈夫だ。)
(…こうしてれば暖かいやんな?)
夜…窓から抜け出し食堂前の花壇に陣取る。
ゴタゴタのうちに有耶無耶になったが、あの日アントーニョが怒っていたのは確かだ。
結局怒っていた問題はクリアされたのだろうか…。
後ろからアーサーを抱え込み、自分のコートに一緒に包みこむようにして待機しているアントーニョを後ろ向いて見上げれば、その視線に気づいたアントーニョは
(…あんま見んといて…)
と、フイっと顔を背けた。
…やはりまだ何か怒っているのか?
そう思ってそれを口にしてみると、アントーニョがぽかんと目を丸くした。
そして何度か口を開きかけてはつぐみを繰り返し、最後にやっぱり顔を背けたまま言いにくそうに小声で言った。
――…やきもち…
え?
顔を背けているためアーサーからはよく見える耳が真っ赤だ。
――あーちゃん、いきなり知らん男と仲良さげやったから…面白なかってん。感情的とかは言い訳や。
みっともな…と、ため息をつく横顔が何故だか大人びて見える。
アーサーを抱え込む腕に少し力が入って、さらに距離が縮まった。
――初めて会うた時からずっと独り占めしたいって…俺ん事だけ見ててくれればええのにって思うとったけど、あーちゃん二人きりの時ですら俺ん事見てくれへんし…。なのにギルちゃんとは楽しそうに笑いおうとって、めっちゃ妬けた。
それって…まるで俺の事特別に好きみたいだよな…。
と、アーサーが苦笑すると、
――へ?
と、アントーニョは今度こそ言葉もなく呆けた。
――なんでそうなるん?この前のでも伝わってへんかったん?
そう詰め寄るアントーニョのあまりの勢いにアーサーも慌てて
いや、違うのはわかってるけど…
というが、
――わかってへんやんっ!
とツッコミがはいる。
――違わへんのになんで伝わらんの?!親分、あーちゃんの事"特別な意味で"好きやねんで?この世で唯一"恋愛的な意味で"やで?もうはっきり言わんとまた勘違いされそうやから先に言うとくけど…。いつも一番に守りたいし、大事にしたいし、触りたい、キスしたい、その先もしたい思うとる。そういう意味の“好き”や。
ええっ?!!!
――“ええっ?!!!”って、今まであれだけアピールしとるのになんで気づかへんの?
…だって…
――だって?
………お前…モテるし……なんで俺?
――あーちゃん……あんなぁ…1クラス38人、1学年2クラス76人おる中でわざわざ可愛い子好きなセクハラ教師に目ぇつけられとって、なんでとか言うん?
…あれは…特殊な嗜好持ってる人間だろ?だいたいその先ってなんだよ…俺見て勃つのかよ…
――特殊ちゃう。親分どんだけ自制しとると思うん?!今かてぎりぎりやっ!!
…へっ????
グイっと押し付けられたものは何故か固くなっている。
(あ~、もうあかんっ!)
クルリと体を反転させられて、背中に回った腕で全身を引き寄せられる。
呆然としているうちに、笑みが消えるとただただ端整な顔が近づいてきた。
吐息が触れる距離で
(一生大事にするから……ええ?)
と、ささやかれ、返事をする間もなく、綺麗な緑の瞳がまぶたの下に隠された。
うあ~うあ~うあ~~~!!!
とにかく動揺するアーサー。
しかしそこでハッとした。
(トーニョ、だめだっ!!)
――だめ…なん?
しょぼんと大型犬がうなだれているような様子は可愛らしくも可哀想な気がするが、それどころではない。
(じゃなくてっ!誰か来たっ!犯人じゃないのかっ?!ビデオ撮らないとっ!!)
