青い大地の果てにあるものオリジナル_1_4_姫降臨

ホップと分かれてひのきは乾杯用のグラスを取ると、こっそりバルコニーに出た。

出入り口から出ようとすると色々な方面がうるさそうなので、乾杯でみんながわきたつ隙に、こっそりとバルコニーから退散しようという寸法である。

バルコニーにおいてあるテーブルに軽く身をもたせかけてグラスを持ったまま壇上のシザーの挨拶に目を向けていたひのきはふと横切る白い物体に視線を移した。

(同じ事考えてた奴がいるのか...)

そんな事を考えながらなんの気なしにそちらを向き、その白い物体がドレスを着た女だと気づく。

反対側を向いているため顔は見えない。
桜に見とれてるのかとも思ったが、その華奢な手がオズオズとバルコニーの柵にかけられ、華奢な体がかなり苦労して柵を乗り越えるにいたって、逃走組だと再認識した。

(あ...でも...ここ2階なんだが...大丈夫か?)

攻撃特化型ジャスティスのひのきや双子は身体能力も並外れていて、飛び降りるどころか二階くらいなら逆に飛び乗る事もできる。

だが、目の前の白い影はさきほどの柵を乗り越える様子を見る限りではそういう能力があるようには見えない。
それを裏付けるように、足場を探すようにその頭がキョロキョロ周りを見回しているのが見える。

(おいおい...落ちるなよ?)

ついつい気になってハラハラしながら見守っているひのきの目の前で、人影は案の定足を滑らせた。

「チッ!」
ひのきは反射的に手にしたグラスをテーブルに置くと柵を乗り越えて、小さな悲鳴と共に落下した人影を追う。

テラスの床を思い切り蹴って勢いをつけて丁度人影の真下にすべりこみ、落ちてきた相手をぎりぎり抱きとめると、ひのきは

「平気か?」
と声をかけて、次の瞬間息をのんだ。


透けるように真っ白な肌とは対照的に長い睫に縁取られた真っ黒な瞳が驚いたようにひのきを見上げている。
目が離せない。
儚げな印象の小柄な美少女。
何か形容しがたい感情が自分の中からわきでてくるのを感じてひのきはしばらくそのまま立ちすくんだ。

お互いにしばらくそうやって硬直していたが、先にわれにかえったのはひのきの方だった。

「立てるか?」
と、声をかけつつ、そっと少女を地面に降ろす。

そこで少女の方もようやく我に返ったようで、
「あ...ありがとうございます...」
とポカンと小さく開いたままだったピンク色の唇から銀の鈴が震えるような愛らしい声がこぼれた。

少女はそれから不思議そうにひのきを見上げた。

「あ...あのぅ...」
「ん?」
「でも...どこからいらしたのですか?」

おそらく少女の方はひのきに気づいていなかったのだろう。
いきなりこんな所にわいてでたように思っているらしい。
ひのきはおかしくなって小さく笑ってバルコニーを指差した。

「あっちから。
バルコニーにいたら挙動不振な人影が目に入ったから気になって見てたら、いきなり足滑らせたから」
ひのきの言葉に少女の白い頬にさっと朱が差す。

「あ...そうだったんですね...ご迷惑おかけしました…」
「いや。それより...ついでだからどこかに行くなら送るが?
基地内とはいっても夜だから女の一人歩きは危ねえしな」
ひのきの申し出に少女は少し困ったような表情を浮かべた。

それに気づいたひのきは
「ああ、もちろん行き先知られるの嫌なら安全な所までな。建物内とか」
と、付け足す。

「あ...ごめんなさい、そういう意味じゃないんです...」
ひのきの言葉の意味に気づいた少女はあわてて首を振った。

「あの...特に行き先とか考えてなかったので...」

「そっか。てっきり脱走組かと思ったんだが、単に落ちただけだったのか。
じゃあ会場まで送るな」
ひのきがさらに言うと、少女は更に更にブンブンと首を横に振る。

「会場は駄目なんですっ。逃げてきたという意味ではその通りで...」
「...何か訳ありか?」
「...はい...あの...ごめんなさい。
本当に行くあても予定もないので...たぶん大丈夫だと思いますので、この辺りで放置してやって下さい。
一人でこっそりお花見でもして時間つぶしてますので...」

