昼休みがそろそろ終わるので、教室に戻ると、ちょうどアーサーも戻るところだったらしい。
声をかけて駆け寄ろうとしたアントーニョはピタリと足を止めた。
「じゃあ、また明日なっ」
と、自分には滅多に見せない笑みを惜しげもなくさらして手を振るアーサー。
あんなに寛いだ笑顔なんて本当に見たことが無い。
人見知りのはずのアーサーがたった一日でそんなレアな笑みを見せるようになった相手は一体……
と、ひどくショックを受けながらもアーサーが手を振った相手に視線を移して、アントーニョはさらに固まった。
アーサーより少しだけ高い背に綺麗な銀色の髪。
アーサーと同じ…自分とは全く違う白い肌に、理知的な印象を受ける端正な顔立ち。
自分と正反対な印象…それだけでも十分ショックなのに、さらに衝撃的な紅い切れ長の目……ギルベルト・バイルシュミット……
よりによって何故あいつなんや――やめさせなあかんやん…
ああ、あいつで良かった――やめろ言える理由があるやん…
クルクルと回る相反する思考。
結局、これは嫉妬ではなく、自分たちの仕事上、当たり前の判断である…そう、アントーニョは結論付けた。
自分は危険人物からアーサーを守るのが仕事なのだ。
それはアーサー自身にだって邪魔させられるものではない。
たとえアーサーが自分を嫌っていても、アーサーも学園警察である以上はこれを拒否はできないのだ。
とりあえず授業中は席も離れているし、皆の居る所で込み入った話も出来ないので、ジリジリしながら学校が終わるのを待つ。
毎日6時間目の授業終了のチャイムは待ち遠しいものではあるが、今日ほど待ち遠しかったことはない。
帰りの会が終わると即アーサーの机に駆け寄って、アーサーのカバンをひったくるように持つと、そのまま腕を掴んで教室を出る。
(これ…全然違う理由やったらええのにな……)
そう思うものの、掴んだ時は夢中だったから気づかなかったが、そういえば自分はなにげにアーサーの手を取っているのだと思うと、心臓が口から飛び出しそうなくらいドキドキする。
「…っとーにょっ……っまえ……どうしたっ…だよっ」
引っ張られて荒い息の中アーサーが呼ぶ自分の名前。
息切れして“アン”の部分が切れてしまっただけなのだが、“とーにょ”と愛称で呼ばれているようで、そんな事にさえ嬉しいと思ってしまう自分は、本当にアーサーの事が好きなんだなと改めて思う。
「話があるさかい、入って。」
と、そのまま寮の自分の部屋まで来ると、アーサーを中にうながした。
プライベートな理由では絶対に部屋に誘ったり出来ない…というか、誘っても来てもらえないであろう好きな相手が今自分の部屋にいる。
それだけのことでぎりぎりなくらいてんぱっていた。
好きな相手が今、ゼイゼイと荒い息、紅潮した頬で自分の前にいる。
もう本気で色々が限界だ。
そちらを見たら危ない。
アントーニョはアーサーから視線をそらして言った。
「あーちゃん、自分今日昼にギルベルトって奴とおったんやろ?
あいつあかんで。真犯人候補や。」
緊張で声がどうしても固くなる。
その緊張が移ったのか、アーサーの表情が強張った。
「…ギルは……」
漏らされる声にカッとなる。
ギル…?
何故ここ数日の付き合いやのに、愛称で呼んどるん?!
そう言いかけて、アントーニョは慌てて言葉を飲み込んだ。
感情で物を言ってもアーサーは動かせない。
「あのな…あーちゃんもこの仕事ついてもう2年やろ?
いい加減ちゃんと自覚持ち?
感情で動いとったら、いつまでたっても一人前になれんで?」
自分で言った言葉にため息がもれた。
好きな相手に嘘をついたまま消えたくない…そんなまさに個人的な感傷で、アーサーの人生を狂わせてしまった自分にそんな事をいえるのか?
案の定、アーサーはまさに感情で動いて自分の人生を台無しにした男の言葉に反発を覚えたのだろうか、自分の腕を掴んだままだったアントーニョの手を無言で振り払うと、黙って部屋を出て行った。
「…あ~……やってもうた……」
最悪だ…と、アントーニョは一人残された部屋で頭を抱えてしゃがみこんだ。
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