【学園警察A&A】前編_8

「んで?泣きたいだけなら泣いてても良いし、話したきゃ聞いてやるぜ?」

アントーニョの部屋を飛び出して、気づけばバイルシュミットの表札を探していた。
幸い極々近く、アーサーの部屋の隣の隣の隣だったギルベルトの部屋のドアを恐る恐る叩いてみれば、カチャリとドアを開いて顔を出したギルベルトは驚いた様子で、それでも黙って中にいれてくれた。

こうして泣きながらホットミルクをすすること数分。
ようやく嗚咽が小さくなってきたタイミングでギルベルトがそう言うが、自分でも何を話していいのかわからない。

困ったようにマグカップに顔をうずめるアーサーに、ギルベルトはくしゃくしゃっと頭を掻いた。

「あ~…俺様の事ちっと話すか。」
ギルベルトは結局そう言って、自分のマグをテーブルに置くと、椅子をアーサーに明け渡しているため自分はベッドに腰をかけた。

「まあ皆疑いなんてかけられたらそう言うもんだと思うけどな、俺マジやってないんだよな。つかな、俺様が疑われる理由が、成績が1位の奴が3位の奴に殺されて二人がドロップアウトしたら、2位の俺様が得するだろうとか、そんな理由ってマジ勘弁だよな。」

まあ…言われてみればそうである。
証拠もなければ、実際やれる方法すらないのだ。
ただそんな憶測とも言えないような憶測で殺人犯扱いされたらたまらないだろう。

「確かにな、成績は大事なんだよな。俺様大人になったら絶対に叶えたい夢があるから、出来れば良い職について良い給料欲しいのは確かだ。」

「…ゆめ?」

「ああ。俺様の親は俺様が6歳の時に交通事故で死んで、当時4歳だった弟とバラバラんとこに引き取られたんだ。
あっちの親の希望でそれ以来一度も会ってねえし、誰に引き取られたのかも今どこいんのかもわかんねえ。
でも一度でいい、別に名乗んなくて良いから、弟に会ってみてえんだよ。
もしさ、なんか困ってる事とかあんなら、力になってやりてえしさ。」

だからこそやばいことはやらない…そういうギルベルトの言葉には嘘はないように思えた。
ちらりとマグから視線を移して目があうと、ニカっと笑う。

「なあんかな、髪の色はもうちっと薄くて、目も青だったんだけどな、どこか生真面目そうで、妙に我慢してるような、そんな感じが、弟が育ったらこんな感じかもな~って重なっちまって、おせっかいしちまったわけだ。」
と、今度はアーサーの頭をくしゃくしゃなでた。

「…俺も兄貴いるけど……」
同級生なのに何故かそんな態度も腹がたたず、それどころか気がつけば口にしてた。

「あ~やっぱりそうなのか。ぜってえ末っ子か一人っ子だと思ってた。」
「それ両方正解だ。」
「あ?」
「4人兄弟の一番下だが、兄達とは腹違いで折り合いよくないから、ほとんど一緒にいたことないし…実質は一人っ子みたいなもんだ。」

話してみてアーサーは少ししまったな、と、思った。
雑談にしては暗すぎる。
しかしギルベルトは気にした風もなく、それなら、と、身を乗り出した。

「需要と供給だな。俺様を兄貴だと思って困ったことあれば気軽に言えよ。
逆に面倒な時は放置すりゃいい。ま、愚痴ぐれえは言う時あるかもしんねえけどな。」

「それは…俺に都合よすぎじゃないか?」

「ん~、上の兄弟ってそんなもんだろ?
で、俺様は弟に会えた時の練習ができるってもんだ。」

こんな風に無条件に自分を甘やかそうなんてしてくれる相手はアントーニョ以来だ。
まあアントーニョの場合は自分を学園警察に引きずりこんでしまった引け目のためなのだが…。
それもさっき忍耐が尽きたらしく、ひどくイライラと半人前宣言されてしまったが…。
入ったきっかけがアントーニョだったとしても、いい加減一人前になって開放して欲しいと思っているのだろう。

あの、誰にでも愛想の良いアントーニョが、あんなに心底イラついたような表情をするのを初めて見た。

思い出したらまた悲しくなってきて止まっていた涙がジワリとあふれてくると、そこでギルベルトは初めて少し慌てた様子を見せる。

「わりっ。なんか嫌だったか?」
と、心配そうに覗き込んでくる紅い目。
アーサーがブンブンと首を横に振ると、
「じゃあ…さっき泣いてた理由をまた思い出したとか?」
と聞いてくるので、アーサーはこくりとうなづいた。