小さな声で言ってうつむく少女を見て、ひのきは

「んじゃ、ちょっとここで待ってろ。」
というと、少女を置いて再度バルコニーまで跳躍した。


少女は驚いた目でその人間離れした跳躍を見ていたが、ひのきの姿が
会場に消えると
「行っちゃった...」
と小さく息をついた。




「ホラ。飲み物」
「あ...」
後ろから差し出されたグラスに少女は驚いて振り返る。

「どうした?」
ポカンとする少女にひのきが声をかけると、少女は
「いえ...あの...会場に戻られたのかと思ったので...」
とおずおずと口を開いた。

「ああ...飲み物取りに行っただけ。
花見するにも飲み物くらいあった方が良いだろうし。
どうせなら護衛がてら一緒に花見でもするかと思ったんだけど」
と、ひのきがさらに差し出すグラスを受け取って、少女は
「ありがとうございます。でも...良いんですか?戻らなくても」
と、少し会場を見上げていった。

「ああ、俺もどうせサボろうと思ってたし、お前が嫌じゃなければな。
一人でいたければ消えるから遠慮なく言え」
と、ひのきは桜の下のベンチに腰をかける。

「嫌だなんて...あの...本当は一人でちょっと心細かったんです。
ありがとうございます」
少女は少しはにかんだような嬉しそうな微笑を浮かべてひのきの隣に腰を下ろした。


「あの...もしかして日本の方...ですか?」
並んで桜を見ながら少女は口を開いた。

「ああ。檜貴虎だ。タカって呼んでくれ」
ひのきが言うと、少女は目を丸くした。

「あの...ジャスティスの?!
お名前はお聞きした事があります。ジャスティス最強って言われてる方ですよね」

「ん。ジャスティスってのはそうだが...最強ってのは言いすぎ。
強いって言うなら北欧支部にコーレアって大剣使いのおっさんがいるし。
あとは今日極東支部から来た鉄線も強いらしいしな」
ひのきの言葉に少女は少し首をかしげる。

「ん~ユリちゃんは...範囲攻撃が得意な中衛なので、一対一で近接で試合したらたぶんタカ…の方が強いです」
異性を呼び捨てで呼ぶのが恥ずかしいのか、少女の白い頬に少し朱がさした。

「ユリちゃん?」
「あ、あの...鉄線ユリって言うんですよ」
「いや、それは知ってるけど...知り合いか?」
ひのきが振り向くと少女ははっとしたように口を開いた。

「ごめんなさいっ。私自己紹介まだでしたね。
ジャスティスの...睦月なずなです」
少女、なずなの自己紹介に今度はひのきが目を丸くする。

「なずなって今日の主賓じゃないか?」
ひのきに言われてなずなはうつむいてちょっと瞳をうるませた。

「です...よね。逃げてちゃだめ...ですよね」
いきなり涙目ななずなにひのきはあわてる。

「いや、悪い。俺もさぼり組みだし責めてるわけじゃなくて...。
単純になんでここにいるかな?と。
人ごみとか苦手なのか?それともああいう席が苦手か?」

「いえ...それもありますけど、とってもとっても怖い人が...」
ハンカチを手に肩をふるわせるなずなに、ひのきは聞き返した。

「怖いやつ?」
「...はい」

「良かったら...聞いていいか?」
なずなはコクンとうなづいた。

「あの...うちのブレインの部長さん...」
「きつい奴なのか?」

ひのきは挨拶に壇上に立った極東支部のブレインの部長を頭に思い浮かべた。
そして、きついようには見えなかったが...と不思議に思う。

「いえ...きついとかじゃなくて...なんていうか...いつでも見てるんです...」
「見てる?」
頭にハテナマークを浮かべるひのき。

「...はい。基地にいるといつでも後ろにいて...下手すると自室に戻ると何故か鍵がかかってたはずの私の部屋で待っていたりとか...それで抱きついてきたりとか...あの...あの...なんていうか...性的な…発言されたりとか...」
涙目で真っ赤になってうつむくなずなに、今度は頭に怒りマークをつけてひのきが言った。

