焦燥
あ~やってもうた…と頭を抱えてしゃがみこんでも事態は変わらない。
アントーニョはしばらくしゃがみこんだままどっぷり落ち込んでいたが、やがて重い腰をあげて、部屋を出た。
どう言って謝ろうか…そんな事を考えながら隣のアーサーの部屋のドアをノックするが返事が無い。
怒っているのだろうか…と思いつつも、今話さなければもう話す勇気が消えてしまう気がして、委員会の方で渡されているアーサーの部屋の合鍵を使ってドアを開けてみる。
「あーちゃん?ちょお話したいねんけど…」
明かりもついていないので、もしかして疲れて寝ているのだろうか?と思って明かりをつけないまま部屋の奥のベッドを覗き込むが、誰もいない。
一人で食堂でも行ったのだろうか?
アントーニョはきびすを返してアーサーの部屋を出てまた鍵をかけると、慌しく食堂へと向かうが、夕食を摂る学生でごった返す中、何度探してもアーサーの姿は見えない。
あと考えられるのは……
入り口へ行ってタイムカードのデータを確認するが、外には出ていない。
どこだ?!
図書館、談話室、大浴場に屋上まで、全てかけずりまわったがアーサーの姿が無い。
まさか…と思って恐る恐る屋上のフェンスを登って下をみたが、下に人が倒れているということはなくて、その点ではホッとした。
しかし殺人事件があった学校だ。
何があっても不思議ではない。
どこにもいない。
事故か?事件か?それともっ??
アントーニョは狂ったように寮中を駆けずり回った。
血相を変えて駆けずり回るアントーニョにどうしたのか?と何人か知り合いになった学生が声をかけてくるが、仕事のこともあるので大げさには出来ない。
仕方なしにあせりを押し隠して、
「いや、ちょおなくしもんやねんけど、あーちゃんに貸した気もするんで、探しとるんやけど、あーちゃん見ぃひんかった?」
と、なくし物を強調して聞いてみたが、みかけたという人間はいない。
こうして探し回ること3時間。
5時に授業が終わって5時半に部屋に二人で戻って、6時前に分かれたので早9時になっている。
念のため、と、もう一度部屋に戻ってみるがやはりいない。
気が狂いそうな後悔の念に襲われた。
何故あんな言い方をしてしまったのか…。
何故危険な場所だとわかって一人にしてしまったのか…。
罵られても嫌われても側にいるべきだったのに……。
もし…アーサーに何かあったら……
そう思うとジッとしていられず、明かりが落ちてからも寮のあちこちをクルクル回る。
「ちょ、アントーニョ、お前どうしたのよ?」
自販機の前で人にぶつかりそうになって慌てて歩を止めたアントーニョの前にいたのは、目を丸くしたフランシスだった。
「何かあったの?大丈夫?」
明らかにひどい顔色をしていたのだろう。
気遣わしげにそういわれて、堪えてたものがワッとあふれ出した。
「…っ…あーちゃんがっ……」
エグエグ泣きながらそう訴えると、
「とりあえずこれ飲んで落ち着いて?」
と、フランシスは今買ったのであろうコーヒーの紙コップを渡してくれる。
アントーニョはおおきに、と、礼を言ってそれを飲み干し、それから手の中のコップをクシャッと握り潰した。
「おらんくなってん…。6時くらいからずっと探しとるんやけど、どこにもおらん。」
「いなくなったって……」
「その前にちょお言い争いみたいなことして……なあ、あの子になんかあったらどないしよっ?!!」
泣きながら縋られて動揺しつつも、フランシスは
「えっと…とりあえず先生に言おう?」
と歩を進めかけるが、アントーニョは慌ててそれを制した。
「あかんっ!」
「え?」
「いや…その…大げさな事嫌いな子ぉやし…」
「あ~、確かにきまずいかもだけど…」
「もし…変なことに巻き込まれてたら、公にしたら危ないかもしれへんし…」
「いやいや、それTVの見すぎ…」
「せやかて、この学校殺人起きた学校やねんで?」
「あ…うん…そうだけど……」
「とにかく今晩はこのまま探してみるわ。明日になったら隠そう思うても無理やしな。
その時は学校に任せるいうことで…」
「あ~うん…アントーニョがそう言うならそれで良いけど…なんかあったら夜中でも良いから連絡頂戴ね?」
そう言うフランシスと分かれて、アントーニョはまた夜の寮をグルグルし始めた。
全て自分のせいだと思う…。
そもそもがどうしてアーサーに身分を明かしてしまったのか。
見るからに良い家のお坊ちゃんで、見るからに優等生。
実は護身術をやっているというアーサーの蹴りは、最初の事件で疑われた時に食らっていて、それはそれはダメージを与えられたものではあったが、基本的に細くウェイトがないため、加速、反動をつけられない接近戦になると弱い。