「……あのな…一緒に転校してきた奴…たぶん俺を追って転校してきてる。」

自分も誰かに言いたかったのだと思う。

仕事の部分に触れないように、委員会の方から与えられた設定から出ない範囲で…でもなるべく真実に近いように……

アーサーはそう思って口を開いた。

「…ストーカーか何か…か?」
少し眉を寄せるギルベルトにアーサーは静かに首を横に振った。

「以前…ほんの一時期…そいつが同じ学校に転校してきた事があったんだ。
その時本人は悪気なく、でもちょっと迷惑かけられた事があって、それが原因で俺が普通に学校に通えなくなった時期があって…。
俺的には大した事じゃなかったんだけど、そいつすごくその事気に病んでてさ、無理に俺に付き合ってくれてる。
それすげえ悪いし、気にしないでいいって言っても聞かなくて、でもさ、さっきとうとう忍耐が限界に来たらしくて、見限られたっていうか……」

そこまで言って嗚咽がこみ上げてきた。

「あー…優しかった相手に冷たい目で見られるのはきついよな?」

普通なら泣くなとか、気にするなとか、相手が悪いとか、嫌なら離れられて良かったじゃないかとか、色々なぐさめの文句がでてくるだろうに、ギルベルトは正確にアーサーの思っているところを読み取ったように思える。

それにびっくりして視線を向けると、目があって、目があうとギルベルトはまた笑みを浮かべてアーサーの頭をなでた。

「気にすんなっつ~のも無理だろうしな、出来るだけ相手といる時間減らして、一人で居にくかったら俺様んとこ来いよ。
まあ色々言われっかもしれねえけど、そいつと一緒にいて冷たくされ続けるよかお前的にはいいんだろ?」

優しさにまた泣けてきた。
ギルベルトは泣くなとは言わなかった。
ただ、
「よくそんなに枯れずに涙が出るよな。ま、でも水足りなくなるだろうし、これ飲んどけ。」
と、備え付けの冷蔵庫からミネラルウォータのペットボトルを出して渡してくれた。

それを遠慮せずに受け取ると、アーサーは遠慮なしついでに、今日はここで話をして過ごしたいと言い、ギルベルトは了承した。

寮は入る時にタイムカードが記録されて、その後寮内での行動は自由なのだ。
遅くまで寮内の図書室や友人の部屋で勉強を教えあったりする生徒が少なくはないためである。

「そう言えば…殺人事件の事だけど…」
「ああ?」
「実は…知人が今回の事件は冤罪事件なんじゃないかって話聞いてて……わかる範囲で調べて欲しいって言われてるんだ…。
だからギルがもし調べてるなら一緒に…」
「ストップ!」
とりあえず部屋に戻りたくないといったのでギルベルトが貸してくれたパジャマを着て、二人してベッドに潜り込みながらアーサーが言うと、ギルベルトは指先でアーサーの口を塞いだ。

「俺、別にお前が犯人とか思って無いし、別にそのためじゃ…」
慌ててそういうアーサーに、ギルベルトは苦笑する。

「そういうことじゃねえ。それはわかってる。
じゃなくてな、俺が知ってる事教えてやんのはいい。
そこで色々想像すんのもかまわねえ。
でも絶対に動くな。
俺以外の奴にも聞いてまわったりすんなよ?
知りたいことがあるなら俺が調べてやるから俺に言え。
もし本当に冤罪なんだとしたら…犯人がまだこの学校にいるっつ~ことだからな。
危ねえから。」

「あのな、俺だって弱いわけじゃ…」
「それが条件!」

ピシっといわれてアーサーは黙って頬を膨らませた。
一応学園警察なんてものに所属してる分、調べるのは一般の学生であるギルベルトより適任のはずなんだが…それ自体をバラすわけにはさすがにいかないので、不承不承了承した。

「よし。じゃ、そういうことで、何が聞きたい?」
なんでも好き勝手させてくれるようでいて、自分的一線は絶対に譲らない、ギルベルトはそういう男のようだ。

それはもう割り切るしか無いだろう。いつまでも拗ねていても仕方ない。
アーサーは頭をそう切り替えて、少し脳内の考えをまとめ始めた。

「学園祭の打ち上げで容疑者から渡されたジュースを飲んで被害者が死んだこと、残りのジュースの入っていたペットボトル、氷を入れたピッチャー、ジュースを注いだ紙コップからは毒が検出されず、被害者のカップからだけ毒が検出された事は知ってる。
だから細かい状況が知りたい。」