「外道だな。いわゆるストーカーって奴か。周りの奴は何してるんだっ!」
「えと...ブレインは...逆らうと色々怖いので...」

確かに...本部でも好き好んでシザーに喧嘩を売る人間はいないな、とひのきは思う。

それでも...
「ここに来たからにはそういう奴は俺が張り倒してやるから、安心しろ。
本部のブレインのトップは変な奴だが悪い奴じゃねえし、フリーダムのトップは俺の親友だから何も心配するな」

「あ...ありがとうございます」

「まあ...とりあえず...」
ひのきはポケットから手帳とペンを出してサラサラと数字を書いてそのページをやぶって渡す。

「これは?」
なずなは受け取った紙をまじまじと眺めた後、ひのきを見上げた。

「それ、俺の携帯。なんかあったらかけてきてくれたら助けるから。
まあ...何もない時にかけてきてくれてもいいけどな。
なずなの方の番号知れるのがやなら非通知でもokだし。
なんなら慣れるまで朝迎えに行ってやろうか?」

「え?でもそこまで迷惑は...あの...あの...でも...良いんですか?」
オズオズと涙の残る目で見上げてくるなずなに

「ああ。なずなが嫌じゃねえならな」
そうひのきが付け足すと、なずなはフルフル首を横に振った。

「嫌だなんて全然...すごく...心強いです」
ほっとしたように少し笑みを浮かべるなずなに、ひのきも少し表情を柔らかくする。

「んじゃ、そういう事で。もう少し花見するか」
ひのきはグラスをいったんテーブルにおいて上着を脱ぐとパサっとなずなの肩にかけ、またグラスを手に取った。

「あ...あの??」
「春先っつってもまだ冷えるから」
「あ、ありがとうございます...」
なずなは言って、ありがたく少し寒さを感じ始めた体を大きな上着でくるんだ。

「あったかい...でも、タカ...は寒くないです?」

上目遣いに聞いてくる小柄ななずなにはひのきの上着はかなり大きくてコートのようにすっぽりその体を包んでいる。
そのブカブカさ加減が可愛いくて、ひのきは少し目を細めた。

「いや、俺は鍛えてるから。それより頼みがあるんだが...」

「頼み?」
ひのきの言葉に首をかしげるなずな。

「敬語やめような。なんか肩がこるから」
と、続くひのきの言葉になずなは

「はい」
と少し涙の後の残る顔に花のような微笑をうかべた。


確かジャスティス唯一の攻撃手段を持たないアームスの持ち主だったよな...
ひのきはあらかじめフェイロンから得ていた情報を思い起こす。

確かに目の前にいる少女と攻撃という言葉はあまりに不似合いで結びつかないと思った。
ふんわりと優しげで癒し系のアームスが持ち主に選ぶのもわかるような気がする。

しばらくして風が若干強くなってきて、サア~ッと激しく桜吹雪が舞い始めると、なずなはスッと立ち上がって風に向かって手を伸ばした。

長い黒髪が桜と一緒に風に舞う。
夜桜と桜の精を思わせる美少女。幻想的なまでに美しい風景だ。

しかし...次第に冷えてくる空気になずなが小さくくしゃみをした。
それを合図にひのきは少し笑みを落とし、そのままふわっとなずなを抱き上げた。

「じゃ、そろそろお開きにするか。部屋まで送る」
「え???あ、下ろしてっ。歩けるから。
...重いし誰かに見られたら恥ずかしいし…」
なずなが腕の中でワタワタするがひのきはかまわず歩を進める。

「なずな軽すぎくらい軽い。
この方が早いし、今みんなパーティーで広間にいるから誰も見てない」
「え...あの...でも…」
「いいから捕まってろ。ちょっと近道するから」

