幸せ家族の作り方_6

「…はあっ?!今…なんて??」

田舎町の片隅にあるスペインの別宅から一番近い病院に飛び込んだスペインは、そこで診断を受けたイギリスの病状についてその病院のたった一人の医者である老婦人から説明を受けて、ぽか~んと呆けた。

「だから…おめでたですよ。ご夫婦なのだから驚きはる事ではないでしょう?」

夫婦…というのは駆け込んだ時イギリスとの関係を聞かれてついつい口にしてしまったためで…実際はたからみたら幼妻を連れた若い夫と言われれば十分うなづけるだろう。

ということで、話が勧められているわけだが、ニコニコと人のよさそうな老婦人の言うことが、何故か素直に信じられない。

「せやかて…最近めっちゃ機嫌悪いし、気分も悪そうやったし、ご飯も食べてくれへんし…さっきかていきなり倒れて…どう考えてもそんな和やかなもんちゃうと思うんやけど…」

半信半疑でそう言うスペインの言葉に、老婦人はコロコロ笑った。

「旦那さんも若いから初めてのお子さんやろうし、知ってはれへんのかもしれへんけど、妊娠初期言うたらそんなもんでっせ?
身体がまだお腹に赤ちゃんいる状態に慣れんから、情緒不安定にならはる人も多いし、つわり、言う言葉聞かはった事あるやろ?」

ああ、それはある…と、スペインは頷いた。

「だいたい2ヶ月から4ヶ月くらいまでは吐き気覚える人が多いんですわ。」
と、その言葉に、スペインはやっぱりちゃうわ…と首を振った。

「それやったら…まだ最初にしてから1ヶ月半くらいやさかい、違いますわ。」
と否定する。
すると老婦人は丁寧に説明をしてくれた。

「あ~、それも知らはらへん人多いんやけどな、妊娠時期は最後の生理が終わった時から数えますんや、せやから…実際しはったんが1ヶ月半くらい前やったとしても、数えるんはその前の生理からやから、十分ありうるんです。」
「はあ…そないなもんですか……」
どうも実感のわかないスペインに老婦人は苦笑しつつ一枚のモノクロのレントゲンのような写真を手渡した。

「ここがな、赤ちゃんのおる袋。で、この豆粒みたいなのが赤ちゃんですわ。」
「…こ、これがっ?!」
言われてスペインは写真を凝視した。
まだ人間の形には見えない小さな塊。
しかしこれが紛れもなくイギリスの身体の中に宿った自分の子ども……

うわぁあああ~~~~~
じわじわと実感が湧いてくると共に、笑みがこみあげてくる。

「納得してくれはったみたいですね。
じゃ、説明と注意事項に入りますわ。」

老婦人の言葉にスペインはブンブンと首を縦に振った。

一通り説明を受けた後、スペインはイギリスが眠っている病室へと向かう。
こじんまりとした…でも清潔感にあふれた白い病室で、細い腕に栄養剤の点滴をしたイギリスが眠っていた。
白いシーツの下の身体はまだほっそりとしていて、街中でみかける妊婦さんのように大きなお腹はしていないが、この中には確かに自分の子どもが宿っている。

ソッとシーツの上から撫でるとピクリとイギリスが身じろぎをした。

「あ…点滴終わったら帰ってええって。それまでゆっくり寝とき。」
腹に置いた手と反対側の手でスペインが頭を撫でると、
「…お前…聞いたのか…」
とイギリスが掠れた声で聞いてきた。

「聞いたで~。親分めっちゃ嬉しいわ~。夢みたいや。」
とこらえきれず笑みが浮かぶスペインを、イギリスは不思議そうな目で見る。

「お前…子どもならなんでも良いのか?嫌いな相手との子どもでも?
それとも俺が1人で嫌われてる相手の子ども抱えて動揺するのが嬉しいのか?」
「はあ?何言うてるん?」
聞き捨てならない言葉の数々にスペインは驚いて言う。

「誰が誰を嫌いやねん」
「お前が…俺を…。」
「なんでそうなるんやっ?!」

知っていた…イギリスが悲観主義者なのは知っていたが…好きすぎて他の人間に取られるのが嫌で犯罪まがいの真似をしてまで自分のところに連れてくるなんて事までしているのに、何故そうなる?!
「だって…じゃあ何故こんな真似したんだ?」
「いや…普通に考えたら好きやからやん。
アリスが未来のイギリスの子ぉやって聞いて…イギリスが誰かと子ども作るなんて…自分以外の人間がかわええイギリスとかわええアリスに囲まれて過ごすなんて考えたら耐えられへんかってん。
せやから…少なくともお腹に子どもおる間は他の誰かと子ども作ったりでけへんやんなぁて思うて…って最初に言わんかった?」
と、ちらりと視線を向けると、イギリスは複雑な顔をした。

「…何か…そんなような事言ってた気がしないでもないが……」
「ないが?」
「よく聞いてなかったし、気にもとめなかった」
きっぱり言われて、
「なんや、聞いとってやぁ~!」
と、スペインはベッドに突っ伏した。

「単に嫌がらせの一環で連れて来られてるとばかり…」
「ありえへんわっ!めっちゃ大事にしとったやんっ」
「策略かと思った。」
「そんなしちめんどくさい真似するかいっ!」
「あ~、うん。考えてみればお前はそんな手の込んだ真似するくらいなら直接殴るタイプだよな。」
「…まあ…正しいけど……もうイギリスの事は二度と殴れへんわ。」
「なんで?」
きょとんとするイギリスにスペインは深い深い溜息をついた。

「なあ…自分いま何聞いとったん?」
「……?」
「好きやって…言うたやん。
あの日アリスと一緒に泣いとった自分見た瞬間、この子かわええなぁ、好きやなぁ、守ったりたいなぁって思うてしもうたから…例えそれが俺自身やとしても自分のこと殴らせるなんて許せへんわ。」

――好きやねんで?――
じ~っと深いグリーンの瞳でそう語りかけられて、イギリスは真っ赤になって言葉を失った。
こんな整った甘いマスクでそんな言葉を吐くなんて卑怯だ。
罵れないじゃないか…と思う。


――ああ、俺らの子ども…嬉しいなぁ――
尻尾があったらブンブン振り切れそうな勢いで振っていそうな、満面の笑み。
これが演技だったら…アカデミー賞ものだ…と、イギリスは思う。

本当に…この世の幸せを全部手に入れたような笑みで、

――子ども生まれるまではイギリスの部屋、階段危ないから1階に移そうな。――
とか

――子ども生まれたら日当たりええし、また2階やな――
とか

当たり前に語られる未来に、このところのイライラや鬱々とした気持ちが霧散していく。

こうして二人は今度はゆっくりゆっくりと、行きの悲壮感はどこへやら、ほわほわとした気持ちで温かい我が家へと帰っていった。





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