しばしばストレスで胃を壊したり、貧血を起こしたりと、意外と脆いところも多く、そんな所も可愛らしく放っておけないのだが、長期戦も多く、強いことより倒れないこと、強さは強さでも打たれ強さがより必要となるこの仕事には実は向いていないと思う。
それなのに、適当にごまかして自分を知られないまま、二度と会うことがなくなる…それが嫌でつい本当の事を言ってしまった。
それで口止めにアーサーが引きずり込まれるなんて思ってもみなかったが、アーサーが学園警察に入れられると聞いて喜んだのは確かだ。
自分が守るから大丈夫…そんな根拠のない自信を持っていた今までの自分を殴り飛ばしたい。
「あーちゃんになんかあったら…俺も死ぬから……」
見つからないまま夜明けをみて、アントーニョは主が不在のアーサーの部屋の前で両手のこぶしを握り締めて涙をこぼした。
もう日もだいぶ明けて、そろそろ皆起きる時間になりそうだ。
呆然とドアの前で立ちすくんでいると、早起き組第一弾なのだろうか、少し離れたドアが開く音がする。
「ほら、とりあえず自分の部屋で着替えて来い。」
という声は聞き覚えがある気がした。
確か…この声は……とぼ~っとしたままの視線をそちらに向ける。
そして一気に頭が真っ白になった。
力なく佇む自分より一回り細い人影。
アントーニョが何より気に入っている大きく丸い目は泣き腫らしたように真っ赤で、いつもきちんと一部の乱れもなく着られている制服は、シャツのボタンがかろうじていくつか留められていて、だらしなくスラックスの外に裾が出ている。
「ギルベルトオォーー!!!!!」
何があったのか考えたくない。
だが湧き上がる怒りは紛れもなく何があったか想像できてしまったからで…
「うおぉっ!!!!!」
すさまじい形相で殴りかかってくるアントーニョに気づいて、ギルベルトは慌ててそれを避けたが、勢いを殺すことなく突き出されたこぶしは、分厚い木のドアを叩き割った。
「ちょ、おまっ!何だよ、いきなりっ!!」
たった今自分が立っていた場所で自分の身代わりになってご臨終となったドアを横目にギルベルトは冷や汗をかく。
「うっさいわっ!!自分、あーちゃんに何したんっ?!
絶対に許さへんでっ!!この子に関してだけは絶対に許さへんっ!!」
ギラギラとした目で睨み付けられて、殺気を放たれて、冷やりと冷たい汗が背中を伝う。
「あの…何の話してるんだ……」
その修羅場を前にしばし呆然としていたアーサーが、そこでようやく我に返って声をかけると、アントーニョは今度はアーサーに視線を向けて、その腕を取るとグイっと引き寄せ胸元にその体を抱え込んだ。
「え?あのっ…?!アントーニョっ?!!」
グイグイとすごい勢いで抱き寄せられてわたわたと動揺するアーサー。
「親分がずっと一緒にいたるからっ!こんなん気にせんときっ!」
「…ちょっ……」
「あーちゃんっ!!」
「……っ…」
「おい……」
どうやら自分から関心が逸れたと見て、ようやく落ち着いて状況把握が出来始めたギルベルトは、アントーニョの肩をトントンと叩いた。
「おんどれ殺すのはあとやっ!!今はあーちゃん慰めたらな…」
「いや…もうちょっと力緩めてやれよ。窒息しかけてる……」
「あ、ホンマやっ!堪忍なっ。あーちゃん大丈夫かっ?!」
その言葉にふと気づくと、アーサーが真っ赤な顔で力なくぐったりしている。
そこでアントーニョが少し腕の力を緩めると、アーサーはそれまで吸えなかった空気を取り込もうと大きく呼吸を繰り返した。
「ほんま堪忍な~。大丈夫か?」
おろおろとアーサーの顔を覗き込んだ。
「お前らさ…なんかお互いを誤解してね?」
その様子を見て、ギルベルトが呆れたように大きく息を吐き出した。
「とりあえずアーサーはシャワー浴びて着替えて来い。なんかすげえ顔してっし。
んで、その間、こいつには俺が色々説明しとくから。な?」
言われてアーサーは一瞬迷うが、ギルベルトが
「安心しろ。悪いようにはしねえよ。」
と、にかっと笑うと、こっくりとうなづいて自室へと戻っていった。
パタンと閉まるドア。
「さて…と、俺の部屋でもいいんだけど、おかげさまでドアがご臨終だし?
お前の部屋でいいか?」
と、ここでさすがに何か思っていたのと違うとわかってもらえたらしいのでギルベルトがそう提案すると、アントーニョは決まり悪げにうなづいて、自分の部屋へとギルベルトをうながした。
Before <<< >>> Next
0 件のコメント :
コメントを投稿