言って返事を待たずに居住区まで直線距離を障害物を跳躍しつつ進むひのきに、なずなはあきらめて素直に体を預ける。


「到着」
と、あっという間にジャスティスの居住区のある5区までたどり着き、ひのきはなずなをそっと下ろした。
廊下には広い館内の移動を楽にするように動く歩道が通っている。

「乗るぞ」
ひのきは言って動く歩道に飛び乗る。

「きゃっ...」
そのスピードについていけず動く歩道に乗れずにつまづきかけるなずなを軽く抱え動く歩道に下ろすと、ひのきはすぐ手を放し、腕を差し出す。

「お...お手数おかけします...」
なずなは色が白いのですぐ紅くなるのが可愛い。

運動神経はどう見てもあまり良くはないのがありありと見て取れるが、それもなんだか物珍しくも可愛らしく感じる自分がいるわけで...

「どうしたしまして」
と笑いを堪えて応じる。


そのまま動く歩道で移動し、なずなの部屋の前でひのきは普通の歩道に下りた。
もちろん今度は初めからなずなを抱えて助け下ろす事を忘れない。

「んじゃ、何かあったら電話しろよ。夜中でも早朝でもかけつけてやるから」
と踵を返すひのきのシャツのすそをなずなはちょっとつかんだ。

「ん?」
「あ...あの...今日は色々ありがとう。...これからも宜しくお願いします」
少し赤くなって上目遣いに見上げるなずなに、少しドキっとするひのき。

「ああ...こっちこそ宜しくな。おやすみ。ゆっくり休めよ」
少し視線をそらして答え、

「おやすみなさい」
と手を振るなずなに軽く手を上げると踵を返した。

...が、自室に戻ろうと歩き出した瞬間に即携帯が振動する。

「...やっ...タカっ...助けっ...」
出た瞬間に聞こえるなずなの嗚咽にひのきは再び踵を返した。

「なずなっ、どうしたっ?!」
バン!と鍵のかかってないなずなの部屋のドアを開けると、真っ青ななずながギュウっと抱きついてくる。

「タカァッ!!」
しがみついたまま震えているなずなの後ろには、パーティの来賓の挨拶でみかけた極東支部ブレイン部長砂田の姿が。
ひのきは即タイをむしりとってペンダントに手をかけた。

「...発動っ!」
ヒュンっ!と音を立ててその手に白く輝く日本刀が握られる。
ひのきはまっすぐそれを砂田の喉元につきつけた。

「ここで...何をしている?」
殺気を含んだ低い声で言うひのきに、砂田は青くなってすくみあがる。

「い...いや...これでお別れだから...姫とお話を...と」
「他人の部屋に勝手にあがりこむのは犯罪ってのは...わかるな?」
ひのきの言葉に砂田はコクコクと無言でうなづいた。

「嫌がってる相手にしつこく迫るのも犯罪ってのもわかるよな?」
砂田の額から冷や汗が流れ落ちる。

「今後...なずなに近づいたら俺がこの刀でその首を切り落とそうと本気で思ってるのも...わかるな?」
言ってひのきは刀の刃先を砂田の喉に当てた。

肌が少し切れてす~っと赤い筋ができる。
ヒィっと引きつった悲鳴をあげる砂田。

「わかったら行けっ。二度となずなに近づくなよ」
少し刀を喉元から離すと、砂田はあわてて部屋から転がり出て行った。

それを見送って
「解除っ」
とひのきはアームスを解除した。
そして腕の中でひどく震えながら泣いているなずなに声をかける。

「もう...大丈夫だから...な」

そっと頭をなでるとなずなはさらに激しく泣きじゃくった。
ひのきはしかたなしに頭に置いた手をなずなの小さな背中にやって、トントンとなだめるように軽くたたく。

部屋で待ち伏せの話は聞いていたのだからせめて室内を確認してから戻れば良かった。
ひどく怯えているなずなの様子に、うかつだったなと少し後悔する。

「タカ...助けに来てくれて...ありがと...」
しばらくして少し落ち着いたのか、なずなはそれでもひのきにしっかりしがみついたまま、涙で潤んだ瞳でひのきを見上げた。