――…ッチ……ええところやったのにっ!あとでボコボコにしたろかっ…
目的をすっかり忘れていたアントーニョだが、そこはさすがに仕事だ。切り替えてビデオを回す。
こうして犯人が作業を終えるまで1時間。
帰っていくその姿まで録画を終えて、撮影終了。
その頃には二人とも寒さでガチガチで震えながら部屋へと戻っていった。
「じゃ、今日でラストだな」
その日はギルベルトの部屋には誰も現れなかったらしい。
そして翌日の夜、4人はギルベルトの部屋に集合していた。
3人はそれぞれ、ベッドの下、ベランダ、シャワー室に隠れて待機、アーサーはギルベルトの部屋の椅子に腰をかけた。
こうして明かりを消して間接照明だけつけた室内。
4人は息を殺してそのときを待つ。
やがて…部屋主が外出中で、かかっているはずの鍵がカチャリと開き、ドアが開く。
侵入者は間接照明の明かりにぎょっとしたように一瞬足を止め、しかしそこに座って雑誌をめくっている人物に気づいてホッと胸をなでおろした。
「カークランド君、ここはバイルシュミット君の部屋では?何をしているのかい?」
かかった声でアーサーはゆるりと雑誌から視線を外して、相手に意識を向けた。
「ああ、ギルと共同研究のレポートを書く予定だったんですが、今日帰り遅いらしくて…帰りまで待っててくれって言われて、待ってるんです。」
にこりと微笑む様子はいかにも深窓の令息と言った感じで可愛らしい。
「ああ、そういえば今日レポート用に天体を観測したいと望遠鏡を貸し出し中だが、それかい?」
「いえ、俺が書くのは科学のほうですね。お互い実験は終わっていて、それを照らし合わせつつ書く予定で…。
先生も何かギルと約束を?」
「ああ。ちょっと植木鉢を探してるんだが…」
「植木鉢?ああ、そういえば出窓のところにありますね。それですか?」
「ああ。それだ」
男…A組の担任のスミスはそちらにチラリと視線を向けたが、そちらには向かわず、カチリと後ろ手に鍵をかけた。
「先生?」
きょとんと首をかしげるアーサーのほうにスミスはものすごい勢いで走りよってその腕を取り、そのまま後ろのベッドに引きずり倒す。
「な、なんですかっ?!」
いきなりの教師の奇行にただただ驚いて目を丸くするだけのアーサーの言葉には答えず、スミスは引き倒したアーサーの上に馬乗りになると、どこからか出した紐で両手首をしばった。
「なにするんですかっ?!!」
ここに来て本格的に暴れようとするアーサーの喉下に、スミスはナイフを突きつけた。
「運が悪かったね。せっかくバイルシュミット君が不在なのを知ってきたところに居合わせるなんて。
大人しくしててくれれば、命を取ろうとは思わないよ。
君には私がここに来た事を黙っていてもらわないといけないからね。
君の方にも黙っていて欲しいと思う秘密を作るだけだから…」
はぁはぁと荒い息が気持ち悪い。
いかにも仕方なくという言い方をしながらも、スミスは明らかに興奮しているようだった。
まとめて縛った両手首を片手で器用にベッドの枠に結びつけると、アーサーのシャツのボタンをゆっくりと外していく。
「何を……するつもり…です?」
青ざめるアーサーにスミスはニコニコと嬉しそうに笑った。
「大丈夫。先生は慣れてるから痛くはしないからね。
ただ君を一度抱かせてもらって、その時の写真を撮らせてもらうだけだよ。
君だって男に抱かれた事後の写真をばら撒かれたくはないだろう?」
ぞっとした。
気持ち悪さに叫びだしそうだが、なんとか耐える。
そして気力を振り絞って口を開いた。
「それは…先生がさっき言った植木鉢と関係があるんですか?」
確信をついているであろうその質問にも、誰も来ないという安心感からか、スミスは特に迷うこともなくうなづいて答えた。
「ああ、先生どうしても誰にも知られずにあの植木鉢を手にいれたいんだ。
それだけだからね。君さえ黙っていてくれれば、写真だって誰にも見せたりしないから…」
これでチェックメイトだ。
「もういいぞっ!!」
思い切り声をあげれば、隠れてた3人が一斉に姿を現した。
まずスミスに血相を変えて突進しかけるアントーニョからスミスを離すようにギルベルトとフランシスがスミスを左右から抱えてベッドから引き摺り下ろし、同時に
「アントーニョはアーサー頼むっ!縄といてやってくれっ!」
と、すかさずギルベルトが矛先をそらす。
この作戦を決めた時点で暴走したアントーニョが犯人を殴り殺さないようにと、フランシスとギルベルトで決めていた裏作戦だ。
そこでアーサーもそれを察して
「トーニョ、縄ほどいてくれ…早く…痛いんだ…」
と少し弱々しい口調で言えば、もう完全に対象はアーサーへと切り替わる。
「あーちゃん、もう大丈夫やで。」
と、縄を解いた上で、そっと抱きしめた。
「君たちは一体……」
縛られて床に正座をさせられた状態で呆然とするスミスに、ギルベルトは
「まあ、話そうぜ、先生」
と、自分のベッドに腰をかけた。
「とりあえず…お兄さん飲み物用意するね。」
と、そこでフランシスが立ち上がって、備え付けの冷蔵庫からミネラルウォータのペットボトルを出し、製氷機の氷をピッチャーに移し、未開封の紙コップの束を持ってきた。
そしてまず紙コップを開け、二つのコップに氷を入れ、水を注いで、一つをギルベルトに渡し、一つをテーブルに置く。
「ま、乾杯ってことで…」
と、ギルベルトは自分のコップをテーブルのコップに軽くあてて、その中身を飲み干した。
そして先生もどうぞ?と、スミスの口元に持っていくが、スミスが口を閉じたままなので、
