考察
――毒物が混入されていたのは、被害者の紙コップ…物理的に毒が混入できた可能性があるのは、ジュースと氷と紙コップか…。
アーサーは紅茶のマグを片手に分厚い資料に目を通しつつ、そう、つぶやいた。
2ヶ月ぶりの仕事の指令だった。
もうすぐクリスマスという事もあって街はそれなりに賑わいを見せ、子どもは貰えるであろうプレゼントに浮かれ、親はそのプレゼントに頭を悩ませる。
カップルならば互いに予定をあわせ甘い夜をすごすのであろうし、気の置けない友人がいるのなら、『リア充爆発しろ』などと叫びながら馬鹿騒ぎをするため、会場や飲み物食べ物の検討に走るだろう、そんな季節。
しかしアーサーはそのどれにも当てはまらなかった。
実家は名門と言って良い家だったが、父は仕事に忙しく、母は亡くなり、腹違いの兄達とは折り合いがひどく悪かったし、そんな居心地の悪い家の中で居心地の悪さを振り切るようにひたすら勉強をしていたら、学業はトップ、教師からの信頼は厚くなったが、気軽に話しかけてくるような友人は出来なくなった。
女性関係も学校は男子校だったので、出会う機会など皆無。
ようは…クリスマス前のこの時期、非常に所在が無くどこにいても居心地が悪い。
だから仕事が舞い込んできたのは、正直嬉しかった。
“仕事が忙しくてそれどころではない”
…それは公で口に出来なかったとしても、アーサーにとっては非常に良い口実だった。
そもそもその仕事自体、どんなに優秀であろうとただの子どもであるうちは逃れられない家のしがらみから自身を開放してくれ、家の影響を受けない場所で生きていけるという素晴らしいものだった。
それでいて自分が確かに必要とされ、役に立っているという事を実感させてくれるのだ。
いう事は無い。
こうして指令書をありがたく受け取り、アーサーは都内の名門校月陽学園に転入した。
全寮制の学校の寮についたのは丁度、土日、開校記念日と続く3連休中で、かなりの寮生が帰宅中だったので、今回の仕事で一緒になる相方が来るまでは、ゆっくりと状況把握に勤しめる。
今までの仕事はたいてい、アーサーがこの仕事につくきっかけを作った…そしてトップのローマ委員長いわく、裏教育委員会直属の学生スタッフ、通称学園警察のメンバーの中でも1,2位を争う実力の持ち主らしいアントーニョが一緒だったが、どちらかというと人当たりの良さからくる情報収集能力だとか、腕っ節の強さだとか、そういう方面に優れたアントーニョに、このような謎解きに近い仕事は不向きだろうし、今回は別の人間が派遣されてくるだろう。
そもそも…今までだって必ずしもそんなアントーニョが介入しなければならない仕事ばかりではなかったのだが、彼はどうやら自分がアーサーをこの仕事に巻き込んでしまったという負い目を持っているらしく、自主的にアーサーの仕事に随行しているような向きがある。
アーサーにしてみればありがたいが申し訳なく…しかも今まで誰かと親密な距離にあったことがないので、距離感が掴めなくて、暴言を吐きまくっては落ち込む…の繰り返しだ。
同系色でも薄ぼんやりとした色の自分とは違う、キラキラと輝く綺麗なグリーンアイ。
不健康な白い肌に貧弱と揶揄される細さの自分とは対照的に、健康的な小麦色の肌に、決してムキムキではないが、ほどよく筋肉がついて引き締まった体躯。
うまく人に馴染めない自分とはこれも対照的な明るく人懐っこい性格で、どこに行ってもいつも周りに人が集まってくる…そんな人間を拘束するのは、本当に申し訳なさすぎていたたまれない。
いい加減自分みたいなつまらない人間に義理立てせずに、自由にすればいいのに…と思う反面、たぶん本当にすっぱり離れていかれたら落ち込むであろう自分が想像できていやになる。
ああ……奴の事考えるのはやめよう…と、アーサーは小さくため息をついて、今回の仕事の資料から改めて事件を考えてみることにした。
そしてとりあえず、と、事件の概要について書かれた資料の最初のページをめくる。
ジュースは普通にコンビニで購入した2ℓのペットボトルから注がれ、氷は寮の食堂の冷蔵庫で作られたもの、紙コップも普通にジュースと共にコンビニで購入されたものだった。
被害者は容疑者から渡されたジュースを飲んで死亡している。
残ったジュースからも氷からも紙コップからも毒は検出されなかった。
さらに同じペットボトルから注いだジュースと同じ製氷皿から作った氷で同じところから取った紙コップで飲んだ人間は生きている。
そういう状況で、被害者の飲んだ紙コップからのみ毒が検出されたため、容疑者が個人的に被害者のコップに毒を混入させたという事になった。
「これだけだと確かに疑う余地がないんだが……」
ただ感情的な部分で寄せられた投書を、数多くのトラブルを解決してきたローマ委員長が取り上げるとは考えられない。
何か明確にこれというものはないが、漠然と引っかかる点を感じたからこそ、調べることにしたのだろう。
論理的な考え方は苦手な人間ではあるが、ローマ委員長の直観力は特筆すべきところがある。
だからこれもきっと何か裏があるはずだ……。
…きっと何かが……
資料をじ~っと凝視しているとノックの音。
「はい?」
と返事をした瞬間、どうぞとも入れとも言っていないのに開くドア。
その向こうには……考えるのをやめたはずの人物が立っていた。
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