長い睫は涙で濡れ、真っ白な頬が泣いていたせいか少し上気して淡いピンク色に染まっている。

(やべえ...可愛い)
極東支部のアイドルと言われるだけあって、めちゃくちゃ可愛い。
ひのきは少し熱くなってきた顔を見られまいと、少し上を向いて応えた。

「ああ...約束しただろ。もう...落ち着いたか?」
「うん...。でもまだちょっと...怖い...かな?」
少しうつむいて言うなずなの声はまだ震えている。

そんな様子も可愛くてミイラ取りがミイラになっちゃやばいと距離を取りたいと思うのだが、なずなの"行かないでオーラ"の前にそれもできない。

怖いのはわかるが夜中に誰もいない自室で若い男に抱きついちゃやばいだろ...と心の中でつっこみをいれるが、口に出す勇気は当然ない。

いや...むしろ若い男と認識されてないのか...と、チラッとしがみついているなずなに目を落とすと、視線に気づいてなずなが子犬のような目でひのきをみつめてくる。

(やべえ...このままじゃまじやばい)

本人には全く自覚はないのだろうが、華奢で可愛くて優しげな超度級の美少女なのだ。
それが可愛い涙目で上目遣いにみつめて抱きついてくるのだ。
健全な18歳の男子としては多少なりとも意識はする。
まあ表面には出さないだけの理性はあるのだが。

なんとか距離を取らなくては...平静を装いながらもひのきはグルグル考えをめぐらせる。

「着替え...」
ひのきはポツリと言った。

「着替えた方が良くないか?ドレス汚れるし。落ち着くまではここにいるから」

「あ...」
なずなはようやくパッと体を離した。ホッとするひのき。

「じゃあ...寝室で着替えてくる。待っててね」
パタパタとなずなが寝室に消え、パタンとそのドアが閉まった瞬間、ひのきは安堵のため息をついてソファに腰をかけた。

自分の理性を大絶賛したい気持ちに駆られる。
レッドムーンのイヴィルと戦っている方がまだ楽な気がするのは気のせいだろうか...。

やがてガチャっとドアがあき、中から私服に着替えたなずなが顔をのぞかせる。

決して露出は多くない。
普通の白いブラウスと裾にレースのフリルのついたピンクのスカート。

そしてクリーム色のカーディガンを羽織っているだけなのだが、いかにも女の子、と言ったその格好に何故かひのきは視線のやりばに困った。

「お茶...入れるね」
白いレースのエプロンをつけキッチンの方に向かうなずなから目をそらすように、改めて部屋の中を少し見渡す。

飾り気がない自分の部屋と違って全体的にパステルカラーで統一された室内は、本人と同じくいかにも女の子の部屋といった感じだ。

「お待たせっ」
と出されたカップも可愛らしい花模様。
口にはこぶと甘い桃の香りがする。

18年も生きてきて7年も仕事をしているとさすがに全く女に縁がないというわけではないが、環境が環境だけにこんな風にいかにも女の子、と言った感じの女の子と接する事はまずない。

そもそもジャスティス以外は普通に仕事ができる年になってブルースターに来るので、年下の女の子という時点ですでに珍しい。

ファーとジャスミンは2歳下なので年下の女の子という意味では当てはまるのだが、長く一緒にいすぎてすでに女の子という認識が薄くなっている。

「あの...さっきはごめんなさい…」
向かい合わせに座ってお茶を飲んでいると、ふいになずなが口を開いた。

「ユリちゃんにもいつも嫌がられるんだけど砂田さん見るとなんていうか...色々トラウマになってて怖くて怖くて理性が飛んじゃうの」

「みたいだな」
うつむくなずなに少し苦笑いをうかべるひのき。

「まあ...かなり脅しておいたし、明日には極東支部帰るからもう大丈夫だろ」
ひのきが言うと、なずなは
「うん。タカありがと~。すっごく頼もしかった。
砂田さんのおかげでね、最近ちょっと男の人苦手だったんだけどなんとか恐怖症克服できそう」
と少し笑みを浮かべた。