「毒なんて入ってやしねえよ。今俺様目の前で同じモン飲んだだろ?」
と、笑って鼻をつまんで苦しさにスミスが口を開けたところで、一口水を流し込んだ。
「君たちっ、教師にこんなことをしてどうなるかっ…」
ケホケホとむせながらそういうスミスの言葉に、ギルベルトは
「意味なく生徒の部屋に無断で入り込んで私物盗もうとした挙句、それ目撃された生徒を口止めにレイプしようとした教師ってほうがやばいんじゃね?」
と、肩をすくめる。
そこでスミスはグっと黙った。
「とりあえず、話進めんぞ。」
と、宣言して、ギルベルトはコップを置いてスミスのほうを向き直った。
「11月半ば、学園祭で主席のカールが3位のマイクに渡された毒入りジュースを飲んで死んだ事件な、あれが冤罪じゃ?って話が出て、二人がいなくなって得すんの誰だ?2位の俺様だって事で、俺様犯人説とか出てめっちゃ迷惑してんだ、こっちは。」
「あれは…状況的にもマイクが…」
「それは間違だ。ちょっと黙っててくれ。話しならあとで聞く。」
口を挟むスミスをギルベルトはギロリとにらんだ。
「まずカールが死んだ毒はどこに仕込まれていたのか、そこから始めっか。
もしマイクが犯人だった場合、自分しか触ってないジュースのコップに仕込むって時点でもう、身バレ覚悟なわけだから、わざわざタイミングが掴みにくい、途中で注ぎ足す時に相手が持っているコップに入れるなんて真似しないでも、自分が持ち歩いているジュースの方に毒入れる方が確実だ。
注ぐってのは相手が飲み終わった時にするもんなんだから、相手の都合でタイミングが変わるしな。
そこからして不自然なんだよ。
じゃあコップに直接入れたんじゃなければ、何に毒が入っていたのか……
あの時、先生とカールが乾杯したのは同じ未開封の束から取った紙コップに同じピッチャーから入れた氷、そして同じペットボトルから注いだジュースだ。
ここで先生が死ななかった事で、みんな当たり前にそこには毒が入っていなかったと思った。
そして実際カールの死後、警察が調べたらそれらからは毒が検出されなかった……とされてるわけだが……本当にそうか?
マイクがカールに掴みかかった騒ぎでペットボトルとピッチャーとカップが床に落ちた。
ペットボトルは蓋がしてあったため中身は無事で、カップは床に触れた分は捨てたけど、あとで捨てた分もゴミ箱から出して調べた…だけど氷は?
その時はそんな事になるとは思わなかったから、普通に落ちた氷を拾って捨てて、落ちたピッチャーを洗ったんで、残ったピッチャーの分は調べたけど、肝心のカールが飲んだ氷の入ったピッチャーのは調べてねえんだよな。」
「し、しかし、そこからマイクが無作為に入れた氷の入ったジュースを私も飲んでいるんだぞっ!」
「そう…入れてすぐ飲んでる…。」
「何が言いたい?」
「先生、氷ってさ、内側外側、どちらから凍るかわかるか?」
「………」
「外側から…だよな?でもってだ、凍る途中だと外側だけ凍って中が液体状の氷ができる。
製氷機の半分くらいの量でこれを作ってだ、中の水を捨てて異物をいれて、製氷機の半分くらいの高さの氷で蓋をして、わずかに水を足してくっつけると…中心部に異物の入った氷の出来上がり。
これを使えば、氷を入れて即飲めば、まだ毒が溶け出さないから死なずに済む。
でもずっとそのコップで飲み続けてれば当然氷は解けて中の毒も飲み物に溶け出すって寸法だ。
ってことで…この仕掛けをできたのは、氷を用意した人物…先生ってことなんだけど?」
そろそろいいかな、と、ギルベルトはだいぶ氷の溶けたコップの水を飲み干し、スミスにも同様に飲ませようとするが、スミスは慌てて首を振る。
「毒じゃねえよ。たんに今の仮説を実証するため氷の中心に砂糖入れただけだって。」
と苦笑するギルベルトがまたコップを口に持っていくと、今度はスミスもおそるおそるそれを飲み干した。
そして言う。
「あんな仮説を聞かされたら誰だって飲むのを躊躇するだろう。
こんなんで証拠にはならないぞ?」
「ああ、それはそうだ。」
その言葉も想定の範囲だったので、ギルベルトは小さく笑った。
しかし次の瞬間笑みが消え、紅い目がキラリと光る。
「あんたには運が悪いことに、あの日…氷を片付けたのは俺なんだ。」
「………」
「毒入りの氷なんて知らねえから、これもエコ~とか床に落ちて口にすることはできなくなった氷を、窓から花壇に向かって落としたら…花は枯れるよな?
んで、土には毒が残る…。
昨日俺が外出許可とる時に担任に花壇に氷ばら撒いた事を話したのを、当然隣の席のあんたは聞いてたはずだ。
そこであんたは気づいた。
土を処分しねえとまずい。
で、処分しないとまずい土は花壇と俺の部屋の植木鉢にあるって事もその時知ったあんたは、まず昨日の夜中に花壇の土を入れ替えて、今日、俺が天体観測で夜中まで屋上にいるって事で、俺の部屋に忍んできたってわけだよな。
言い訳はできねえぜ?
あんたはアーサーにはっきり“誰にも知られずにあの植木鉢を手にいれたい”って言っちまってんだからな。
まあそこで土から毒が検出されればチェックメイトだ。
どうする?
自首するか、あくまで逃げるか。
自首の方が若干罪軽くなるだろうけど、俺は自分に対する疑いが晴れるならどっちでもいいんだが…。」
手の中の紙コップをもて遊びながらそういうギルベルトに、スミスはがっくりとうなだれた。
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