「わかった。
まずジュース。
2ℓのペットボトルが全部で10本用意されていた。種類はコーラとウーロン茶。
全部未開封で被害者が飲んだのはその中のコーラだ。
コーラとウーロン茶どちらが飲みたいかは被害者が選び、被害者の目の前で容疑者が開けている。
氷は寮内の冷凍庫で作られたもので、これも10個くらいのちっちゃいピッチャーに入ってた。
カップはコンビニによく売ってる20個くらい入ったやつな。
これも未開封で被害者の目の前で加害者が開けている。」

「開けて注いで渡して飲むまでの状況は?」

「まず用意したのはさっきの教師ジョン・スミス。
これはまあ1年A組の担任だからで、毎年恒例。
で、まずその時の主席と担任が乾杯するのもうちの学校の恒例な。
だからスミスがたまたまそこにいたマイクにジュースを用意するように言ったんだ。
で、マイクが教師スミスと被害者カールの二人分のジュースを作ってそれぞれに渡した。
それで二人は乾杯。
スミスは減った分のカールのジュースを注ぎ足してやるようマイクに言って、マイクがそうしたんだが、そこでカールが前回までトップだったのを入れ替わったことでマイクを馬鹿にした発言したらしいんだな。
で、マイクがキレて、カールに掴みかかりそうになって、危うく乱闘騒ぎ。
ま、スミスや周りがすぐマイクを押さえつけたからカールには指一本触れられなくて、その代わりその騒ぎでテーブルが倒れかけて、ピッチャーいくつかひっくり返っておじゃん。先生がテーブルに置いた紙コップも転がったから捨てたけど、中身飲んだあとだったし。あと開けてあった紙コップが床に転がったから、ビニールに包まれてなかった上の2個ほどはゴミ箱行き。
ピッチャーは床におちたのに関しては片付けた。
その後、マイクの方が謝罪させられて、さらにずっと横について酌させられてて、開始から30分くらいたった頃か…いきなりカールが血を吐いて倒れて死んだって感じだ。」

「…途中処分したものには毒は?」

「入ってない。
紙コップは事件後ゴミ箱から回収して調べたし、ピッチャーは氷は床に転がったから仕方ねえから捨てて容器は洗ったから、調べられないっちゃ調べられないけど、教師が同じモン飲んでるしな。」

「わざわざ片付けて洗ったのもしかしてギルなのか?」
「あ~だって皆それぞれ一緒に打ち上げ祝いたい奴いるだろ?
俺様はほら、一人楽しいから、別に飲みモンと食いモン残ってる範囲なら別に遅れてもかまわねえしな。」

ギルベルトはどうもそのとっつきにくい外見で損をしているように思う。
こんなにいい奴なのにな…とアーサーは少し悲しくなった。


「他に毒が検出されたものは?」
「容疑者のポケットに被害者が飲んだものと同じ毒薬の包みがあった。」

ここまで揃うともう決定の気もするんだけどな…と、笑みを消して考え込むギルベルトを前に、アーサーは視線をベッド横の窓から外へと移した。

「動機…出来てから毒用意するって時間的に無理だよな…」
「ああ、でも元々揉めてたからな。
ずっと携帯してて、それが最後の一押しになったんじゃって言われてた。」

「普通の高校生が…手品師でもないのに、そんな皆が見てる前で誰にも気づかれずに毒入れられるもんかな?」
「まあ…練習してた可能性も?」

「そもそも…ずっと横で酌してるなら、被害者が持ってるコップの中に毒を混入するなんて被害者にも気づかれるような方法取るよりは、ジュースのペットボトルの方に毒入れた方が確実な気がするよな…」

「あ~まあそれはそうだけどよ…」

ふああとあくびをするギルベルトに釣られて、アーサーも大きくあくびをする。

「とりあえず…明日ちゃんと図解でもして状況洗いなおしてみっか。」
今日は寝ようぜ、と、言うギルベルトの提案に異論は無い。

事件について色々考えていて気がそっちにいっているのと人肌の心地よさで、沈んでいた気持ちはすっかり眠気へと移行しつつある。

「ん……とりあえず…あ…す…」
と返した時にはアーサーは半分夢の中だった。

その頃外ではどれだけ大変な騒ぎになっているかなど、思いもしないで、アーサーは夢の世界へと旅立っていった。



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