「恐怖症って...もしかして男全体苦手?」

「うん...距離あれば大丈夫なんだけど...あんまり積極的に寄ってこられるとちょっと怖い...かな。
あ、でもね今日タカの事は全然大丈夫だったから、もう大丈夫なのかも?」

「...なら良いけど...本部も女少ないしな。基本男所帯だから。
どうしても駄目ならブレインのボスのシザーに言ってやるよ。
本部のジャスティスは今はなずな達いれて7人で、うち4人が女だから男だけの中に一人放り込まれないように配置って無理な事じゃねえし。
フリーダムは男ばっかだがさっきも言った通りボスがダチだし顔見知りも多いから距離取るように頼めるしな。無理なら無理って言えよ?」

「ありがと。でもタカがいれば他に誰がいても大丈夫な気がする」
「そうか」

「うん」
ニッコリと可愛らしく微笑むなずなに、ちょっと照れてひのきは視線をそらす。


なんとなく慣れない雰囲気とノリに微妙に落ち着かないが、それが不快じゃないのが不思議だった。

一方のなずなはさきほどまでの不安げな様子が嘘のようにすっかり落ち着いてきたようだ。
いや...落ち着きすぎて眠気まで襲ってきたようで...目をしばしばさせている。
そんななずなの様子に気づいてひのきが声をかけた。

「眠かったらもう寝ろよ。俺は帰るから」
言い出すきっかけがなくてこうしているのかとそう切り出したら、なずなはあわててフルフル首を横に振った。

「一人でいると夢見るから...」
「いや、だからって寝ねえわけにはいかないだろ。いつ任務が入るかわかんねえし...」

「だから...今日ここにいてもらっちゃ...だめ?
クッションを抱きしめて上目遣いに見上げてくるなずなに、ひのきはめまいを覚えた。

絶対に自分は男と認識されてないな、という確信を強くする。

「あのな...なずな...」
「はい?」

「一応な、世間的にはお前は若い女で、俺は若い男なわけだ。わかるか?」
なんで今更こんな事を説明しなきゃいけないんだと思いつつ口を開くと、なずなはとんでもない質問をしてきた。

「タカは...」
「ん?」
「若い女の子見ると誰かれ構わず襲いたくなる人?」
「んなわけねえだろっ!」
あわてて否定するひのきに、なずなはきょとんと首をかしげて言う。

「じゃあ...何か問題ある?」
はぁ?

ぽかんとするひのきに、
「私もいきなり襲いたくなる人じゃないし...大丈夫っ♪」
と、にっこり無邪気に笑うなずな。

「あのな...」
どうしよう...わけわかんねえよ...と頭を抱えるひのき。

天然...天然なのか?!

「一般的に...な。
日本には男女七歳にして席を同じうせずっていうありがた~~~い言葉があってな...」

だんだん混乱してきて自分でも何を言っているのかわけがわからなくなってきたひのきに、なずなはあっさり

「ああ、世間体って事?」
と聞いてきた。

「そそ、それだっ!」
ひのきは思わずピシっと指をさす。

なんとか意思の疎通ができそうになってホッとしたひのきに、なずなはショボンと肩を落としてうつむいた。

「そう...か。迷惑...かけちゃうよね」
クッションを抱きしめたまま泣きそうな顔で言うなずなに、ひのきはまたあせって言う。

「いや...男の俺より、いきなりそこらの男泊めたとかいう噂広まったら女のなずなの方がやばいだろ」

「...ふぇ...」
ひのきの言葉になずなはクッションに顔をうずめて泣き出した。

「なずな...」
どうして良いかわからないがとりあえず声をかけたひのきの言葉に、なずなはクッションから顔を上げて涙をいっぱい溜めた目でひのきを見上げる。

(これ...反則だよなぁ...)
ひのきはため息をついた。

そして...なんだか弱みにつけこむみたいで気はすすまないが...と内心思いながら口をひらいた。

「つきあってみるか?」
「え?」
なずなが丸い大きな目をさらに丸くして首をかしげる。

「だから...まあなんというか...彼氏彼女だったら泊まってもオッケーじゃねえかなと...」
「いいの?」
なずなはクッションを放り出して身を乗り出した。

「俺は良いけど...なずなが俺で良いならな」
「ありがと~!!私、タカがいいっ。他の男の人ちょっと怖いし...」
「そか?」
「うん!私まだ男の人とお付き合いってした事ないから色々知らない事も多いけど、良い彼女になれるように頑張るねっ」
なずなの顔にぱぁ~っと桜の花が咲いたような可愛らしい微笑みがうかぶ。

「別に頑張るような事じゃねえ気がするけどな...とりあえずそういう事で一度部屋に着替えに戻る。さすがにタキシード着て寝るのはつらい」

ひのきが立ち上がると、
「うん。ついていっていい?」
なずなも立ち上がった。

「ああ。一人怖いんだろ?
てか...戻ってくんのもなんだしなずなの方が着替え持って俺の部屋に泊まるか」
ひのきの言葉になずなはコクコクうなづいて
「着替え持って来るね」
とクローゼットのある寝室に消えていく。

そしてすぐ
「お泊りセット~♪」
と小さなボストンバッグを持って出てきた。

「行くぞ」
ひのきはそのバッグをなずなの手から取ると、ドアに向かう。
「ありがと…」
なずなもそのあとを追って部屋を出た。



一応男女の部屋は東西にそれぞれ固まっているものの、所詮全員で12名しかいないジャスティスの居住区はそう広くもない。

5分も歩かないうちにひのきの部屋の前につき、ひのきはポケットから鍵を取り出した。
鍵を開けガチャっとドアを開くと、

「散らかってるけど、入れよ」
となずなを中に促す。

「お邪魔します...」
ペコリとドアの所で一礼して居間まで進むと、なずなは少し辺りをみまわした。

全体的にシックなモノトーンの部屋で足の部分が黒いガラステーブルの上には部屋を出るまで読んでいたのであろう雑誌とかすかにコーヒーの残る黒いカップが無造作におかれている。
壁際には黒いゴミ箱とマガジンラック。その横に大きな本棚がある他はほとんど物がない。

「支度してくるからここで待ってろ」
と寝室に消えたひのきを待つ間、なずなはカップを片付けようと飲みかけのコーヒーのカップを持ってキッチンに向かった。

キッチンの方も電気ポットとコーヒーメーカーがあるくらいで鍋釜の類は見当たらない。
おそらくお湯を沸かすくらいしか使ってないであろうキッチンでカップを洗ってカップとグラスしかない食器棚に戻すと、

「ああ、洗っておいてくれたのか、サンキュー」
と戻ってきたらしいひのきがキッチンの入り口で声をかけてきた。

「あ、勝手にごめんね」
と言うとひのきは軽く首を横に振る。

「別に見られて困るもんもねえから。寝に帰るだけの部屋だし。
それより...シャワー使うなら先に使えよ。タオルも置いてあるから」
言って親指でバスルームを指差した。

「ありがと」
バッグから携帯用シャンプーやリンスを出すなずなにひのきは
「あの短時間にずいぶん用意いいんだな」
と目を丸くする。

するとなずなはちょっと恥ずかしそうに
「えとね...しょっちゅうユリちゃんの所にお泊りしてたから、お泊りセットはいつでも用意してるの」
と苦笑した。

シャワーを浴び、寝巻きがわりのキャミとショートパンツに着替えてなずなが居間に戻ると、パジャマの上にガウンを羽織ったひのきが
「俺はここのソファで寝るからベッド使えよ」
と寝室を指差す。

「え...でも...私の都合で押しかけてきちゃったんだし、私がソファで寝るよ」

ユリの時は一緒に寝てたのだが、さすがにそれはまずいのか...とあらためて気づき、なずなはあわてて顔の前で手を振った。

しかしひのきは
「...どこの世界に女を椅子に寝かせて自分がベッドで寝る男がいんだよ。
いいからベッド使え」
と苦笑する。

「ありがと。ごめんね。遠慮なくお借りします」
ペコリと頭を下げてなずなが寝室に消えると、ひのきは自分もシャワーをあびて、ソファに横になった。


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